第27話
世界を染め上げる輝きを、いち早く察知した出雲軍。
石柱の拘束を破壊した尊が、脈動する輝きを放っているのを発見した。
「遅かったな、出雲」
世界を染め上げる光りは、尊の心臓から生まれているようだ。右手を心臓に充てることでそれを行っているようだ。
旗本二人がその光景を見て思ったことはただ一つ。
「――殺せぇぇぇぇッ!」
啓二と友恵は声をそろえて、号令を発した。
尊を放置したことへの後悔と、それ以上の殺意を覚えた。もはや感情云々ではなく、本能が身体を突き動かしている。兵士も巨人もそれは同じだった。
「窮鼠猫を嚙む。……猫の気持ちが分かるな」
尊の視界を覆うほどの敵の群れ。
全員が尊の命を奪うために駆け出したと思い込んでいるが、傍から見れば、怯えた小動物の最後の抵抗にしか見えなかった。
尊は、右手を前方にかざすと、
「――眠るといい」
その一言で、旗本を除く全員が意識を失った。
次々と地面に落ちていく鎧をまとった兵士と巨人たち。その向こう側では、旗本二人があり得ないものを見たと言わんばかりの衝撃を受けていた。
「……言霊(ことだま)なのか。……天照にそんな力はないだろうがよ」
啓二は槍を構え直し、尊へ矛先を向ける。
「……この世界から闇を消してるんだもの。……何をしても国主だからって納得できるわ」
友恵は古ぼけた弓を構え、矢を放つ機会を伺っている。
二人は、兵士の山の頂上に立つ尊に対して、最大限の警戒をしている。
「出雲といったか。あの術はどうやって作った?」
旗本二人は、尊の隙を狙っている。
しかし、
(ただ歩いているだけなのに、隙がねぇ)
二人の思いは同じだった。
「緊張するな、肩の力を抜け」
「んなこと、出来る訳ねぇだろ……気ぃ抜いたら死んじまいそうだ」
「命は育む物だ。奪うようなことはしない」
すると、尊に飛来する一本の矢。
「……敵の言葉は鵜吞みにしない。それも言霊かもしれないでしょう?」
「最もだな」
尊は右手で矢を受け止め、友恵に投げ返す。
”お前の攻撃は無意味だ”と言われているようで、尊が投げ返した矢を躱した友恵は力の差を感じ奥の手を解放する。
「収斂契約――天若日子(あめのわかひこ)」
友恵が右手に持つ赤い弓に変化はない。変化があったのは、彼女が生み出す矢の色だ。白一色の矢が朱色に染まっていた。
「雉鳴撃(きざしめいげき)」
それは天若日子と友恵の契約により作られた、全てを貫く必中の技。狙いは尊。放たれたら最後、それを貫くまでは止まらない。
「――十二連」
朱色の矢が一本のみ放たれた。すぐさま、それは十二本に増殖する。
(天若日子。やはり、この世は縁が巡る)
白い輝きを放出し終えた尊は、回避行動を開始。
辺りのビル群を縦横無尽に駆け巡り、追尾する矢の対処を行っていく。背中に接触する直前に瓦礫を身代わりに、前方からはスライディングを駆使して建物と接触させる。
「――二十四連」
尊が回避するのを黙って見ている理由はない。友恵は更に倍の数の矢を放つ。
更に、この場にはもう一人強大な戦力がいる。
「黙って見てる訳ねぇよなぁ!」
啓二の身体能力は尊以上に高い。ビルの間をピョンピョンと飛び回る。縦横無尽に動き回り、友恵の矢の幕を掻い潜ると尊の眼前へ。
そして、”人間による人間の為の力”を行使する。
「乱れ咲け――菊咲き(きくざき)」
槍の刃に幾重にも重なる葉脈のような桜色の線が走る。
「――草薙の剣」
尊の右手の先の空間が歪んだと思うと、そこから古ぼけた剣を引き抜き、啓二の槍を受け止めた。
「それが日本最高の神器か?」
「どうだろうな?」
それは儀礼用の刀剣であり、刃は波打ち殺傷能力を敢えて持たせていない。所々がさびており、銀一色だったであろう美しい刀身を曇らせている。
「アンタが取り出したんだ、天照にまつわる剣なら期待しちまうだろうがッ」
「期待に応えて見せよう」
啓二の槍の激しさが増す。友恵により矢の軌道が調整されているようで、啓二の乱舞の合間を縫うように調整されていた。
そんな絶技を難なく行う弓兵も、
「――三十六連」
尊を仕留めるべく動き出す。
友恵の技は段階的に力を上げていくものであり、十二本毎に増えていく矢に際限はない。かつては、この力を使い出雲軍を一人で打倒しづ付けていた。友恵の存在を決定づけた戦いでは、空を覆うほどの朱色の矢の群れは千二百二にも及んだという。
友恵を打倒した啓二が持つ力も、段階的に力を増すものだった。
「一重(ひとえ)」
敵の刃と撃ち合うたびに火花を散らせる特性があり、何度も火花を散らせることで、その数を増やすしていく。
「半八重(はんやえ)」
火花の数が五から十に増えていく。刃の先端が桜色に染まり、槍の速度、撃ち合う強さが二倍に膨れ上がった。
「そんでもって、八重(やえ)咲きだぁぁぁ!」
夜空に舞い散る桜の花びら。その数は六十枚。槍の速度、力は当初の六倍だ。
「刃との接触の度に力を増す、連撃を前提とした力か」
尊は槍を受けることは諦め、回避することに全精力を注ぐ。
何度も繰り出される刺突の雨。一つ一つが、必殺の攻撃となっている。
「いいねぇ、いいねぇ! わざわざ待っててくれるなんて嬉しいねぇ!」
「ふっ、太陽は全てを照らす。お前らもその対象だ」
「随分と広い心だことで」
空中での回避には、力の制御と全方位からの攻撃に意識を割く必要がある。それが限界にきたため、尊は地上に降り、今まで以上に意識を集中する。
しかし、
「……それじゃ、大人しく死になさい」
友恵はそれを許さない。
放たれた矢の数は百八。尊の視界を覆いつくすほどの量になっていた。
空を覆う矢の雨と途轍もない破壊力の槍が迫る。
「これでッ――」
「――仕舞だぁぁぁッ!」
尊は回避も防御もしない。左手の人差し指を立て、灰色の天蓋を指し示す。
「刻みつけろ、これが国主たる天を統べる神の力だ」
それは世界に一人、選ばれた者のみが契約できる国主たる日本神話最高神の力。
世界を照らす輝きの核であり、本質だった。
「収斂契約――天照(あまてらす)」
尊の背後に出現した黄金色のオブジェクト。それは世界を構築する三つの円で構成される。
”人”を現す外周の円。その中に存在する”地”を表す中間サイズの円。”天”を表す最小の円。人の円の外周を彩る鏡を模した意匠。地の外周には剣の意匠。天の外周には勾玉の意匠。
尊は世界を背負い、空を踏みしめ立っている。
「……何したんだよ? 大仏の真似事か?」
啓二は尊を見上げ、ニヤリと笑みを浮かべ問いかける。
「何かが起こった核心はあるが、それを理解できないでいるな。……まぁ、いいだろう。教導してやろう」
尊は友恵を指さす。
「常夜の世界と日差しがある世界、どちらが弓の精度は高い?」
「……そりゃ、今に決まってるでしょ!」
友恵は言葉と共に、矢を放った。
尊はそれを含めて返答して受け取った。
「ならば、お前は天照の恩恵を受けている。それは天照の信仰となり、オレの力をより強めていく」
「つまり何が言いてぇんだ――よぉッ!」
ここは戦場。言葉のみを躱すことなどありえない。
啓二は飛び上がり、尊を強襲する。友恵もそれに合わせて百二十の矢を放つ。
「つまるところ――」
尊は軽く右腕を振るい、
「際限のない力の増幅だ」
啓二諸共、空を覆うほどの矢の雨を燃やし尽くした。
灰となって空を舞う矢の残骸。啓二は意識を失い、墜落していく。
「なッ――」
友恵はこの光景を見て、思わず腰を抜かしてしまった。
「腕の一振りで……何の力も感じなかった……あり得ない!? 啓二が負けるなんて!?」
友恵は啓二に破れており、彼の強さを理解していた。その彼が腕の一振りで敗北した。百二十本もの矢も無意味だった。
「一人減ったがまぁ、いいだろう。……神の力は信仰の数で決まる。この光りの元にいる存在全てに天照への信仰を強制する。それが、この力だ。お前が、弓を放てるのも太陽のお陰ということだ」
「いっつつ……信仰の強制徴収ってか? ……押しつけが過ぎんじゃねぇの?」
「啓二ッ!?」
全身に火傷を負った啓二が、槍を杖代わりに立ち上がる。派手な衣装は全体が焼け焦げ、露出された肌も赤く爛れている。喋っているのが不思議なほどの大怪我だ。
「日光の猛者とは、凄まじい」
「……嫌味かよ、殺そうと思えばいつでも出来んだろ?」
尊は啓二のことをとても評価していた。そんな男が、自らを蔑む薄笑いを浮かべているのが不快で仕方がなく、似合わないと思った。
「今回はお前らの打倒が目的ではない」
尊の光背が輝き出す。地の円に施された剣の意匠が消失し、錆びついた剣として尊の右手に収まった。
「この一件で、民衆は出雲の打倒を夢見るだろう。……そして、天照への信仰も爆発的に増えていく。……こんなことをしなくてもな」
右手の天叢雲剣の錆が消え、刀身の曇りが晴れていく。
「啓二、友恵。お前らの奮闘を記憶に刻もう。決戦の時まで牙を研いでいろ」
天叢雲剣から特大のエネルギーが放たれた。
「――天蓋をぶち抜く気かよッ」
啓二の推測は正しかった。
「聞け、出雲の民よ。天照大御神を信じろ」
その日、天蓋に穴が穿たれた。
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