第14話

「どうでした? あのひなという女性の印象は?」

 八十神は、正面に座る五人の老人に対して、人当たりのいい笑みを浮かべ問いかける。

 老会メンバーは、饒舌に語り出す。

「覚悟が足りていない。私たちがアレくらいの時には、もっとしっかりしていたわ」

 髭を蓄えた老人に同調するのは、小太りの老人だ。

「ですな。得物は日本刀の模造品でしょう。あんなものを武器にしても巨人相手に戦えるのかは疑問ですな。巨人の肌は鉄よりも固いく、あんな細腕ではとってもじゃないが……ねぇ?」

「最近の若者はなっとらんな。こちらを値踏みするような視線じゃったわ。忌々しい芽衣もそうだが、立場はこちらが上。少しはわきまえるべきじゃな」

 鶏ガラのようなやせ細った老人が毒づくと、

「場もあったまったことですし、本題に入りましょう」

 八十神は、メイドたちを呼び込む。彼女たちの、肘まで伸びる純白のロンググローブが包む両手の中には、出雲所属を示し特定経済圏では無限の通貨の代わりになる金鵄勲章(きんしくんしょう)があった。

「こちら、出雲から皆さんに授与されました」

 老会メンバーが目を丸くし立ち上がる。

「本当かッ!? ということは――」

「はい。みなさんは正式に出雲所属が認められました」

 自分の手の中にある勲章に目を奪われる。夢にまで見た輝きに夢中になっていると、

「では、みなさんの加入に際して、契約を履行したいと思います」

 八十神が手を数度叩き、老人たちの意識を現実に引き戻す。

「まずは、老会の皆さんからお願いできますか?」

「あ、あぁ! これを――天照に関する資料だ。尊に関する情報と、ここ数年で加入した人間、ひなを含めて情報がある。契約の履行には問題ないだろう」

「拝見します」

 筋肉質な老人から資料を受け取り、目を通す。

「なるほど。天照の集落はそんな場所に……転移方法は祠を使った接続か。確かに、八百万の頂点ならば可能か。――それで、肝心の侵入経路の確保は?」

 資料から視線を外した八十神は、冷たい口調で老会たちを睨みつける。

「そ、それは……まだだ」

「契約条件は情報と侵入経路の二つ。これでは条件を満たしていませんね」

 メイドたちが操る氷の蔓が、老会たちから金鵄勲章を奪い去り、八十神の手中に五枚重なった。

「ま、待ってくれッ!? 私たちに策があるんだ!!」

 一度手中に収めた夢は簡単に手放せない。今の彼らなら、愛する家族、戦友すらも手放す勢いだ。それを理解している八十神は、

「それは?」

 内心ほくそ笑みながら、冷たい表情で問いかけた。

「つ、次の市街地解放作戦! その際に、し、仕込みを行う!」

「そ、そうだ! あのひなとかいう小娘に何かを仕込んで天照の結界に穴をあければ!」

 アイデアよりも先に言葉が出たようだ。

「何かとは? どうやって穴を開けるのですか?」

「それは……」

 八十神の心にさざ波が起こる。

「問題ない! だから、勲章を――」

「私たちを誰だと思っているんだ! 常勝無敗の軍勢の長だぞ!」

 八十神は老会たちをそもそも嫌っていた。

「そうだ、そうだ! お前のような使いに指図を受けるいわれはない」

「ふぅ、君はいつから私たちに意見できる立場に――」

 八十神の心に嵐が巻き起る。 

「――使えないクソ爺がぁぁぁッ」

 八十神は怒りに任せ、正面にあった机を蹴とばした。

「なっ!?」

 老会たちの背後にあった、前面鏡張りのガラスへ衝突し破壊。途轍もない衝撃音と共に、机とガラス片は地上へと消えていった。

「……年単位で時間をやったんだぞ。何度も要望を叶えてきたんだぞ。……そんなことも出来ねぇのか。少しは自慢の頭使ってみろよッ」

 今まで見下していた男の本性を知り、老会たちは理解した。

『八十神は自分たちの下にいたのはお遊びだった』と。

 苛立つ八十神がまき散らす憤怒は神の如し。

 それを抑える術を知らない老人たちは、恐れおののくしかなかった。

 捨てる神あれば拾う神あり。八十神が老会を捨てようとするならば、それを拾う神もまた現れる。

『いいではないですか。成り行きを見守る程度の余裕はある筈ですよ』

 辺りに響く大人びた女性の声。

 八十神の隣に発生した銀色の炎。

「……珍しいこともあるんですね」

 八十神は声の主を知っていた。そして、怒りを鎮める。

 一歩身を引き、メイドたちと共に片膝をつき首を垂れる。

 銀色の炎は五メートルはある高い天井まで燃え上がると、

「バカと煙は高い所へ上る。この肌がヒリつく気配……やっぱり、太陽が一番のお馬鹿さんよね」

 炎から姿を現した女性。血の気のない白い肌。腰まで伸びる白髪。三途の川を渡る死人のような白い薄手の衣装を着ている。

「皆さん初めまして、伊邪那美です。出雲の実質的な管理を行っています、お見知りおきを」

 老会はこの瞬間に理解した。彼女が口にした名前、肩書は全て本当だと。ドス黒く重みのある雰囲気とその奥にある自分たちとは隔絶した力の本流を感じたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る