第4話

「――ふげっ!?」

 雄介が槍を抱えたまま背中から地面に倒れ、昏倒した。

「――二人、三人……」

 次々と住民が昏倒していく。敵味方関係なく手当たり次第といった様子。

「ちぃっ!? 敵かッ!?」

 暗闇に描かれた赤い軌跡がその原因だろう。

 グルグルと高速で移動する赤い影が、とうとうアキに襲い掛かるが、

「――甘ぇよッ!」

 アキは槍を拾うと赤い影へと突き刺した。

「――あっぶないわね、まったく」

 姿を現したのは女性だった。闇に紛れることを前提とした黒一色の衣装に身を包み、血のような鮮やかな紅色のポニーテールを揺らしている。

 彼女の名は芽衣。出雲に敵対する者だ。地面を四つん這いで張っている姿勢は猫のようだ。

「次は殺す」

「それはどうかし――らぁッ」

 芽衣は、殺意むき出しの凶悪な笑みを浮かべて姿を消す。

「ッ」

 アキが知覚できたのは、点々と舞う砂埃と鋭い衝撃音のみ。

(速すぎんだろッ!? ……黒い衣装と低い姿勢……死角を一飛びで移動できる脚力が厄介だ)

 アキの槍は宙で躍る。

(……だが、追えないことはねぇ……上下左右に動いているが――そこだッ!!)

 芽衣本人を狙うのではなく、通るであろうポイントに槍を置く。

「これで……」

 芽衣は一向に現れない。

「なんだ……どこに」

 視界から赤い影がパタリと消えた。

 アキは辺りを警戒しながら見回すと、

「ギャァァッ!?」

 後方から巨人の叫び声が響く。

「――何だッ!?」

 アキが振り向いた時には、既に巨人の腕が血をまき散らしながら吹き飛んでいた。

 そして、

「バ~カ」

 背中から倒れた巨人の足元で、ナイフを振り上げた芽衣と視線がぶつかった。

(俺をコケに……ッ!!)

 苛立が槍に震えとして現れている。

 芽衣はその様子を見て、

「アンタ素人でしょ。付け焼刃の知識で戦うのは止めておきなさい。すぐ死んじゃうわよ?」

「ッ!?」

 アキは図星を突かれた。

 出雲に入ってから数か月。戦闘経験は両手で足りる程度しかない。元いじめられっ子であり、戦うのはそもそも嫌いなのだ。

「女のくせにぃぃ……お前も僕を見下すのか……」

「アンタ、思い込み激しいって言われない?」

 芽衣の声を無視したアキは、

「ダイダラッ! ガキでパンプしろッ!」

 吹き飛ばされた巨人は、頭部が欠損した子供たちの遺体を口の中に詰め込み咀嚼を始めた。

 すると、全身の筋肉が一気に膨張する。欠損した腕も元通りになり、身体は二回りほど大きくなった。

「……醜いわね」

 芽衣は冷静に巨人を見据え出方を伺っていた。

 ここで一つ、芽衣も敵である巨人もアキも想定していない出来事が発生した。

 この場を遠くで見ていたやせ型の男性二人が、

「俺らが守るんだぁぁぁぁぁ」

「正義のためにぃぃぃぃ」

 爆弾をもって特攻を仕掛けたのだ。

 正義感とは毒だ。一般人でも簡単に獲得できる唯一性だ。一度持てば肯定感が増し、ピンチが来れば英雄になれる。何もしなくても、正義感があれば怠惰をむさぼる理由にもなる優れもの。

「――ちょっとバカッ!? やめなさいよッ!?」

 芽衣の声は聞こえていないようだ。これが正義の毒たる所以(ゆえん)だ。酒以上に酔いやすく、あっという間に酩酊状態に移行する。声は聞こえず、一点しか見えなくなる。

「止めて下さい!? 皆さん!?」

 このような行動は女よりも男が陥りやすく、好きな女の前だと更に酔いやすい。

(ひな……俺はお前が……)

(好きだったぜ……)

 力量差が数値で分かればどれだけよかっただろうか。彼らを一とするなら今の巨人は千。この差が視認できたならば、

「俺らと地獄に行こうぜぇぇぇ!」

 男たちは自爆特攻をしなくても済んだだろう。

「ダメですッ!!!」

 爆発音がひなの叫びを掻き消した。

 巻き起こる爆発音。掘っ立て小屋が吹き飛ぶほどだ。土煙が辺りの景色を一色で染め上げた。

 アキは辺りを見回しながら呑気に、

「爆弾持って特攻……やるならさっさとやっとけよ――気持ちわりぃな」

 苛立ちをぶつけるように、力強く槍を地面に突き刺すと、

「――生まれろ、ダイダラ」

 槍の力が発動した。矛先の周囲の地面が隆起を繰り返すと、

「いってぇ……特攻は防げねって。ありがとよ」

 巨人が地面から這い出てきた。

「――ったく。……命の価値、感じたぜ?」

「アイツらは、五センチの凹みくらいってか?」

 彼らは心の底から足元のへこみを見て笑っていた。

 それは仲間二人を失ったひなにも向けられている。

「ひな。アイツらの名前知らねぇだろ?」

「……そ、それは……」

「はっははは、無駄死にだったな。本当に何も繋がらねぇ、自分に酔った死に方だ」

「そ、そんな……こと……」

 アキへの返事か、無意識にはなった現実を受け入れられないという心の底からの言葉なのか定かではない。ただ確かなことは、知り合いが死に自らは戦意を喪失しているということ。

(なんで……私たちは正義を成そうと……正義は必ず勝つと……報われる筈では……)

 家族だと思っていた大人たちから暴言、暴力を受けた。守るはずの子供を差し出した母親。咎めた時の相手からの視線の痛さ。人間の命の儚さ。敵の強大さ。これら全てがひなの価値観をぶち壊した。

「……無駄…………」

 地面にへたり込み、暗黒の空を見上げる。

「……だめ……いやです……」

 衝撃はひなの感情を揺さぶり、波のように身体へ伝播する。体機能全てに一時的な麻痺を発生させ、視界は常夜の世界よりも暗く染まる。指先はジンジンと痛み出し、足の感覚が消え失せた。

 世界にいるのは自分一人、巨人に立ち向かうのは自分だけ。

「助けて……神様っ……」

 ひなにとっての、絶望とは孤独でいること。逃げる手段は持ち合わせておらず、唯一の手段は死ぬことだけ。

 それを覆すことができるのは、

「貴様の祈り、確かに届いた」

 ”神”のみだろう。

 暗闇を掻き消す暖かい光。目をくらますほどの白い輝きが、辺り一帯に広がっていく。空に浮かぶ眩い輝きの中に浮かぶ錫杖を持つ人影。

「……天照大御神……様」

 ひなの絶望をぶち壊した存在は、心のよりどころとしていた女神ではなく、

「オレは偽りの太陽。天照に代わり、絶望を照らしてやろう」

 傲慢不遜を体現した男が現れた。

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