第13話

 上下白のスーツに身を包んだ茶髪の青年がひなをつぶさに観察している。

「黒髪にセーラー服。黒鞘の刀、大量(おおはかり)。アナタがひなさんですね?」

 尊にも劣らない端正な顔立ちと手足の先まで意識しているであろう、優雅で丁寧な所作。丁寧な口調と屈託のない笑顔はパーソナルスペースをグッと縮めてしまいそうになる。

 しかし、笑顔の純度が余りにも高く、いい人を飛び越え詐欺師のような裏側を感じさせた。

 芽衣がその笑顔を警戒しているのはそのためだ。

「こいつに近づかないほうがいいわよ。いつ、背中刺されるか分かったもんじゃないの」

「いやぁ、芽衣様は当たりがきついですね~」

 彼の名前は八十神(やそがみ)。レジスタンス同心の参謀組織、老会の補佐をしている男だ。

「様って付けないでよ。アンタが誰かを敬うなんてあり得ないでしょ、気持ち悪い」

「あっはは、警戒心が強いですね。やりづらいったらありゃしない。さっさと死んでくれません?」

「アンタが死になさいよ」

 乾いた笑みを浮かべた八十神は、芽衣によって背中に隠されているひなへ視線を向けると、

「僕としてはこのまま雑談に興じてもいいのですが、ひなさんをお連れしないといけません。お相手はまた今度でいいですか?」

 八十神が一歩足を踏み出した瞬間、

「――っしッ」

 芽衣は腰からナイフを取り出し放り投げた。

 銀色の流星が顔面目掛けて飛来するが、

「――おっと」

 八十神は上体を右にずらし難なく躱す。

「っち。なんで老会に連れてかれなきゃいけないのよ。アンタにそんな権限ないでしょ?」

「皆さん気になっているんですよ。彼女という存在が同心に利益をもたらすのか否か。大人しくついてきてくれないと……僕、処罰されちゃうかもなんですよ?」

「ならアンタが処罰受けなさいよ」

「僕はイジメるのが好きなんですよ」

「うっわ、そんなこと思っても口に出さないでしょ? きっしょ」

「……殺してやろうか?」

「上等よ! アンタのその――」

 芽衣の背中に隠れていたひなは、

「――誰ですかッ!?」

 いつの間にか、自分たちを取り囲む五人の人影に気がついた。

 暗闇の中に浮かぶ白い肌の美女たち。全員がひなと芽衣を鋭く睨んでいた。人形のような均整の取れた美しい顔が、不快感塗れの怒りの表情に歪んでいる。

『殺すぞ』と言われているようだ。

「め、芽衣さん!? メイドさん、メイドさんたちが怖いですッ!? ――無表情の睨みつけですッ!?」

 ひなの全身を寒気が襲う。

「メイドォ? って――うわ、こっわぁ……アンタら、八十神のハーレムでしょ? なんでここにいんのよ? 大奥にでも入ってなさいよ」

 芽衣が喋るたびに、額の青筋が増えていく。

「てかメイドって何? そんなんで媚びようとしてんの?」

 細い眉が怒りに歪む。

「あれだ……男が好きなのこれでしょって安パイ狙ったんだ。そうでしょ? そうでしょ? 安直じゃない?」

「はぁ?」

 とうとう、全員の口から低い声が漏れ出した。

 そして、市街地のビル屋上に吹雪が発生する。

 五人のうち、芽衣よりも赤色の髪のメイドが、一歩踏み出し、

「――アンタが私たちを否定すんなよ、皇(すめらぎ)の残りカス。お前は知らねぇんだよ、誰かに全て捧げる喜びをなぁ?」

 威勢のいい笑みを浮かべ芽衣を挑発した。

「私ら知ってんだぞ? お前、尊に抱いてもらってねぇだろ?」

「――うッ!?」

 芽衣は苦悶の表情を浮かべる。

「自信があるんだろ? でも、抱いてもらってねぇ。なんでか分かるか? 分からねぇよなぁ? お前、ありえないほどの脳みそ筋肉だもんなぁ? 教えてやろうか? 私ら、尊の好み知ってんだぜ?」

「そ、それなら私も知ってるわ! 尊は、私みたいな美人でスタイル良くて、モノが言える同い年くらいの女が好きなのよ」

「――それ、本当か?」

「なんですって?」

 自信満々の芽衣の笑みに影が差す。

「考えてみろ。尊は顔がいい。そんで強い。弱肉強食のこの世なら、尚のこと、そんな男に惹かれるだろ? そこらの女はアイツに惚れちまう。……前の戦いじゃ、いいとこのお嬢様に誘われてたなぁ。その前は、年上の色っぽいねぇちゃんだった。……そのうち、女神も出てくるだろうな。……皇よぉ、勝てんのか?」

 芽衣の脳内に電流が走る。

「――無理だぁぁぁぁぁッ!!」

 芽衣は衝撃という名の雷に全身を貫かれ、意識を手放した。

 ぐったりとする芽衣を抱きとめたひなは、

「いくら何でも言いすぎです!? 芽衣さんが恋愛下手で奥手のくせに上級者ぶっているのを責めるなんて人の心がないのですかッ!?」

 芽衣は意識を失っていて良かっただろう。

「……尊には私のほうから連絡を入れておきました。五分程度でいいので、お時間頂きます」

 すると、八十神は銀色のドアを作り出した。

 メイドたちは芽衣をひったくると、神輿のように担いでドアの中へ消えていく。

「こちらからどうぞ」

 ひなは、意を決してドアを潜る。

 銀色のカーテンと同じく、潜った先は全くの別の場所に繋がっていた。

「ここは……」

 白い壁に赤い絨毯。百メートルほどの長い廊下の先には大きな扉。後方にはエレベーターがある。

 そして、

「芽衣さん……大丈夫ですか?」

 ひなの足元に芽衣が転がっていた。両頬に赤い手形を残し、うめき声を上げている。どうやら、メイド五人によりこの場に投棄されたようだ。

「クソメイド……こんちくしょう……」

「芽衣さん起きてください! 芽衣さん!」

「――うぉ」

 意識を取り戻した芽衣は、ひなにより状況説明を受け、何事もなかったかようにこの通路を進んでいく。

「芽衣さんここって……ホテルでしょうか?」

「私たちの拠点近くの市街地よ。ほら、中心にある十階建てのビルあるでしょ? そこの最上階よ。昔は、国や海外のお偉いさん御用達のホテルだったらしいわ」

 両サイドの壁には、有名絵画が飾られている。芽衣の言うことは本当のようだ。

「ちゃっちゃと用事済ませて帰りましょう。ほらほら、ドンドン行くわよ!」

「は、はい!」

 早足で進む芽衣に置いていかれないよう小走りで着いていく。そうしながらも、周囲の景色を観察していた。

 天井に描かれた天使と悪魔と神と豚が交わっている風景画やシャンデリアなど、初めて目にする物ばかり。同心と過ごす日常全てが、ひなにとっては新たな出会いの連続だ。

 今度は、老会という謎の存在と出会うことになる。

 ひなの期待と不安を察した芽衣は、

「今から会う爺どもは参考にしちゃダメよ。こんな場所に無駄金使うバカたちだから」

「じ、じじい……ですか?」

「そ、じじい。ほら、ココよ」

 廊下の突き当たりに到着した。

 目の前にそびえる巨大な木製の扉。神と龍が戦う神話の一幕が掘り込まれている。

 扉の荘厳さは、ひなを怯えさせるには充分だ。

「言っちゃなんだけど、引き返すのもありよ? 八十神も案内したって言い訳は立つと思うし?」

「大丈夫です! 出会いとは、人生を変えるきっかけですから!」

「気合十分ね。……まぁ、命の危険はないから気楽にね……命の危険は……ね?」

「は、はい?」

 この時の芽衣の言葉、表情から面倒くさいことがあるんだと読み取れればよかった。ひなは、そう後悔した。

「まったく。空を知らない世代はこれだから気にくわん」

「ひなと言ったかね? 君は――」

「そもそもだ! 戦うとはどういうことか理解しているかね? いいかい? 私が政治家として諸外国と……」

 豪華絢爛の極みを尽くしたホテルの一室にて、目の前のソファーに座る五人の老人。

 ひなと芽衣は絨毯の上に正座をして、出会い頭に説教を食らっていた。

「……ほら、面倒くさいでしょ?」

「…………これも試練です」

 小言で愚痴を言おうものなら、

「――聞いているのか!?」

「は、はい!」

 老人たちの喝を貰う。

「お前たちを呼んだのは他でもない。私たちが栄えある同心の頭脳としての役割をだな――」

 彼らは、ひなに立場の違いを分からせるためにこの場を設けたのだ。

「それはこの天蓋が生まれる前のことだ。私は市議会議員として――」

 ひなたちは、彼らが満足するまで愛想笑いを浮かべ続けた。

 解放されたのは一時間後。

 素晴らしい出会いとそうでない出会いがあることを、ひなは学んだ。

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