第2話 剣を習う

 設定資料集を読み込んだ俺は、マルスに実は【チートスキル】が備わってることを知ってる。


 そのスキルを駆使していけば、俺は無限に強くなる事ができるのだ。


 ただこのスキルで強くなるためには、努力が必須となる。


「マルスぼっちゃまが……訓練?」


 フランソアラが困惑してる。

 そりゃそうだ。


 毎回朝訓練をサボっていたクソガキが、急に稽古をつけてくれなんて言い出したらな。


「頭でもぶつけたのですか……?」


 正解。


「あ、すみません! つい本音が……ああ、すみません!」


 フランソアラ。年齢は1つ上の16歳。若き天才女騎士である。

 実は彼女はこのゲーム、エタファンの主要キャラクターの一人だったりする。


 フランソアラは最初、この家で剣術指南をやっていた。

 だが、思ったことを口に出してしまう性格が災いして、指南役を首。


 さらに、名門ノアール家の人間を怒らせたせいで、騎士団も追放。

 途方に暮れる彼女に手を差し伸べるのが、誰であろう、このゲームの主人公様である。


 その後は主人公のもとで剣を教えながら、やがてパーティメンバーの一人となる、という割と重要なキャラクターの一人だ。


 話は戻って……


「すみません、マルスぼっちゃま! 先ほど無礼な口を聞いてしまい、申し訳ございません!」


「ああ、許す」

「クビは勘弁してください! って、ええええ!? ゆ、許してくださるのですか!?」


 目が飛び出そうなほどに、フランソアラが驚いてる。

 普段の俺を知ってる彼女からすれば、驚いて当然だろう。


「ああ。許す」

「で、でも……」


「許すと言ったら許す。今までのおまえの失言もすべて、無かったことにしてやる。だから、これからも俺に剣を教えてくれ」


 平民=劣っている、と思い込んでいる愚かな原作のマルスと違って、俺はこの娘が非常に優秀な騎士だと知っている。

 この娘から学べることは多い。


 クビにするなんてもってのほかだ。


「うう、ううう! うわわぁん! マルスぼっちゃまぁ!」


 フランソアラが大泣きしながら俺の腰にしがみついてきた。

 

「ありがとうございます! 正直、今日くらいにはクビになっちゃうかなって覚悟してたので……」

「ああ、そうなると、困るんだったな。たしか、お前には病気の妹がいて、高い薬代を捻出するためこの仕事を引き受けたんだったな」


「!? どうしてそれを!?」


 このゲームをやりこんでいるから……なんて言って信じてもらえるわけがない。


「強いて言えば、俺もフランソアラのファンだからな」

 

 フランソアラはビジュアルがいいし、明るい性格から、結構ファンが多い。

 

 かく言う俺もフランソアラのことは好きだ。

 できれば手元に置いておきたいキャラである。


「ふぁ、ファン!? つ、つまりそれってその、す、好きということで?」

「え? ああ、そうだな。フランソアラのことは好きだな」


 ゲームキャラとしてね。


「そ、そんな……好きだなんて。そんなこと生まれて初めて言われた……」

「なんだ? どうした?」


「い、いえ! なんでもありません、マルスぼっちゃま!」


 ふがふが、と鼻息を荒くしながら、フランソアラが訓練用の木剣を構える。


「では、朝練を開始しましょう!」

「ああ、よろしく頼むぞ」


「はい! ではまず基本の素振りから! よく見ててくださいね!」

「ああ、よーく見させてもらうよ」


 フランソアラが剣を青眼に構える。

 そして、剣を高速で振る。


 凄まじく早い剣だ。


【条件を達成しました】


 俺の頭の中に、システムボイス的なものが流れた。

 きた! やっぱり、設定通り!


【剣術スキル(上級)、獲得のため、努力しますか?】


 剣術スキル(上級)とは、フランソアラの持つスキルのことだ。

 これを持っていれば、一流剣士と同等の剣の腕が手に入る。


 もちろん、YESだ。


【剣術スキル(上級)獲得のための努力条件は、以下のとおりです】


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

1)スキル所有者から直接指導を受ける【達成】

2)1時間以内に素振り10000回【未達成】

3)スキル所有者から直接攻撃を受ける【未達成】

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 さて。

 そろそろ俺、マルス・ノアールの持つチートスキルについて説明しよう。


 彼の持つ唯一にして、最強のスキル、その名も【努力チート】。

 この世界の人間は、生まれてすぐに女神から特別な力を、スキルという形で授かる。


 スキルは、基本的に増えることはない。

(例外として、もらったスキルを鍛えれば、派生で技を覚えることもある。が、かなりレアケースである)


 一方で、努力チートスキルは、『努力すればどんなスキルでも獲得できる』というとんでもスキルだ。


 与えられたスキルを変えること、増やすことが基本できないこの世界で、マルスはただ一人スキルを増やすことのできる特別な存在なのである。


 ……だが。

 かなしいかな、原作のマルスは闇の魔法使いとなること以外に興味がなかった。


 闇の魔法スキルが己にないとわかってから、腐ってしまった。

 自分にはとんでもない力の原石があるっていうのに、磨こうとしなかったのだ。


 まさに、宝の持ち腐れである。

 だが、俺は違う。この原石を石っころのままにしない。


 努力チート。スキルが変えられない、スキル絶対至上主義とも言えるこの世界で、破格のスキルといえる。


 ただ、スキル獲得には先ほどのとおり、獲得条件がある。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

1)スキル所有者から直接指導を受ける【達成】

2)1時間以内に素振り10000回【未達成】

3)スキル所有者から直接攻撃を受ける【未達成】

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 第一条件はクリアした。

 残りは、素振りと攻撃を受けること。


 努力チートのやばいところは、どんなスキルが、どう努力すれば獲得できるのか、明確化できることだ。


「フランソアラ。俺を攻撃しろ」

「こ、攻撃……ですか?」


「ああ。手を抜いた一撃じゃ意味がない。それは攻撃じゃないからな。本気で、こい」


 フランソアラがまたも困惑してる。


「で、できません!」


 そらまあ、その言葉をまにうけて、本気で攻撃して、怪我でもさせたらクビ確実だろうからな。


「大丈夫だ。おまえをクビにはしない」

「クビとか関係なく! できません!」


 ……人として、無抵抗のやつを傷つけられないってことか?

 なるほど。確かに原作のフランソアラもそんなキャラだったな!


「遠慮なく来い。でないと、逆におまえをクビにするぞ」

「!? そ、それは、困ります!」


 そうだろう。

 クビになれば、妹の薬代を稼げなくなるからな。


「では、参ります。はぁあああ!」


 フランソアラの体から黄金の輝きが放たれる。

 あれは、剣術スキル(上級)の派生攻撃スキルの一つ、『烈破斬』。


 身体を特別な術で強化し、前方の敵に斬りかかる技である。

 

「ずえあぁああああああああ!」


 フランソアラが本気の攻撃を放ってきた。

 だが俺は逃げない。まだだ。


 俺は知ってる。この攻撃の軌道。そして、ダメージ量もな。

 まともに食らったら死ぬ。


 だが、いや、だからこそ、俺はまともに食らわないように、工夫する。

 あのスキルは腹部を狙った一撃だ。


 攻撃が腹部にくるとわかっているなら……!

 腹部を木剣でガードすればいい!


 ガキィイイインン!


「いっつぅうう!」

「!? 我が必殺の剣が、ガードされた!?」


 しっかりガードしても、この痛み。

 モロ食らってたら気絶じゃすまなかったなこりゃ……。


「す、すごいですマルスぼっちゃま! 我が剣を完全に見切るだなんて!」


 何も知らなかったら腹に一撃喰らってノックアウトだったろう。

 だが俺は、フランソアラが使う技も、技のモーションも、理解してるからこそ、攻撃を防げた。


【条件を達成しました。残り条件は一つです】


 よし……。

 俺は立ち上がり、素振りを開始する。


「その上真面目に素振りを開始するなんて! やはり、マルスぼっちゃまは改心なされたのだ!」


 まあ、改心っていうか、中身が変わっただけなんだけどな。

 そうやって素振り1万回やったあと……。


【剣術スキル(上級)を習得しました】


 よし!

 スキルゲット!


 スキルを見て、受けて、素振りする。最低限の努力で、超強力なスキルをゲットできる!


 確かに努力の必要があるけど、しかし努力チートは余計な努力をカットできるっていう副次効果がある!


 このスキルがあれば、どんなスキルだって身につけられる。

 努力だけで、世界最強になることだって夢じゃない!


 最低キャラに転生して、もうおしまいかと思われた未来が、少し明るくなったような気がしたのだった。

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