第15話

「おぉ、アナタがかの高名な――」

 老会メンバーは、よたよたと女神に近寄り縋りつこうとするが、

「……近寄らないで」

「がッ!?」

 全員が腰を曲げ膝をついた。

 彼女ならば、言葉一つで人間を操るなど造作もない。

「……ふぅ、まずは八十神との契約を履行できなかったことについて聞きましょう。弁明は?」

「そ、それはですね。尊という坊主が現れまして」

「尊?」

「は、はい! 奴や、部外者のくせして勝手に暴れ私どもの計画にないことを――」

「アナタ程度の猿が、尊を知りもしないで何を言っているの?」

 伊邪那美の氷のような冷たい笑みが老人を見下す。

「へ? そ、それは……っへへへ」

 小太りの老人がヘラヘラと笑みを浮かるが、

「アナタの首でいいです」

「――えっ」

 常勝無敗の組織を率いた頭脳が一つ減った。

 言葉一つで老人の頭部が吹き飛んだ。神と人間との間には隔絶された力の差がある。部屋を染める鮮血がその証明だ。

「八十神。これで履行できなかった件の手打ちとします。文句は?」

「いいや。アンタが言うなら、それでいい」

 それは本心からの言葉だった。

「彼の寛大さに感謝しなさい。そして、次の作戦で天照の拠点に穴を穿つのですよね?」

 上半身を床に投げ出し血の沈む仲間だったモノ。その隣で、四人となった老会たちは床に額を付けたまま、

「その通りでございます! 必ずや達成して見せます!」

 伊邪那美に首を飛ばされる前に大声を上げた。

 見栄も尊厳もかなぐり捨てたその選択は正しかったようだ。

「八十神。あまり、イジメないようにしなさい」

 伊邪那美はそう言い残し、またもや出現した銀色の炎の中に消えていった。

 彼女がいなくなったことで、張り詰めた空気が一気に解ける。

「さてさて……ごほん!」

 八十神は人懐っこい笑みを浮かべると、

「では、次の作戦を考えましょう。今日から僕が老会の席についてもいいですよね?」

「も、勿論だとも。空いた席に是非座ってくれ!」

 同心の頭脳が出雲の頭脳に置き換わった。

 これから起こる全ての出来事に出雲の策略が絡むことになる。誰も知らないまま。

 島根県出雲市。

 暗闇の世界に浮かぶ七色のネオンが輝くビル群があった。そこは、この天蓋を支配する組織の総本山。通称、摩天楼(まてんろう)。

 飲めや歌えやの大宴会がいつまでも続く狂乱の都市では誰もかれもがこの世の強者側の自由を味わっていた。男女、種族は関係ない。

 全員が狂乱し、所かまわず暴れているが決して近寄らない神聖な場所があった。

 そこが出雲御殿。中央から少し離れた場所にある、金色に輝く地上一階建ての平城だ。

 複数の棟により構成された御殿の一室、少女が寝転ぶ大広間の中央に、銀色の炎が発生した。

「あれ伊邪那美様?」

「ただいま。お留守番ありがとう」

 伊邪那美が炎の中から現れた。

 老会たちに指示を与え帰還したのだ。

「おかえり♡」

 出雲総本山の大広間で寝転び、猫と戯れている幼い少女が普通の子供である筈がない。

 彼女の名は絵馬(えま)。

 出雲の最高幹部、大名(だいみょう)の位を与えられた少女だ。

「絵馬。肉球ばかり弄るのはやめてあげなさい。嫌がっていますよ」

「む、にゃーちゃんごめんね♡」

 猫の腹に顔をうずめる絵馬は、視界端で銀色の炎が消失したのを捉えた。

「あれ、八十神はどうしたの? 帰ってこないの?」

「えぇ。天照の拠点へ入口を確保するために残ってもらいました」

「へぇ、アイツなら力押しでどうとでもなるんじゃない? 拠点の位置くらいは分かったんでしょ?」

 絵馬は八十神の軽薄な態度は嫌いだが力は信用している。

 伊邪那美の判断に疑問があるようだが、

「これも彼が成長するきっかけです。ほら、可愛い子には旅をさせよと言うでしょう?」

「随分とアイツを可愛がるんだね。愛しの将軍はいいの?」

 絵馬はこの部屋先、僅かな段差の上にある簾(すだれ)の奥へ視線を向ける。

「八十神の成長は、あの子の意思なんですよ」

「将軍の?」

「はい。随分と八十神を気に入っているようです。彼が”その資格”を得た時、どうなるのかと期待しています」

「いいなぁ、うっらやましい〜。ねぇ、私も将軍に会いたいんだけど? いつ会えるの?」

 伊邪那美は絵馬の横に腰を降ろすと、桃色のツインテールを両手で弄ぶ。

 母のような笑みを浮かべながら、

「近々、顔を出すことにしたようです。皆さんが一堂に会する機会があればですが」

「えぇ? みんな集まるの? それ無理くない?」

 伊邪那美に髪を遊ばれ、くすぐったそうに笑みをこぼす絵馬。お返しとして、伊邪那美の白い髪を三つ編みにし始めた。

「うふふ」

 伊邪那美はまんざらではないようだ。

「そうですね、皆さんが総力を決しないと勝てない相手が出てきた場合。……とかは如何ですか?」

「……あり得る? だって、啓二にも勝てないんだよ?」

「一人、面白い男がいますよ」

「何て名前?」

 伊邪那美は、山伏の姿をした錫杖を持つ男の姿を思い浮かべた。

 黄泉津大神(よもつおおかみ)たる自分を狂わせる冷たい瞳と、幼い少年が背負うにはあまりにも過酷な運命。ただ人であるはずなのに神が知らない何かを知る不思議な少年。

「彼の名は尊。天照と行動を共にする青年です」

「あれ? 天照って死んだんでしょ?」

「その筈でした。私は確実に殺しました。ですが、その尊の手により生かされた。友恵以来の救世主の登場に、民衆は期待しているようですね」

「へぇ〜。でも大丈夫、伊邪那美様は負けないよ。天照はただ観てるだけの弱虫だもん。私も包丁でグサッてやるから♡」

「うふふ、その時はお願いしますね。楽しみです。私の家族と相対するとき……あの子はどんな表情をするのでしょうか」

 九州、中国地方、四国、近畿地方を支配する組織の名は出雲(いずも)。

 出雲とは、弱肉強食の世界を目指す集団であり、この世界の頂点であり、この天蓋の名だ。

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