第28話
「ほら、ジャンジャン飲みなさいよ!」
「うぃぃぃぃぃ!」
戦いの後が残る松江城前市街地。禿げあがった地面だけが露出する何もない荒れ地で、宴会が開かれていた。
レジスタンス同心を中心に、周辺に避難していた人間を巻き込み出雲への勝利を祝っている。既に五時間は経過したが、お開きとなる気配はない。
皆が取り囲む巨大な焚火の明かりが届かない場所に、ひなはいた。
「はぁ……私は……」
ひなは友恵との戦いを思い出していた。
すると、
「ひなちゃん、ジュース飲むもんもん?」
青い犬の着ぐるみ姿のもんもんが現れた。背後には、酒に酔った銃撃部隊の面々もいた。全員が千鳥足だが、もんもん同様、ひなを心配してやってきたようだ。
「バッカ野郎。こういうのは、選択肢を提示して選ばせてやんだよ!」
「さっすがダンディー隊長!」
「お、そっか? そっかそっかぁ? 煙草の似合う男ってのは寡黙でありながら女心に寄り添う――」
気をよくした部隊長が何かを語ろうとしていたが、
「それ言っちゃだめだから。てか、そんなこと考えて動くってダサい。てか、キモい。てか、臭い。酒臭い」
芽衣の冷たい一言で撃沈。
「ご、ごめんなさい。……これ、どうぞ」
おじさんに臭いは禁句だった。
茫然自失となった部隊長を担ぎ、部隊は一時退却をしていった。
彼らから、飲み物やら食べ物を受け取った芽衣は、
「勝手に来ちゃった。ごめんなさいね」
「い、いえ……皆さんの元気を少し分けて頂けました。沈んだ気分が、和らいだといいますか……」
「いい子ちゃんね~。ほら、ひなは水でしょ?」
「……ありがとうございます」
ひなの隣に座り込み、二人だけの宴会を始めた。
宴会の喧騒が遠くに聞こえる。部隊長ともんもんが遠くで言い争いをしているようだ。
打って変わって、この場所は静かだ。
芽衣とヒナは、松江城上空に浮かぶ二つの神器を眺めていた。
それらは、尊が天蓋を一時的に壊した後、出雲への宣戦布告として設置したものだ。自らの拠点に巨大な神器を配置されるなど屈辱でしかないだろう。
「凄いわね……あれ、三種の神器なんでしょ?」
「天叢雲剣。八咫鏡。……ここからでも視認できるほどに大きく、圧倒的な力を感じます。……私には何も出来ず……友恵さんも止めることができず」
「それなら、私も一緒ね。っていうか、また反省会しちゃう?」
芽衣が晴れやかな笑顔でそう言った。
「尊がいない戦いって初めてだったの。正直、不安だったし期待を背負っているって初めて自覚したわ」
芽衣は大きく背伸びをして、そのまま地面に背中から倒れこむ。
「辛いのね、期待されるのって……逃げたいのに逃げられないって言うの? 重圧っての? 自覚したら最後って奴だったわ」
「……芽衣さんでも、そうでしたか……」
「そうよ。部隊長を見てみなさいよ、あの人があんなに酔ってるの初めてなんだから」
後方には、銃撃部隊の面々と酒瓶を煽る部隊長がいた。寡黙な彼が羽目を外したくなるほどに重圧が凄かったということだろう。
「悔しかったわ。情けなかったわ。私が私であるためにココにいるのに、何も掴めていなかった。今回は尊が尻拭いしてくれたけど、あり得ないくらい派手に転んじゃったわ」
ひなも、接着剤でくっついていたように重かった口をゆっくりと開く。
「…………私もです」
傍らに置く刀の鞘を握りしめながら、
「何もできなかったです。旗本の一人は、私にこれをくれた憧れた女性だったんです」
「そう」
「友恵さんも、尊さんと同じように全員の先頭に立ち戦っていたんです。……私が、あの人を追い詰めたんだと思います。誰かに期待されるのは辛かったです。答えられなかったときに胸をかきむしりたくなる焦燥感がありました。……不快でした、怖かったです。こんな気持ちは初めてで……彼女は敵だと分かっていましたが、今思うと、出雲は、友恵さんが一人の人間として居られる場所なんだと思います」
三角に折ったひざに顔をうずめるひな。傷だらけの頬には、涙が流れていた。
「……正義とは何だったのでしょうか。私が今まで信じてきたものは一体……私の身勝手な憧れの押し付けが、友恵さんを圧し潰してしまったのではないかと――」
「――ひな」
とめどなく溢れる自責の言葉は、全身を包む暖かい熱で遮られた。
芽衣が、涙と嗚咽を漏らすひなを抱きしめる。
「大丈夫……大丈夫。アンタは悪くない、絶対に悪くない」
ひなの背中を何度も優しく叩き続ける。
「……怖いです。……何かをする度に何かを失いそうです……怖いんです」
「そうよね。初めて経験することだもん、やりたくないわよね。出来るなら、安全な場所で引きこもっていたくもなるわよね?」
芽衣は続ける。
「でもね、正解だけを選び続けるって不可能だと思うの。知ってる? 天照様って家事もできないし料理も下手なのよ? それに尊にいっつも怒られてる。……誰よりも優しくて、かっこよくて、綺麗で、可愛くて、強い。そんな神様が間違うんだもん。私たち人間はその何倍も間違うに決まってるわ」
ひなは、芽衣の腕の中から顔を上げ潤む瞳で問いかける。
「……でも、取り返しのつかない失敗をしたら……お料理とは比べ物にならない程の……これからの戦いは、ここにいる人の未来を左右すると……」
「次の戦いで全てが決まる。怖いわよね、みんなの将来がもっと悲惨になると思うと」
ひなは頷く。
「なら一緒に、強くなりましょう?」
「……強く……ですか?」
「そう。尊みたいに、期待に圧し潰されないくらいに強くなるの。もしかしたら解決できないかもしれないけど、後悔の数は減らせるもの。私たちが、来るであろう怖い未来を怖がらないようにね?」
「……はい。…………私も…………強くなりたいです」
出雲との戦いで各々が多かれ少なかれ傷を負った。
自責の念に駆られ、立ち止まることは悪ではない。だだ、誰もが欲しがる栄光とは、傷を負うことを覚悟しながら前に進める人間にしか手に入れられない。
天照の社前の賽銭箱に座る尊は、
「焦らなくていい。ゆっくり立ち上がれ。……それまではオレが――」
ひび割れた自らの腕を、闇空に掲げていた。
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