第2話
バサバサバサ、という音と暴風で目が覚める。
目の前には僕と同じ、白髪の女の子が一生懸命羽をばたつかせて滞空していた。そこそこ高い木の上だけれどその様子でよくここまでこれたな、とある意味感激する。
「私の見た目、多分すごく貴方好みだと思うんですけど、どうですか。」
ぜえ、はあ、ぜえ、はあと何度も呼吸に遮られながら悲痛な表情の女の子はそう言った。そのセリフにああ、この子のことかと思った。
「あとすいませんちょっと私も座らせてください。」
顔は涙でかは汗でかはわからないがぐしょぬれで、大変切羽詰まっている様子だったので釣られて慌てて身体を起こす。寄りかかれるから幹の方に座れたほうがいいだろうと座っている枝の先へずれる。
「ありがとうございます。で、しつこくて申し訳ないんですけど私のこと、どう思いますか。」
彼女が座って、枝が少したわむ。少し驚きつつももう一度彼女はそう言った。
「うん、良いと思うよ!最高だ。」
そのように素直に返したあと思考する。それも、冒頭のセリフ……彼女の口説き文句には聞き覚えがあったためだ。
祖母から一度聞いたことがあった。もしその台詞を真実として操る人があなたの目の前に現れたら少し気にかけてやって欲しいと。その子の笑顔が好きなのだと祖母は言っていた。
祖母はずっと前に亡くなっているので全体的にその記憶は曖昧である。が、これについてはヘンテコな話だと思ったので印象には残っていた。
「もしよろしければしばらく泊めていただけませんか?」
最近退屈してるし、数々の人の笑顔を見てきた祖母のとびきりのお気に入りには興味があった。だから形式的にいくつか質問をして、了承した。名前は梓咲、今いい感じだった恋人とは気まずい仲らしい。
「あなたは、何で強いんですか?」
その後とりあえずどこかもうちょっとまともなところに座ろう、と入った知らない街の飲食店での一言目がそれだった。僕はあのままでも良かったんだけど、雛鳥よりも羽の扱いが拙いものだから見ていてひやひやしたから。まだコーラも来ていない。やけに喉が渇く。
「……それは、どういう意味だろう。」
飛行力の話をしているのか、今日どれだけたかれるかをはかっているのか、はたまたそのどれでもないのか。
「私の不思議、わかりますか。」
さっきから質問ばかりだ。答えていないのに次々に襲いかかってくる。そんなの知るわけがないじゃないか。それにそういう話題はこの時代地雷なんじゃないのか?
「うーん、キューティクルを美しく保てる、とかじゃない。」
「はは。」
ひとつも笑っていない。目を伏せて、どこを見ているのか分からない。喉がごきゅ、となった。
ああそうか、ここドリンクバーなんだ。でも今立てる状況じゃない、どうしたものか。膝の上の拳を開いて握り直す。
「周囲の、強いひとのおこぼれに預かるための特性です。」
語り始めたので、黙って聞く。安易に相槌をうつのははばかられた。
「傍にいる強いひとの1番「理想」のかたちになる。とかいう「不思議」です。」
僕の理想のかたちはそこまで言って口を噤んだ。どう返せというのだろう。
「それは、」
「くだらないですね。ほんとに。」
また目が合わなくなる。
「私、余所者なんですよ。うっかりこの世界にまろびでたあと面倒を見てくれたひとが私にかけたのがこの呪いなんです。」
面倒を見てくれたひと、というのは祖母だったのかと直感的に理解する。この子は祖母の被害者だったらしい。
「解きたいんですけど、もう亡くなっていて。他に何も遺してくれなかったんです。」
酷い話ですよねと笑う。彼女の茶色い眼球は光をいっさい拒絶していた。
「それで放っておいたらこのザマですよ。せっかく素敵な人にあえて、髪の毛が元の色に戻ったのに。」
「肩甲骨から羽も生えてきて、どんどん伸びてるんですよ。服を何枚かダメにしました。」
「この間なんて言葉も違って。さすがにお手上げだと思いましたね。通じ会えないというのは悲しいのもありますが何よりも不便です。」
息継ぎ、息継ぎ、続けていくつも吐き出した。そのあともつらつら、不便がどれだけの障害かを語っている。
ひとしきり語り終えたのか、満足したのか、彼女は黙ってふうううう、と長くため息をついた。
そうしてぐしゃりと顔を歪めてぽつり言った。
「こんな姿じゃ、あの人のところに帰れません。」
心の底から捻り出した暴露に僕はどう返したらいいかわからなかった。
お互いたぶんひどく喉が渇いていた。
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