第4話
雷雨の中訪れた大男は俺にとって間違いなく怪物であった。そんなものと相対してやる義理はない。全開にしていたドアを引いて身体に寄せる。なんでこんなハブられた人のための町に普通な、いや、俺にとっては勝ち組な、鳥人とかいうやつが来るんだ。
「キーキーキー。」
猛禽類の鳴き声のような音を発してドアを閉じる俺を引き止めた。彼女が出ていった日の朝を思い出してイライラした。あえて威嚇するように「用件は。」と低く、ねめつけ、言う。
「キキー、ピーピピ。……あ、こほん。そうかきみはコッチだったね。ごめん、ごめん。僕はトゥルーバ。よろしく。」
なんて嫌味な男だろう。バイリンガルがそんなに偉いのか。あとよろしくも何もない。きっと彼女と何か関係があるに違いない。どう考えても敵なのだ。
「無用ならばお引き取りいただきたい。」
俺の威嚇などものともせず男は毅然とした態度でいる。何かを言おうとしてか男が口を開くたびこちらは肌が泡立つほどなのに。
「君のお嫁さん、ちょっと前から僕のところにいるよ。」
ため息を吹きかけるように言うものだから大変不快であった。先程まであった得体の知れない恐怖は憤りに蒸発してしまった。雨を全身に受けながらの爽やかな声色が特に癪に障る。
「そろそろ連れ帰ってしまおうかと思うんだけど構わないかい?」
今日はそれを聞きに来たんだと言う。ぴちゃん、ぴちゃん、と髪の毛から雫が落ちた。玄関マットが濡れるのが嫌だと思った。
ふてぶてしいその顔に一発入れてやりたいと思ったし、どこに連れ帰るんだ、とかそもそもお前誰だよ、とか色々言いたいことはあったけどぐっと堪えてあくまで紳士的であるように努めて問う。
「今、どこにいるんだ。」
「僕はここにいるけど。」
「違う。」
そうピシャリ、と言った時ちょうど後ろで雷が落ちる。
地鳴りのような余韻にもソイツは動じない。
冗談の通じないやつだな、とはっきり顔に書いてあるまま、唇を尖らせて彼は上空を指した。
「お前さ、ふざけるのも大概にしろよ。」
つい口からこぼれた本音に彼は未だ自分を見下ろしつつ応じる。
「いやあそうだな、君が機嫌を直してくれたなら、きっと見せてあげるよ。」
彼が嬉々として戯言をぶちまけている間、怒るのは建設的じゃないとただ自身に言い聞かせる。
「……。どうしたら帰ってくると思う。」
捻り出した、雨音にも負けそうな実質的な敗北宣言に彼はついに声をあげて笑った。
「知らないよ。知ってて、教えてやるのも癪だしね。」
飄々としてそう告げたあと、じゃあね、と言って背中のチャックを後ろ手で器用におろし、茶色い羽を広げた。ところどころ濃い色が混じっているまだら模様の羽は彼自身よりも大きい。足をぐん、と曲げたので一瞬だけ彼のつむじを見下した。油断して瞬きひとつ終えたあとには彼はもう曇天を文字通り切り裂き、まっすぐ晴れた空に乗り込んで行った。近辺が明るくなる様がどうにも嫌味に感じられる。まるで空模様に振り回されているのはお前だけだ、とでも言うようだ。
「……雨が上がった。最悪だ。」
まっすぐ上昇し、もう俺を見下すことすらしなかった。
その背中に彼女はついていったのだろうか。
振られた、逃られた、というような単語が脳内で持ち上がって揺れる。まさか、そんな、と震える唇が形だけをなぞった。室内に帰って覚束ぬ足取りでソファを目指すが途中で勢いあまって、ゴ、とどこかに、多分リビングへ通じるドアとかに、小指をぶつける。冷えきっていたから、もげるかと思うほど痛かった。いや正直、三日前から痛んでいた。
彼女が今住んでいるのかもしれない空は、あまりに明るい。晴れわたり、高い。南中の太陽は日当たりのいいこの部屋の陰を濃くするから、深海に落とされたような気がした。
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