第16話
松江城前市街地。ここはひなが幼少から暮らしていた場所だ。
(まさかここが……)
小さい頃から友達と遊び、憧れの人と別れ、巨人から逃避する生活を送っていた思い出深いこの地で、
(……出雲と、私が戦うのですね)
ひなは思った。肌を刺す冷たい風がこの街によく似合うなと。
「ひな。緊張してんだろ? 下がってもいいんだぜ?」
「いえ、大丈夫です。子供たちの未来を奪う出雲の打倒。正義を成すことができるのならどんなことだってして見せます!」
「……そうか」
ひなの力強い言葉を受け、部隊長は昨日の出来事を思い出す。
芽衣たちが住居としている寺の本堂で集まった同心メンバーは、
「老会から作戦が来たわよ」
市街地の奪還と松江城攻略に向けた作戦会議を行っていた。
「……んだこれ? ただの特攻じゃねぇか、バッカじゃねぇの?」
老会からの作戦が記載された用紙に目を通し、隊員たちは眉をひそめた。
「俺たち殺す気か? 却下だ却下。また適当に従ったふりしとくか?」
「いや、面倒だからそれも要んねぇだろ?」
ガヤガヤと巻き起こる文句の嵐から少し離れた場所にいる部隊長と尊。
声を潜ませ、何やら話をしているようだ。
「おい、なんであの嬢ちゃんを参加させんだ?」
「足手まといか?」
「ちげぇ、力云々って訳じゃねぇ」
部隊長は、真剣な表情で話し合っているひなの姿を視界に収め、
「戦う理由がねぇだろ」
「ふっ、正義を成す……らしいぞ?」
「分かってんだろ? そりゃ、借りもんだ。土壇場で揺らぐ」
尊は部隊長の言うことを理解していた。
それは、”だろうな”という一言からも感じられた。
「何を企んでんだ?」
すると、尊は薄く笑い、
「……お前には伝えておこう。ひなは――だ。だから――にする」
驚愕の一言に、部隊長は目を丸くする。
「……何言ってんだ……お前……」
「それが真実だ」
尊はそう言い残し、本堂を去っていった。
部隊長の脳裏には、尊の言葉がこびりついている。何度も何度もリフレインする度に、疑問というさざ波が大きくなる。
(……ひなが”真の太陽”だと? ……意味わかんねぇそ。……太陽は、お前と天照様だろうが……)
心にたまった不安と一緒に、部隊長は煙草の煙を吐き出した。
視界を曇らせる白煙が昨日と今日を繋ぐ。
「さてと……」
部隊長は思考を現在に引き戻す。
正面に聳え立つ松江城から、市街地にかけて伸びる白い道。その全てが出雲の槍兵と巨人で構成されている。
「凄い数……何百いるのよ」
「うっしっし。今のところ、周囲に伏兵無しだもん!」
「これが僕たちの全勢力だって敵は知っている。小細工なしでぶっ潰せるってことだもんもん」
出雲軍数百を正面に見据える黒一色の集団。その数はたったの二十人。
「――部隊長。指示を」
煙草の火を足で消し、銃を右手に掲げると、
「お前らぁぁぁぁぁ! 出雲をぶっ殺せぇぇぇぇぇ!」
「おう!」
全員の威勢のいい返事が開戦の狼煙となる。
闇に紛れる黒い衣装の実務部隊と作戦立案と指揮を担う老会の二つからなる出雲打倒を目指す組織、同心(どうしん)。
実務部隊は、本名不明の部隊長と彼が引き連れる十数人の隊員による主力銃撃部隊と、芽衣と着ぐるみ二体による遊撃班で構成される。そこに新入りのひなと独自で天蓋の破壊を画策していた尊が加わり、今の体勢となっている。
全ての出来事が神の導きだと思うほど、同心という組織はチグハグでこの出雲を象徴する産物が寄り集まっていた。
そんな場所に居るひなもまた、この世界を象徴する産物だった。己の生きる目的と出会う少女は、その代償として人の命を奪うことになる。
「ここらで待機してればいいんだろ?」
「あぁ、後は旗本様の到着と同時にって感じだ」
出雲兵たちは、ひなたちの接近に未だ気が付いていない。
市街地大通り入口で、出雲兵たちは進軍を停止していた。出雲兵は周囲を見渡しつつ、
「ここら辺は誰もいないだろ。居る意味ねぇっての。マジで何考えてんのか分かんねぇって」
「......まぁな。上が現場を知らないってのは何処も一緒だ。ほれ、警戒すんぞ。ここで死んだらそれこそ意味ねぇって」
「だな。出雲に来た意味がねぇや」
すると、周囲に淡い輝きが一瞬だけ浮かぶ。
「あ?」
視界端のそれを捉えた兵士は、気のせいだと見過ごした。
それが命取りとなる。
「あがぁッ!!」
「いぃッ――」
周辺にいた兵士たちが次々と倒れていく。受け身もろくに取れず、地面に身体を強くたたきつけているということは、意識を一瞬の内に失っているということだ。
「クソがッ」
殺気を振りまき警戒レベルを最大まで上げた兵士は、
「そこだッ!!!!」
鬼の形相で槍を振り下ろす。
彼の読み通り、その輝きは目の前へ。振り下ろした槍が直撃すると思われたが、
「――なっ」
自分に迫る輝きは消えた。
「――ふっ」
背後から聞こえた鋭く息を聞き、意識を常夜の世界に溶かしていった。
(大丈夫です。この刀ならば……)
ひなは、倒れた兵士の直ぐそばでしゃがみ込む。左手に鞘、右手は柄(つか)。居合の構えを取り、両足を広げ、地面に身体を同化させるように低く沈む。
(皆さんのお陰で、敵が分散している)
蜘蛛の子を散らすように慌ただしくなった出雲軍。
ひなは、背中を見せ逃げている三人の槍兵に目標を定め、
「――ふっ」
鋭く息を吐き駆け出した。
ひなは、尊から抜刀術を仕込まれ依然とは比べ物にならない動きとなった。
まだ粗さは目立つが、切りかかろうとしている出雲兵たちはろくに戦いもしたことがない素人集団だった。
(――抜刀ッ)
鞘から解き放たれた刀身は、一瞬のみ淡く輝く。刀から伝わる脈動が、ひなを一時的に超人へと昇華させる。
(先ずは――)
視界に捉えた敵兵へ向け、ひなは刃を振り下ろす。数は三度。
一度目、居合により通り過ぎ様に敵兵の胴体へ。
二度目、振り抜いた刃を切り返しもう一人の胴体へ。
三度目、右肘を軸に刀を振り上げた。
しかし、
「刀は神に由来している。だが……御子独特の気配はない」
三度目の攻撃は失敗。ひなが下から上に振り上げた刃は、槍の柄で受け止められていた。
「――ッ」
この兵士は出雲創設期からいる強者。ひなの付け焼刃の抜刀術では打倒は不可能。
「……御子でないのなら、どうということはない」
ひげを蓄えた恰幅のいい男が操る白槍が煌めく。
その時、ひなは視界情報に違和感を覚えた。
(なぜ敵の表情が……槍の矛先の光り……そうです――辺りが明るくなっている)
ひなは、作戦の次段階へ移行したのだと悟った。
そして、
「――オレは偽りの太陽。真実を照らしだす鏡だ」
天蓋付近に浮かぶ白く輝く特大の太陽。
誰も彼もが天を見上げ、その中に浮かぶ男の影を目撃した。
(予想通り、本隊は別にいるということですね)
ひなは眼前の敵兵を無視し、退却を開始。ひなと同じく、レジスタンス同心全員が尊の足元に集合する。
照らされた市街地にいる敵兵の数は二百程度。出雲の主力とされている巨人の数はたったの三体だけ。
尊が地上に降り立った時には、既に同心のメンバーは集まっていた。誰の欠けもなく、怪我もない。
「本隊は別に居たようだ。策に嵌まったな」
尊の言葉に、
「ありゃりゃのりゃ。出雲がこんな作戦立てるなんて初めてだもん」
「ということは、幹部が出張ってきたかなもんもん」
着ぐるみ二体に続くように、
「松江城にいる旗本……槍使いかしら?」
「恐らくは……」
芽衣とひなの予想通り、彼の存在は稲妻と銀色の炎を伴い現れた。
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