兄として

「凄い良かったです!」

「そりゃあ良かった。第一志望候補か。」

「はい!部活も盛んで、制服か私服で選べて、しかも制服も可愛くて。」

本日言ってきた高校は前もって銀花が気になっていた高校で、彼女とマッチしたようだ。

「手芸部も見に行ったんですが、お母さまの方が楽しそうしてたんです。」

「そりゃあ活気があるじゃないか。そこに入学したら、沢山手芸の事教えてもらいな。」

ここまで機嫌の良い銀花も珍しい。気づけばその笑顔につられて笑顔が漏れた。


「俺は大学受験はしません。就職先もある程度相談出来てます。」

俺はというと、銀花とは逆で楽しいものではなかった。

通っている高校は進学校、つまり大学に行く事を想定された高校だ。

「指定校を使えるほどの成績でもありませんし、大学に行きたい気持ちもありません。」

二年生も終わりが見始めている最中、毎日のように学年主任の先生に問い詰められる。一年の頃から同じ事言ってるのにこの様だ、あの父親に呪いをかけたい。

もう何回白紙でゴミ箱に入れたか覚えていない進路希望書を丸める。

「凪君すまない、私もあの先生には今は頭が上がらない。」

「その言い方だと来年にはその座から降りてそうなんですが。」

「まぁ落ちてるだろうね、私が引きずり落とすからね。」

「怖すぎだろ。」

なんだかんだ先生は怖い人だけど、信頼に足る人物でもある。

この問い詰めも三年になった時には終わりそうで安心する。

「妹さんとはどうなんだい?仲良く出来てるかい。」

「先生の助言もあってなんとか。銀花の笑顔も増えてきたよ。」

その言葉で先生も鼻歌を立てる。分かりやすい先生だ。

「そうです先生。就職した後の目標が出来たんです。」

「おやなんだい?」

「妹があの家を出るまで支える事です。」

先生は口抑え、数秒後に一気に笑い出す。

「凪君もシスコンになったもんだ。先生君の変わりように驚きだよ。」

「あぁ!?シスコンじゃないが。」

「否定も混みでもうそれじゃん。」

あぁ俺はこの先生には頭が上がらないのかもしれない。

「そろそろ帰ります。鍵は閉めておきますか?」

「こちらで締めとく大丈夫。」

「さよなら~」

「それでは。」

家に着く。

今日はいつもより遅くなった。

銀花と遊ぶ約束していたのにこの様だ、あのクソ先生許さない。

「ただいま~」

いつもなら銀花が出迎える筈だが、今日は来ない。

部屋で寝てるのだろうか。けどそうじゃない事は直ぐに理解出来た。

リビングから声がした。

がした。

「銀花、お前はこの高校に行きなさい。」

あぁ、巻き込むなよ。彼女は違うだろ、その子はお前の道具じゃない。

銀花はお前の、じゃないだろ。

リビングの扉に手をかける。

手が震える、あの時と同じように息が苦しくなる。

トラウマなんだと今更ながら理解した。でもそれを乗り越えないといけない。

今乗り越えなければ、きっとより後悔する。

兄になると誓った。その言葉に嘘偽りなど無い。

だから、

扉を開けた。


「銀花、少し前の模試が戻ってきてね。確認したんだ、お前なら以前言っていた高校よりずっと上の高校を目指せる。上の高校に入れば、より良い大学にも行ける。」

この人は何を言ってるのだろう。

家に帰ると珍しくお父さんが早く帰ってきていて、模試の結果を見ていた。

今回の模試は凄く自身があったからどうなんだろうと聞こうとしたら、お父さんは「高校を変えろ」と言った。

「この成績なら私が前話した高校も視野に入るはずだ。次はそこを第一志望にしなさい。お前はこの高校に行きなさい」

「私は今の第一志望の高校に行きたいです。お母さまも気に入るぐらいに良い

高校なんです。」

「だがその高校では、大学の指定校も良い所が無い。入っても大変な時間が続くだけだ。」

「私その高校でやりたい事があって。」

「それは大学に入ることより大事なのか?」

怖い、そう思った。今までお父さんはこんな人じゃなかった、人が変わったような。

「あいつは俺を第二の自分にしようとしたんだ。」

お兄様の言葉が蘇る。お父様の家系の話を思い出す。

この人はお兄様のお母さまと離婚したのに、何も変わっていない。

「どうなんだ銀花。」

「私は...」

声が止まる。息が出来ない、今のお父さんの雰囲気はだ。

逆らえば何されるか分からない、肯定しか許されない。

「かえ・・・・かえま。」

扉が開いた。

「おいクソ、銀花とシスティさんも巻き込みやがって。何も変わってないな。」

きっとお話しに出てくるような王子様やヒーローはこういう人を指すのだろう。

「お兄様....」

「銀花、逃げて良い。泣いても良い、でもお前のその思いは曲げちゃダメだ。」

あの時は何も出来なかった。俺は母親に何も出来なかった。

だから、こんどこそ。

「俺も戦うよ。」


「銀花が行きたいと言っていた高校は、システィさんと一緒に見に行った高校だ。

そこは手芸部があって、手芸にハマっている銀花も入りたいと言っている部活だ。そんな高校は探しても無いと思うぜ。」

「凪!今は銀花と話しているんだ。私は銀花の意見を聞きたいのだ。」

そうやって自分のいう事を聞く方に話を持っていく。何も変わってない。

「なら何故上の高校にしないといけない。銀花は上流の仕事に就きたいとかそういうのじゃない。中学生の時点で将来の仕事を見定めている人の方が少ない。」

「上の高校に行けばそれだけ選択の幅が広がる。大学の選択肢が広がれば、やりたいことも増える。」

だが目の前に上の高校に入り、がある。

「入れたとして、その高校で授業に着いていけずに不登校にでもなったらどうする」

「銀花は学がある。今から勉強を欠かさずやれば絶対に置いて行かれない。」

「それは今やっている手芸を捨ててまでやらないといけないの事なのか。人の趣味を奪う事が。どれだけその人を苦しませると思う?お前はその経験があるのか。」

「そんな終わってからやればいいだろ。」

こいつ本当に次から次へと口が回る。

「置いて行かれない為に勉強する、その中で趣味に時間を割くのにどれだけ大変か分かるか?効率の良い勉強を見つければ良いとか言うんだろうが、簡単に見つかるはずがない。その最中にも置いて行かれる恐怖とストレスが常にその人にかかる。それはその人にしか分からないものだ。俺はそれが銀花にかかる可能性は消したい。」

戦っている。私の隣に立ち、私の思いをくみ取って守ってくれている。

お母さまの顔を見た。あの時のをしていた。

でもその手はずっと震えていた。

「お母さま。」

そうだよね。ここで何もしなければ、あの時と何も変わらない。

「行きたくない!」

声が出た。

「銀花、行きたくないとはどういうことだ。」

「お父様、私が今の第一志望以外行きたくないです。」

戦おう。

「きっとお父様の言う高校に行けば選択肢が増えるのかもしれません。でも私は三年間苦しんでその選択肢は欲しくありません。」

逃げたくない。肯定だけなんか嫌だ、『否定』が出来る人でありたい。

「お兄様が今の高校に通っていて、凄く辛い思いをしているのも知っています。それでもお兄様は通い続けているのは凄い事だとも分かっています。」

私はそんなに強くない。

「私はお兄様のように立ち続けられない。きっとお父様を憎んでしまう。」

「銀花、何を言って。」

「これは私が『』です。それだけは譲れない、譲っちゃいけない。」

「でもそれで大変な目に会うのは銀花なんだぞ。」

父親の目が震えている。銀花がここまでわがままとは思わなかったのだろう。

やっぱりこいつは銀花を自分の代わりにしたかったのだろう。

すみませんシスティさん、俺がもっと頑張っていれば貴方達を巻き込まずに済んだのに。

「凪!!お前も学んだはずだ。良い高校に行かなければ大変だという事を。」

「いや今も大変だよ。留年しないようにするだけで精一杯だ。身の丈に合わない高校に入ったからな。」

「凪....何を言って。」

「もうやめよう。俺も銀花もお前の代わりじゃない。何をしたってお前はあの家に立つ場所を生まれない。」

「違う!俺は銀花の将来の不安を思って言っているんだ。何故凪はそこまで銀花の将来の選択肢を狭めたいんだ。」

「狭めたいんじゃない。俺は銀花の今を守る為にここにいるんだ。」

「お前は銀花のなんなんだ。今までここに来なかった癖に偉そうに。」

そんなの決まっている。

「銀花が俺の妹で。」

そして。

「俺が銀花の兄だからだ!!!」

自分でも驚くほどに声に感情が露わになる。それだけ俺が銀花をなにより思っていたのだろう。

その言葉に唇を震わせたのち、父親は顔を下げ何も言わぬ物に成り下がる。

これでは今日は復活しないだろう。

「システィさん、銀花と一緒に部屋に戻ってください。後は俺がなんとかします。」

「わかりました。ありがとうございます凪様。」

「大丈夫です。褒めるのは銀花にしてやってください。トコトン甘やかしてください。」

扉が閉まり、二人きりになる。

「銀花も求めていた道具じゃなかった事にうんざりしたか。そういうもんだよ。」

何も言わない。それほどまでに傷心しているのだろう。

「お前の言葉はどれも中身が空っぽだ。だから母さんはあんたの側から消えたんだ。その意味をもう一度しっかり考えてみると良い。」

メモ用紙に電話番号を書き、父親の前に置く。

「それはだ。決心がついたら電話すれば良い。思いっきりボコボコされて人生改めるといい。」

リビングを出るときに思いだす、これだけは言わないといけない。

「あの家と縁を切った方が良い。母さんがこの家を出る前の最後の助言だ。」

部屋に戻った後、小さな声がリビングに響いた。

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