第24話
「――友恵さんッ!!!」
喉が張り裂けるような悲鳴に近い声だった。ひなは、ゆらりと立ち上がり、鞘を杖代わりにして立ち上がる。その様子は、幽鬼そのもの。
「……せっかく見逃そうとしてのに、バカな子」
”絶対に逃がさない”とばかりの血走った目をされては、友恵としても見過ごせない。
「アナタに憧れてここまで来ましたッ!!! この刀を頂いたあの時の……正義を体現していた友恵さんが……どうしてッ――」
ひなの頬をかすめるように矢が通過する。
黒髪を穿つそれは、友恵が放った過去との決別の一矢。
「刀と一緒に、余計な物も渡しちゃったわね」
友恵は弓を下げ、構えを解くと、
「ひなは昔の私そっくりよ。その髪型も、正義を追いかける姿も……何もかもね」
友恵は空中に指を躍らせ、四本の矢を生み出した。
「そうね、最後。これは最後。……だから理由だけは教えてあげる」
明るく、軽い口調に友恵は変化した。それが、ひなが憧れたかつての彼女の姿なのだろう。
「……私はみんなの期待と正義を背負って出雲に挑んで啓二に負けたの。そして、死にかけた時に気が付いたの。私って何を掲げていたんだろうって。正義なんてただの戦う動機で、死の恐怖を覆すほどの理由にならなかった。死を受け入れてもいいって思っちゃうくらいに、私には生きる理由がなかったのよ」
ひなは知っている。友恵は、笑顔が似合う可憐な女性だと。
ひなは知っている。友恵は誰よりも輝いていた太陽のような女性だと。
その全てを否定するように、今の彼女は正反対だ。くすんだ金髪、肩につく程度のミディアムヘアー。瞳に輝きはなく、顔色も悪い。言葉には失望が色濃く残り、笑顔はない。
ひなは憧れが否定されるのが悔しかった。
「――正義がある筈ですッ! 命をとして成すべき正義が、友恵さんにはあった筈ですッ!」
その時、友恵は笑みを浮かべた。どこにでもいる普通の女性の柔らかい表情だ。
「あははっ、ほんと昔の私を見てるみたい。……ひなちゃん、私はそれを汚さすに戦うことはできなかったの。沢山の人を殺して、守って、いろいろ言われて。死にかけたときにそれを取り出したら、黒く濁っていた。私は弱かった、ダメだったの……」
「そんなこと――そんなことはッ」
「……生き残ったら、正義の意味を見つけられたら。……その時は、教えてね」
過去の友恵が四本の矢を弓につがえ終えた。
(――来るッ!!)
ひなが、構えた時には、
「――ばいばい」
「え……」
痛みもなく終わった。ひなは辛うじて何が起こったのか理解した。
両手両足に矢が突き刺さり、仰向けの状態で地面に縫い付けられていた。まるで昆虫標本のように。
ひなの視界に広がるのは、尊が生み出した太陽が消えた空。
(尊さんも……もしかしたら、皆さんも……)
ひなは、全身から血の気が引いていくのが分かった。思考に雲がかかっているのか危機感すらも麻痺しているのだろう。
「あれが、友恵さんの矢……」
友恵が放った最後の矢が心臓を貫くべく降ってくる様子を、ただ黙って見守っていた。
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