第17話
市街地中央に突如として出現した銀色の炎。その高さは辺りの三階建ての建物を優に超える十メートル。
レジスタンスは、銀色の炎が放つ威圧感と冷気に驚愕し、僅かに生き残った出雲兵は救世主の登場に歓喜した。
「黄泉の冷たさを放つ炎」
次いで発生する、銀色の炎を掻き消す稲妻。
「八雷神の稲妻……随分と派手な登場だな」
尊は、伊邪那美の冷たい笑みを思い出す。
そして、出雲軍本隊が現れた。
掻き消された炎にいるたった百人の群れ。掲げられる旗には、黄泉を揺蕩う瘴気と雷の紋様。
足並み揃え、威勢がいい足音を響かせている。先ほどよりも人数は少ないが、大地を鳴らす甲冑の音と覇気がそれを感じさせない。
そして、
「あれが……旗本」
「隔絶された雰囲気……あれが出雲の……」
ひなも芽衣も、先頭を歩く二人に圧倒されていた。
長槍を肩に担ぐ男性と、背に弓矢を背負う女性。その二人が、表情を目で確認できるほど近くまで来た。
「よぉ、不意打ちでもしてくるかと思ったが、アンタらは分かってるな! 戦ってのは正々堂々、正面からだよな!」
ド派手な朱色の長槍で地面を数度叩き、拍手を送る快男児。彼こそが、出雲に五人いる幹部の一人だ。
「朱色の長槍に奇をてらった派手な装い。日光から来た男――」
「ちょい待ちっ! 名乗りってのは、お互いが自分の名前を空に響かせるもんよ!」
尊の言葉を手で制し、力強く長槍を振り下ろす。コンクリートの地面に槍を突き刺すと、
「我が名は啓二(けいじ)! 日光より強さと女を探す旅の果て、何の因果か出雲の旗本に収まる馬鹿者よぉぉぉ!」
うるさいほどに声を上げた。
すると、隣で耳をふさいでいる金髪の女性に笑顔を向け、
「ほれ、お前も名乗りを上げろって」
「嫌よ……本当に嫌」
「ったく。……んじゃ、俺が代わりに名乗ってやんよ」
啓二は大きく息を吸い込むと、
「私の名前は友恵よ〜ん! 好きなことはお買い物! 最近はカッコいい啓二君の――」
「――やめなさい」
女性が矢を取り出し、啓二の首に突きつけた。
「だってよぉ、お前が名乗らないからよぉ?」
「はぁ……友恵(ともえ)。旗本。アンタら殺すから」
「ってことで、よろしくな!」
啓二より頭一つ分程度背が低いため、友恵の頭は腕置き代わりにされている。
幹部二人が意図したのか、このやり取りによって戦場の雰囲気が一気に緩んだ。それが幸か不幸か、同心たちにも思考を行うだけの余裕が生まれた。
始めに起こった変化は、
「……その弓、友恵さん。……友恵さんなんですかッ!?」
ひなだった。
「ん? 誰アンタ?」
芽衣にも尊にも、この場にいるレジスタンス全員が”友恵”という名前を知っていた。
ひなが憧れた女性、かつて出雲に反抗したレジスタンスの頭領、空を覆うほどの矢を放つ伝説の弓使い。
「私です! ひなです! この刀……大量(おおはかり)、亦(また)の名を神度剣(かむどのつるぎ)、覚えはありませんかッ!?」
友恵の表情が驚愕に染まった。
「……生きてたんだ、本当に。……覚えてるに決まってる。そう、それは私があげた刀。……その髪型ってもしかして……」
「はい! 友恵さんに憧れて、真似をしています! あの時のアナタはこの世界全ての向こうの民の正義を背負っていたはずなのに……なぜッ出雲に!?」
友恵の表情に変化はない。ひなだけが今にも泣きそうだった。
「私にはやるべきことがある。アナタにもある筈。神が期待するほどのアナタなら、私以上の目的だと思うけど」
ひなは勿論のこと、その言葉は尊にとっても聞き逃せなかった。
「神が期待だと?」
尊の形のいい眉が歪む。
「アンタが尊。天照の御子」
「そんなことはどうでもいい。どこまで知っている? 契約している神に何を吹き込まれた?」
珍しく、言葉で捲し立てる。
「……別に。言う必要はないでしょ」
友恵は相も変わらず無表情を貫いている。
すると、尊は眉を逆立てた。
「――お前は生かしておけないようだ」
天蓋付近に浮かぶ太陽が、眩いほどに輝き出し、尊の周囲に突風が巻き起こった。それは、同心メンバーを含めた全員を吹き飛ばすほどの勢いだ。
(……雰囲気が変わった。契約を行使したのか……)
尊の眼力に射貫かれた友恵は、
「――舐めないで」
矢を虚空から生み出すと、弓につがえた。
(……噂通りこいつは強い。……でも、私の矢は必中必殺……天照だろうと……殺して見せる)
震える腕を理性で抑え、尊の額に照準を合わせた。友恵の思考とリンクするように、つがえた矢が輝きだす。
放たれるはかつて天の使いを射貫いた一矢。友恵を旗本たら占める至高の一撃。その名は、
「雉鳴鳴(きざしめい)――え……」
友恵は違和感を覚えた。
それもその筈、
「弓を燃やす予定だったが、まぁいい」
尊が放つ不可視の一撃により、友恵の両腕が消失したからだ。
痛みは数秒後に訪れた。
「あぁぁぁ、ああぁぁぁぁッ、あぁあっぁあッ!!!!」
友恵は膝から崩れ落ちた。
関節の骨にヒビが入るほどに、全力で藻掻き、のたうち回る。痛みはより大きな痛みで掻き消える。友恵を支配するのは”痛い”だった。
喉を震わせる獣のようなうめき声。
友恵は涙で歪み視界の奥に、自分を見下す尊をハッキリと見た。
「腕を失った弓使いが何をできようか?」
尊は小さな太陽を右手で弄んでいる。恐らく、それを人間が視認できない速度でぶつけたのだろう。
その時、友恵という人格を形成する核ともいうべき思いが刺激された。痛みを超えた怒りが爆発的に生まれ、思考から激痛が消え去った。
「どうだ? 素直に話す気になったか?」
「……馬鹿言わないで……」
友恵は、本能から尊を恐れている。
瞳は左右に揺れ動き、薄ピンク色の唇は痙攣している。搾りだしたようなかすれた声と、相反する強気な言葉。
「旗本とはこんなものか。違うのだろう? 伊邪那美を納得させた力がまだあるだろう?」
そう。尊が上から放り投げるその言葉が、友恵の怒りの源泉だ。
(……なんで期待するの……私なんて……)
「動けないのか。……ならば、他の奴に期待しよう」
(ッ!? また、期待して……何もかも背負わせて――また放り出すのね)
友恵には怯えも恐怖もなかった。尊は忌むべき過去そのもの。
「私を、私をまた見下すなぁぁぁッ」
尊を遠い記憶の中にいる誰かと重ねているようだった。
友恵は怒りの形相を浮かべ、
「……見せてやる……腕がなくとも私は――雉(き)」
「――させると思うか?」
現実は劇的ではない。
友恵の反撃は許されない。
いつの間にか、頭上に浮かぶ小さな太陽。気が付いた時には、ギロチンのように急降下していた。
(私の身体……)
友恵の最後に見た光景は、太陽によって頭を消失させられた自分の身体だった。
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