第25話

(部隊長も……尊も……)

 芽衣は握りこぶしを力強く作り、ある決心をした。

「もん……契約、出来る?」

 その言葉は、もんの意識を呼び戻すほどに衝撃的だった。

「――えッ!? 無理! 前に芽衣ちゃん、死にかけたもん!」

「……違うでしょ。……尊に背負ってもらうのは違うでしょ。私たちが負けたら尊のせい。勝ったらみんなのお陰。そういうのは、終わりにしないといけないでしょ」

 芽衣は両足に力を込めて、勢い良く立ち上がる。

 左上腕に巻いていた赤い布を解くと、右こぶしに巻き付けた。指の付け根全てを打撃から保護する役割だ。

「神器はないけど、これなら……」

 芽衣は既に遠くにいる啓二の背中を捉えている。

「私の命の使い方は決まってるの。そのためなら、何だって出来る」

「……嫌だ……芽衣ちゃん、死んじゃう……私の力は、阿行とは違うもん……」

「知ってるわよ、何年一緒にいると思ってんの。……でも、私が契約するならアンタって決めてんのよ」

 もんは涙を浮かべ、口を真一文字に固く結んでいる。頑として動かないようだ。

 しかし、

「吽形(うんぎょう)」

「っ!?」

 もんが驚き、顔を上げた。

「”どうせ死ぬなら、全力で生き抜こう”。……あの時の約束、”今が全力で生き抜く時”だと思うの。どう?」

「芽衣ちゃん……」

 何年も前から、芽衣ともんもんと一緒に過ごしてきた。

 出雲が勢力を伸ばし、世界は戦い一色に染まっていた時、幼い芽衣と約束したことがある。その時の、子供ながらに感じた強い意志と、絶望を受け入れ精一杯生きようとする眩しい笑顔。芽衣が浮かべている笑みは、昔のまま何も変わっていない。

「恨みっこなしの全力全開。私は私として、全力で駆け抜けたいの。手伝ってくれる?」

「……うん……うんっ! 芽衣ちゃんが決めたなら――私が全力で力になるッ!」

「アイツの背中に――一発ぶち込むわよッ!」

「――うん!」

 芽衣ともんは、全力で駆け出した。

 足音や気配を消すことなどせず、今はただ、遠くにいる敵を打倒することのみに意識を割く。

「――吽形(うんぎょう)、セットォォォォ!」

 もんの全身が赤色の輝きに包まれると次第に姿を小さく変えていく。

 輝きの中に生まれたのは、芽衣よりも少し小さい狛犬だった。白い毛並みに赤い炎を背負っている。阿形と対をなす狛犬と変化した。

「全てを――芽衣ちゃんにッ!!」

 芽衣の拳に巻かれた赤い布が輝き出した。それは、吽形が放つ赤い輝きと呼応するように、熱を帯び始める。

「まだ……まだまだまだッ」

 二人の速度は上昇していく。遂には、人間の動体視力が捉えられるギリギリのレベルにまで到達した。徐々に全身を赤い光に変えていた吽形は、その全てを力に変換し芽衣の拳に吸い込まれていく。

「全部よ……全部、全部……」

 芽衣と阿形の力、二人の情熱と力に満ち溢れた燃える拳が、出雲旗本の背中に届こうとしていた。

「収斂契約、紅蓮(ぐれん)――」

 前のめりに飛び込み、右手の全体重を乗せた一撃。それは、もう少しで契約の力が発動する。

「――甘いな」

 その筈だった。

「がはッ……」

 芽衣の胸を貫く槍。

 啓二は、背後から迫る攻撃を事前に察知し槍を構えていた。

「よっこいしょっ」

 槍を翻し、矛先を地面に突き立てた。貫かれていた芽衣は、槍の軌道に合わせ地面に叩きつけられた。

 啓二はニヤリと笑い、

「土壇場で力に覚醒ってのは安っぽいだろ? 付け焼刃で超えられるほど、俺は低くねぇぜ?」

「……知ってるわよ……でもッ!!!」

 芽衣は渾身の力を振り絞ると、右手を振るう。そこから放たれた細く小さな電球のような輝きが、

「あっちぃ!?」

 啓二の胸に着弾し、小さな火傷を起こした。

「……っふっふ、一撃……お返しよ」

 芽衣は、その言葉を最後に意識を失った。

 常夜の世界に浮かぶ太陽は沈み、支配者を打倒しようとした同心は地に縫い付けられた。太陽は昇らない。何故ならば、出雲という巨大な存在が空を閉ざし続けるからだ。反抗する者はみな死に絶える。そうして、反乱分子がいなくなった時が出雲神話の第二章が始まる時だ。

「あぁ、いい一撃だったぜ」

 未だ空は暗いまま。

 たった二十人の力では、出雲の打倒は不可能。それは過去の歴史が証明している。

 ただ、今回の戦いは前例にないことの連続だ。

「――感謝するぞ」

 脈動のように点滅する白銀の輝きが、市街地をゆっくりと歩いていた。

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