第9話
尊が作り出した太陽は時間経過とともに小さくなっていく。
今日はひなと、その仲間たちを含めて寺の本堂で宴会が繰り広げられている。
そんな喧騒が遠くに聞こえる古びた社では、尊と天照が二人きりの静かな時間を過ごしていた。
「今日は少し、はしゃいじゃいました」
「……身体の調子はどうだ? もう、歩くのに不自由はないようだが?」
「はい。おかげさまで、皆さんとのんびりお話しすることもできました」
「それなら、良かった」
天照は満面の笑みを浮かべているが、尊には無理した表情に見えた。
いつものように布団を用意して、彼女を抱き上げ寝かせた。
「……ありがとうございます。ひなさんは、大丈夫でしょうか?」
「それはアイツらが決めることだ」
「家族が増えてくれると、嬉しいですね」
「ひなの穢れなき正義感は、お前にとって好ましいものだろう」
布団から僅かに顔をのぞかせる彼女は、頬をぷっくりと膨らませる。
「違います! そんな打算的なことではないです! ……人が沢山集まってくれれば、尊の負担が減るかなと……えへへ」
恥ずかしそうにはにかむと、布団を目元まで被って隠れた。
「お前は万全の状態になることだけを考えろ。その時、積もりに積もった今までの恩を返して貰うつもりだからな」
「期待してくださいね」
「あぁ。お休み」
「……おやすみなさい」
日本が三つのドームに覆われたと同時に、神が地上に降り立った。
神は人間からの信仰により存在の格を上げる。かつての天照は最大の信仰を保持していたが、伊邪那美に敗北したことにより消滅の危機にまで陥った。それが、外を歩きはしゃげるほどに回復したのは尊たちの活躍によるものだ。
尊の目的は、天照の進行を取り戻すこと。
「ようやくここまで来たか……」
尊は社の外にある賽銭箱の上に座り、ぼんやりと灰色に染まる世界を見上げる。
「手筈は整った。後は、穴を穿つのみ」
尊がひなを助けたのは偶然ではない。進路を強引に修正し、タイミングも合わせて恩を感じるように演出した。全ては”とある目的”のためなのだが、ひながそれを知るのは全てが手遅れになった時のこと。
「ひな〜! アンタも飲みなさいよ!」
「い、いえ。まだ未成年ですので」
「ったく、アンタっていい子なのね~」
酒に酔った芽衣に絡まれるひなは、久方ぶりの楽しい時間の熱を冷ますべく、廊下に出て風にあたる。
「あれが天蓋……灰色? なんですね」
見上げるドームの名は出雲(いずも)。
常闇の世界の支配者の名前を冠している。
天照たちが住む市街地の外れ。制作者の好みが色濃く反映された木造建築が並ぶエリアは、いつも以上に賑わいを見せていた。
「尊さん。皆さんの荷物、運び終えました」
ひなたちは、天照の誘いを受けここに移住を決定した。
今日は引っ越しの日。巨人相手に武器を振るっている人間たちも今日はその手に家具やら荷物に持ち替えていた。
「慣れない環境で不都合があるだろうが、何かあったらあの着ぐるみに言うといい」
すると、名前を呼ばれたことを察知したのようで、
「ひなちゃん。僕たちを呼んだもんもん?」
「今日もいい匂いだね。シャンプー何使ってるの? あ、勿論、食べるために聞いてるからねもん?」
百メートルの距離を一瞬で詰めてきた。
ひなの両脇を固め、髪を遠慮なくふわふわの丸い手で弄ぶ。エロ本で学んでナンパ慣れしたイケメンの立ち回りを完ぺきにこなしていた。
「ひなちゃん。分からないことがあったらなんでも聞くもん」
「手取り足取り教えてあげる。僕のもんもんがもんもんするもんもん!」
すると、
「では、早速伺いたいのですが……私はどこに住めばいいのでしょうか?」
「お?」
着ぐるみたちは眉をひそめた。わざとらしい語尾も忘れている。
「住む場所……っていうと、この割り振り表は知らないもん?」
赤い犬の着ぐるみ、もんが各人の住居が割り振られた地図を広げる。
「そ、そんなものがあったのですか!? 因みに私はどこに……」
「ひなちゃんは、本堂近くだもんもん。ここはキッチンが小さいけど、ラジオとか壁に埋め込まれているもんもん」
もんもんの言葉に、ひなは小首をかしげる。
「らじお……あっラジオ! 皆さんに貰ったことあります! ノイズが乗っていますが、私は大好きです!」
「因みにお料理とかはするもん?」
「お料理は……したことないですね。ご飯は皆さんの残り物を頂いていましたので!」
「残り物……」
もんは口を閉ざす。
「クローゼットもあるもん! お洋服も沢山入るもんもん」
「この制服しか持っていないんですよね」
「……なんでセーラー服? それって骨董品だもんもん?」
「皆さんが、私に似合う服を用意したと言ってくださいまして。折角ですので着られる範囲でと」
もんは眉をひそめている。ひなの言葉から、元居た環境に漂う怪しい雰囲気を感じ取ったようだ。
「お……お風呂も大きいの用意したもんもん!」
「本当ですか!? 今まで真水でしか身体を清めたことがないので楽しみです」
「……他のみんなも真水で?」
「いえ。皆さんはしっかりとお湯を使っていました。私は――」
「――ひなちゃん! これからは幸せになっていいんだもん!」
「――僕たちが守るもんもん!」
ひなは自覚していないが、周囲の人たちから虐げられていたのだろう。
「あ、ありがとうございます。私も、お二人の助けになれるように頑張りますね!」
「ひなちゃんマジ天使だもん!」
「うわぁぁぁぁぁぁ、天使天使だもんもん!」
着ぐるみはひなに抱き着き、ギャンギャン泣き喚いた。
すると、
「アンタら何してんのよ? 後は、ひなの引っ越しだけよ?」
騒ぎを聞きつけた芽衣が額の汗をぬぐいながら歩いてきた。
「え、えっと……私にも分かりませんが、お二人が優しくしてくれてます。あっ、もふもふしてますよ?」
「……そ」
芽衣は察した。
(天然箱入り娘に同情したんでしょ)
正解だ。
「それじゃ、荷ほどき終わったら市街地行きましょ。ほら、前に約束もしたし?」
「本当ですかっ! 私、あんな大きな街に行くの初めてです!」
「んじゃ、さっさとやりましょ。二人も手伝いなさい」
着ぐるみ二人は、ひながドン引きするくらいの物を買い与えた。
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