第23話

 太陽を失ったことで戦況は一変した。

 部隊長たち銃撃部隊は未経験の戦場に苦戦していた。彼らが経験した戦闘の大半は、尊の力による視界の確保がされていた。その為、暗所での経験が乏しく、思うように行動出来なかった。

 それとは反対に、出雲兵は元より暗闇で戦うことを前提とした軍勢。照準が定まらなくなった銃撃部隊など相手になる筈がない。

「後退しながら戦え! 背中をかばい合って敵に見せんじゃねぇぞ!」

 部隊はじりじりと下がっていく。

「……尊はどうしたってんだ」

「死んではいないはず。……多分、余分な力が使えなくなったんだもんもん」

 部隊長ともんもんは背中を預け合いながら、出雲兵を退けていく。

 暗所での戦闘経験が乏しくとも、培った経験がある。雑兵ならばどうとでもなるが、松江城付近に常駐している兵士たちの練度は相当高く、射線上に入るような素人は居ない。全員が鎧をまといながらも俊敏な動きを絶えず行っていた。

「っちッ!? 久しぶりに尊頼りのツケが来たなぁ!」

「後悔するのは後だもんもん!」

 部隊長は特殊な弾丸を装填すると、

「お前らぁ! 合わせろよ」

「おう!」

 部隊長は隣にいるもんもんへ視線を向けると、

「久しぶりだが、行けるか? 狛犬さんよぉ?」

「――勿論だとも」

 もんもんの全身が青い炎に包まれた。

「――まずは試し打ちだ」

 銃撃部隊全員が、特殊な弾丸を銃から青く光る弾丸を放つ。それは不規則な軌道を描きながら敵に命中。そのまま意思を持ったかのように動き続け、空のある一点へと昇る。

 そこで待っているのが、

「――阿行(あぎょう)、行ったぞ!」

 暗闇の空を踏みしめる純白の獣がいた。

「この姿でももんもんって名前がいいのに……まぁ、いいか」

 神の使いでありながら確かな神格を所持している獣の名は、狛犬。口を開き、始まりを意味する存在はこの世界ではもんもんと名乗り、珍妙な青い着ぐるみの姿を取っていた。

 シルクのような美しい毛並みと、雲のような鬣(たてがみ)。羽衣のような青い炎を背負うこの姿こそ、彼の真の姿なのだ。

「これだけあれば……」

 阿行の元に集う弾丸は、人間から送られた補給物資だ。隊員全員が弾丸に込め、譲渡することで、神の力を行使できる。

「生まれろ、青い太陽」

 阿行の頭上に、轟轟と燃える青い火球が出現した。その大きさは尊が操る太陽と同程度。

 それを鼻先に作り出し、

「――堕ちろ」

 地上の敵を滅却せんと火球が墜落した。地面に着弾すると同時に火球は炸裂し、半径三百メートルの範囲の地面を青い炎が覆いつくした。

「ったく、久しぶりに見たが……あぶねぇな」

 瓦礫の上に退避した銃撃部隊の面々。青い輝きに照らされた表情には、焦りと疲労が浮かんでいた。逃げ切ることに相当の体力と気力を消費したようだ。事前に理解しながらも回避は困難な攻撃なのだ。

 阿行は、青く燃える地上を見下ろす。

「粗方は片付いたか。……残りは一握りの強者のみ」

 空を踏みしめ、悠然と降りてくる姿は天の遣いに相応しい神々しさを放っていた。だが、それを喰らい、蹂躙する者がいた。それこそ、出雲の象徴であり神の末席に名を連ねるに至った存在、ダイダラボッチだ。

「――そんなおもちゃで殺せると思ったのかしら?」

「なにッ!?」

 女性の声を放つ巨人が阿行を地面に叩き落とした。巨人の体長は三メートル程度。バレーボールのスマッシュのように飛び上がり、遥か上空にいた阿行に手を伸ばしたようだ。

 力と重力が加わり、地面がクレーターのようにへこむほどの破壊力を生み出した。それを一身に受けた阿行は、狛犬の姿から着ぐるみの姿に戻ってしまった。力を維持できなくなった証拠だ。

「あら、これで終わりなの? それじゃあ、私は雑兵を殺して成果を上げましょうか」

 同心に傾きかけた戦況が、出雲に戻り始めた。

 青い炎に倒れた出雲兵たちも全身に火傷を負いながらも立ち上がると、次々と銃撃部隊へと迫っていく。

 まるで地獄の鬼の行進だ。その中でも一際異彩を放つのが、

「ほらほら、みんなも頑張りなさい」

 阿行を撃ち落とした巨人だった。今まで相手取ってきた巨人と比べ一回りは身体が大きく、全身に血管のような赤い線が走っている。

「ありゃ、やべぇな……特別製か?」

 もんもんを担ぐ部隊長は、煙草を吐き捨てると全力で逃走を開始。

「お前らッ! 尻尾巻いて逃げんぞ! 俺らじゃ勝てねぇぇぇ!」

 四方八方から攻撃されようが、瓦礫に足を取られようが、青い炎に足を焼かれようがお構いなしだ。

「止めろ! ここで引いたら――天照様の宿願が!」

「死んだら意味ねぇだろうがッ!」

「ここまで来てだぞ!!」

 背中にいるもんもんが珍しく言葉を荒げるが、

「お前が生きてればどうにかなんだろ」

 部隊長はもんもんを前方を走る隊員に向けて放ると、

「俺が殿だ」

 一秒でもいい。一瞬でもいい。僅かでも逃走の時間を稼ぐために、部隊長は迫りくる敵兵の群れと対峙する。

「――止めろッ! 止めてくれッ!」

 命には価値がある。もんもんは価値が高く、部隊長は価値が低い。これは部隊長の主観ではなく、客観的な物であった。

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