第18話

 友恵の意識が”現実”に戻される。

「はッ――」

 荒い呼吸を繰り返す友恵。目の前には尊。

 そして隣には、

「……友恵、アイツの気迫に押されたか?」

 いつも通りの啓二がいる。

(あり得ない。私は死んだはず。アイツに、あの……尊に……)

 辺りを見回し、血痕も無ければ戦いの痕跡すらもない。

 友恵は混乱していると、

「夢か現実か判別できないようだ。そうだろう、友恵とやら?」

 理解した。

「……啓二。アイツ無理すぎる。……無理してでも隔離する」

「いいぜぇ、だがよ?」

「――早くッ!? 殺されるッ!?」

 友恵は幻覚とは言え、尊に成すすべなく殺されている。彼の力を充分に理解しているからこそ、持てる限り最高の拘束術を発動する。

「――分かったッ」

 旗本二人は得物をその手に持ち、全身に力を漲らせる。

(――何かするならッ)

(――潰すッ!)

 部隊長と芽衣が先手を打つべく飛び出そうとするが、

「待て」

 尊が片手で制した。尊の意図は不明だが、どうやら相手に術の発動を許すようだ。

 そうする内に術が発動する。

「拡散契約――出雲(いずも)」

 二人の重なる声を皮切りに、市街地全体が揺れ始めた。

「本当なら地形をまるごと変えるんだが、俺ら二人じゃこれだけで精一杯だ」

 尊の足元のコンクリートが割れ石柱が出現する。

「はぁ……はぁ、かなり無理したけど、アンタを抑えられるなら安い買い物よ」

 額に汗を浮かべる友恵は、肩で息しながらもニヤリと笑う。

 かなりの労力を使ったようだが、その甲斐あり発動に成功。

「大人しく、そこで見てなさい」

 磁石に引き付けられるように石柱に縛りつけられた尊。柱自体はコンクリートの塊の成人男性よりも少し大きい程度だ。何の変哲もない外見だが、両足は左右揃って、両手は後ろ手に拘束された。

「成程な、捕まってしまったか」

 身じろぎするが、ビクともしない。

 それを間近で見ていた芽衣たちは、

「ちょうどいい。お前はそこで休んでろ。てか、そのつもりだったろ?」

「そうよ。今までは尊に頼りっきりだったし、私たちが相手するわ」

 尊の前に立ち、旗本たちと対面する。

「……お前さんらが勝てるってのか?」

 啓二の威勢のいい笑みを受けた二人は、顔を見合わせ頷くと、

「ちょい待った!!!!」

「は?」

 戦う気満々の啓二を置いてけぼりにして、同心の全員が集合。その場にしゃがみ込み作戦会議を開始した。

 緊迫感が消え去った戦場。作戦会議を見守る旗本たちは、

「……あ、あぁ? 会議か? ……友恵、どうする? 俺らも会議するか?」

「……馬鹿でしょ。今すぐ殺すわ」

「ちょっと待ってって。いきなりってのはちょっと卑怯だろ?」

「ふざけないで。戦いは負けたら死ぬの。アンタの流儀に合わせてたら、こっちの身が持たないわ」

 友恵が矢をつがえると、

「――死ね」

 躊躇することなく射出した。

 芽衣たちは、呑気に会議をしていた。

「ねぇ、どっちにする?」

「おれは、美人なねぇちゃんの方が――」

「あ、あの! 私が友恵さんと――お願いします!」

 すると、

「その友恵ちゃんがぷんぷんだもん!」

 友恵の攻撃に気が付いたようだ。

「んじゃ、美人はひな。男は芽衣。俺らが雑魚をまとめて引き受ける」

 全員が頷くと、

「――解散」

 一斉にその場から退避。

 友恵が放った矢は、血を吸うことなく地面を穿つのみだった。

 そして、

「――っしゃあッ!」

 芽衣のハイキックが啓二のこめかみを目掛けて放たれる。

「アンタが相手ってことか?」

「あら不満?」

「いんや、元からアンタに用事があったんでな?」

 啓二は、前腕で芽衣の右足を受け止めている。鋭く鞭のようにしなる蹴りは、柔軟さと力強さを合わせ持つ天性の才覚を感じさせる一撃だ。

「ならよかった――っわ」

 芽衣は右足と左足を素早く入れ替え、

「――きついなッ!!」

 上半身を捻ったことで生まれた勢いを乗せた左ハイキックを繰り出した。防ぐことのできない一撃により、啓二は後方に吹き飛んでいく。

 芽衣、対する出雲旗本啓二。

 部隊長たち銃撃部隊、対する出雲精鋭兵百人。

 そして、ひなに相対するのは、

「――アナタが悪に堕ちたのなら、私が打倒しますッ!」

 出雲旗本友恵。

「――ちぃッ」

 市街地を駆け抜ける一陣の風。ひなが友恵の首をつかみ、出雲軍から引きはがしていく。超人的な速力は、初見殺しの性質を持つがゆえに成せる技だ。

 しかし、友恵が黙っている訳がない。

「いい加減にッ!!」

 友恵は上空から矢を出現させ、ひな目掛けて放つ。弓を必要としない矢の射出は、彼女が持つ力の一つだ。

「上ですかッ」

 攻撃を察知したひなは友恵を手放し、急停止。両足をブレーキ代わりにした結果、二本の爪痕が刻まれた。

 ここは市街地外れにある崩落跡地。視界には遮蔽物はない。闇に潜み不意を衝く弓兵にとっては戦いにくい場所だろう。

 しかし、相手は出雲旗本。伝説と謡われた弓兵だ。

「アナタの十年、見せてみなさい」

「負けません!」

 刀と弓が正面からぶつかる。

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