第5話

ソファに沈んで見つめる部屋の遇には君の姿が回想される。よく、何かあったんであろう日膝をかかえて座りこんでいた。ここが落ち着く、と卑屈に笑って。


その日も真っ黒な頭を膝に伏せてそこに居た。


声をかけてくれと言わんばかりの姿勢にはかえってこちらも気を使わなくて済む。

「どうしたんだ。」


「いやね、私、その、ブロンドってすっごく憧れがあって。」

肩に届かない程度でよく揺れる毛先をつまんでいじくりそう言った。そういえば先日まではまろやかな金髪だった。色が抜けるにしては早すぎる。格安のカラー剤だったのか、スプレーなのか。どちらもありえないと思うほどに美しかったけれど。


「いや、黒髪いいんじゃあないか。」


前々から彼女の頭髪の色の変化には何かしらの傾向があると踏んでいたが問い詰めるべきは今じゃないだろう、と考え、短く今を褒める無難な言葉を返した。


「うん、一番似合っているよ。」


さすがに不誠実かと思って二言目は彼女を見据えて伝えた。

本音で言葉を尽くしたつもりだったが、自他共に認める口下手の自分の弁舌に君は赤面することもなく、かすかにほほえんで、「ありがとうございます。」とだけ言った。



これは確か、数年単位で前のことだった気がする。俺は時間感覚が曖昧だから、3ヶ月以上前ならもうそれは「ずっと前のこと」と書いてあるフォルダに記憶が分類されてしまうのだ。

そしてこの出来事の後、彼女の髪から黒は抜けていって、今日の鳥男みたいな真っ白に変わっていくのだ。これは比較的最近のことだった。彼女が定期的に割と遅くまで出かけるようになってからと同じくらいの時期のことだったように思う。



ソファに沈み込んだまま、回想を続ける。ただぼうっとしていたかった。続けて初対面の日のことを大事に思い出す。まぶたの裏に金髪の君が現れた。



「私の見た目、多分すごく貴方好みだと思うんですけどどうですか。」


おかしなイントネーションでそう告げられた。第一印象は、変なスラングとかを吹き込まれてしまった異邦人。相も変わらず土砂降りだった。君は暗い落書きまみれのトンネルの中、逆ナンで、しかもえらくつまらなそうな顔をして、実際、黒いワンピースを着た彼女は綺麗で酷く困惑したのを覚えている。もちろん顔には出していないはずだ。


「そうだな、うん。今までで一番 マシなんじゃないか。」


“ 今まで”の有像無像の顔なんて本当は一つも思い出せないまま、そう返す。もちろん、冗談半分で。


「そうですよね。じゃあ、貴方のおごりでお茶でもどうですか。」


にやり、とも、くすり、ともせず淡々と告げられた。私、何も持っていなくて、すいません。とポケットを裏返しながら言っていた。


運命とまではいかないが、まあ、その程度の出会いの経験だったと思う。


その日から、順調に、何のひっかかりもなく、今日まで来た訳である。俺も彼女も以前より互いに献身的になった。



回想を閉じる。目を開ける。窓の外は相も変わらず快晴だった。全て鳥男のせいだろう。せめて土砂降りだったならどんなによかったか。


そんな調子で目を開けて、閉じて、をゆっくり繰り返していたところ漁る記憶も尽きてしまった。今まではカレンダーとやらを持ち込んだ彼女が太陽がのぼって落ちるたび、そのくらいの時間が経つたび、印をつけていたけれど今はそれもないから何日経ったのかもわからない。


閉じていることも出来ず目を開けっぱなしにしているとき何となくその部屋の隅を視界に入れ続けていた。

するとなにか、もごもごと暗いだけの角でなにかが蠢き始めたではないか。気が触れてしまったか、と額に皺を作る。虫にしては気配が大きい。そもそも俺は虫が大嫌いなので対策には万全を期している。よってソレが虫であることはありえないのだ。


中々晴れないから、遮光の必要がないためうちの窓には薄いレースのカーテンしかついていない。光を遮り、蠢く何かの輪郭を曖昧にしてやる事も出来ない。だからただ何を形作ろうとしているのかを見守った。



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