第5話 日高誠と本当の願い
俺は無意識の内に何かを願ったらしい。
そして暴走した魔法がそれを叶えようとしている。
願いが分からなければ結晶体が破壊出来ない。
出来なければ俺が魔法使いに殺される。
展開が無茶苦茶過ぎだろ。
冷静になれ。
まずは最初に魔法で引き寄せた物を考えろ。
サッカーボール
ペンケース
吉田のスニーカー
志本のテニスラケット
いや、マジで意味が分からん。どうしてこうなった。
絶望感で頭を抱え込んでいると、そんな俺の姿を横目に魔法使いは俺のベッドに座る。
そして欠伸をしてからムニャムニャと口を動かした。
「一回目の魔法で引き寄せた物は無視でいいよ。結晶体が生まれたのは二回目からだし」
「最初にそう言ってくれよ……」
二回目は吉田の消しゴム。
三回目は志本のリップクリーム……か。
いや、結局分からん。俺は何がしたいんだ?
「まだ? さっさと認めちゃいなよ。アンタは志本紗英が好きなんだよ」
魔法使いは俺を指差し、ニヤリと笑う。
コイツ、完全に決め付けに掛かっていやがる。
早く仕事を終わらせたい願望が見え見えだ。何かムカつくな!
考えろ。
無視でいいとは言われたが、一番気になるのはサッカーボールだ。
俺にはサッカー経験が無いし、サッカー部に入る気は無い。
関わりと言ったら、たまにテレビで代表戦の試合を観る程度だ。
だが、この中では唯一「俺が興味があるもの」とも言える。全くの無関係とは言えない。
きっと、このラインナップは俺の深層心理と繋がりがあるんだ。
だとしたら……何だって言うんだ?
それがどう結び付くんだよ。
思考が空回りして答えが全く思い浮かばない。
焦りと共に頭の中を金属音が支配してゆく。
「耳鳴り……?」
俺は咄嗟に耳を押さえた。
その様子を見て、水鞠コトリがフムフムと頷く。
「アンタ、不完全だけど魔力を感知出来るみたいだね」
確かに、前にこれが起きた時は魔法が絡んでいた気がする。
「いや待て。そんなものが何で今……?」
「来たよ」
水鞠コトリが立ち上がり、三角帽子を被り直す。
それを合図に俺の部屋が赤色に染め上がった。
「来た……って、まさか……」
「結晶体だよ」
「結晶体……。あのマネキンか! どうして……」
「さあね。きっとまた志本紗英の私物を引き寄せたんだよ。次はタオルかな? それとも下着かな?」
嘘だろ……。そんな事あるのか?
『キキ……キキキ』
金属音が響き、地響きと共に天井と壁が崩れ落ちた。
空間が赤く染められ、無限に広がってゆく。
俺の八畳の部屋は、瞬く間に広大なグラウンドになってしまった。
水鞠コトリは俺に背を向け、ゆっくりと空を見上げた。
「結晶体は一定範囲の空間を切り取り時間を強制的に進行させる。自身が有利になる環境へと改変させ、バリアで囲むんだ。私達はこれを『結界』と呼んでいる」
視線の先から赤い稲妻が空から降り注ぐ。
二十メートル程先に落下したその場所に、ユラリと人影が揺らめいた。
赤く染まったガラスの様な材質。
マネキン人形の様な姿。
シンプルなデザインの中に得体の知れない不気味さがある。
「なあ、今の内に一眠りしておいていいか?」
俺はそう言って部屋に残されていたベッドに視線を向けた。
中断ポイントを確保しておきたい状況だ。死んだら即ゲームオーバーは厳し過ぎるだろ。
「アイツを破壊してからね。そうすれば改変された未来は無くなって全て元の状態に戻る。それから好きなだけ寝ればいい」
「なるほどなるほど。つまり破壊出来なかった場合、俺の部屋の壁は無くなったままなんだな。そんなの最悪だろ……」
水鞠コトリが指をパキパキと鳴らし、鼻から息を吐いた。
「アンタが生み出したモノなんだ。自分で責任持ちなよ。アタシが時間を稼ぐからアンタは『願い』の内容を思い出して」
そう言い放ち、結晶体に向かって力強くジャンプした。
凄じい跳躍力だ。
一気に距離を縮めつつ、腕を振り下ろす。
『オラァ──────!』
叫び声と共に強烈なパンチが結晶体の顔面をに炸裂した。
ガラス瓶が地面に落下して割れた時の様な「パーン」という派手な炸裂音。それと同時に、頭部が派手に飛散した。
衝撃で結晶体の身体が遙か後方へと豪快に吹っ飛んでゆく。
地面に激突すると、床を削りながら転がって行った。
『キキ……キキキキ……』
結晶体は金属音を鳴らしながら、フワリと立ち上がる。
破壊された頭部が逆再生される様に元の姿に戻って行く。
あれは部屋のガラス戸で何度も見た光景だ。
『キキキキキキキキ』
まるで警報音だ。今迄とは様子が明らかに変わった。
「アタシ達を『敵』だと認識し、第二段階へと移行し始めた。アンタは早く『願い』を思い出し、核を出現させて。それを破壊しなければ永遠に再生し続けるよ」
「永遠に……? 本当に壊せないのかよ」
「そうだよ。何度やっても同じ結果になる」
そう言ってから水鞠コトリが結晶体に向かって走り出した。
飛び上がりクルリと反転。
その勢いのまま結晶体の胴体へ回し蹴りを叩き込む。
『オラァ──────ッ!』
細身の少女から鞭の様に繰り出された強烈な一撃だ。
結晶体を突き破り簡単に上下真っ二つに分断して見せた。
だが破壊された箇所は次々と破片が結び付く。
一瞬の内に修復されてしまった。
このままじゃダメだ。早く考えないと……。
情けない話だ。
自分が願った事を自覚出来ないなんて、馬鹿としか言いようが無い。
……待てよ。
自覚出来ていない……?
俺は自分を理解していないって事だ。
それは何でだ? 何でそうなった?
……そうだ。これは簡単な話なんだ。
俺は最初から気付いていた。
それを気付かないフリをしていた。
本当の自分から距離を拡げていた。
だから願いが分らないんだ。
全部嘘だ。
本当はサッカーが好きでサッカー部に憧れていた。
興味が無いなんてのは嘘だった。
吉田玲二が絡んで来た事を面倒だと思っていたのは嘘だった。
一人で過ごす昼休みの時間は地獄だったし、不安だった。
本当は側に吉田が居てくれて嬉しかった。
「水鞠コトリ! 俺はお前に本当の事を伝えて無かった!」
俺の言葉に呼応する様に結晶体の動きが一瞬だけ停止する。
胸の内部に赤く光る球体が出現した。
それを見た水鞠コトリが指差す。
「あれが核だよ! 自分の願いが分かったんだね!」
「核……。あれが……」
「もう大丈夫! これで破壊出来る様になったよ!」
水鞠コトリが攻撃体勢に入る。
だが結晶体は俺に向かって爆速で距離を詰めて来た。
ターゲットを変えやがった……!
それに対して水鞠コトリは素早いステップで移動。
俺の目の前に移動し立ち塞がる。
結晶体の攻撃を迎え撃つ構えだ。
結晶体が両腕を伸ばし、掴みかかる。
魔法使いはそれを簡単に躱すと、スルリと懐へ潜り込んだ。
そして核へ向かって渾身の一撃を放つ。
『オラァ────────!』
水晶体の胸部に魔法パンチが炸裂した。
拳が核を突き破り、激しい稲光が一帯を覆う。
強烈な衝撃波によって床がメキメキと音を立て剥がされて行く。
風圧で水鞠コトリの魔法着がめくり上がる。
ついでに中のスカートもめくり上がる。
魔法使いのパンツは水色だった。
強力なエネルギー同士の激突が続く。
結晶体の身体が膨れ上がり、結晶のボディが引き伸ばされてゆく。
体積が三倍近くになった所でストップした。
ちょっと待て。この雰囲気は……。
「爆発する……!?」
「大丈夫。壊れるだけだよ」
そう答えた直後、乾いた音を鳴らしながら粉々に砕けてゆく。
破片は光り輝き、紙雑貨の様に宙を舞う。
その直後に実感した。
自分が生み出した魔法のエラーが、完全に消去された事を。
赤く染められた空に無数の亀裂が走り、空間が崩れ落ちて行く。
瓦礫と化した結界の壁は光の粒になって弾け飛んだ。
そして逆再生の様に時間が遡り、元の俺の部屋へと戻されて行く。
結界は完全に消滅した。
現在 深夜二時二十五分。
ベッドと本棚と机しか無い殺風景な八畳の部屋。
その中央に立つ水鞠コトリ。
そいつは拳を上げたポーズのまま勝利の余韻に浸っている。
「何だよそれ……。最後までパンチしかして無いじゃないか。魔法サギだろ」
俺がそう言うと、水鞠コトリはフフンと誇らしげに目を閉じた。
「強い魔法使い程、強力な魔法を使わない。その方が未来改変が起きないからね」
「雑なファンタジーだな」
「雑って言うな!」
怒った猫の瞳を向けて来た。
「それよりも、アンタの『願い』は何だったの? まだアタシには意味不明なままなんだよ」
「ああ、そうか。そうだったな」
俺はその視線をしっかりと受け止め、水鞠コトリの正面に立った。
「吉田の消しゴムと志本のリップクリーム。その二つを引き寄せたのには、他に理由があったんだよ」
「だからそれは何?」
それが「誰の物」かは関係無かった。
それが「どんな物」かも意味は無かった。
たった一つの目的の為だけに、それらは引き寄せられていた。
水鞠コトリが面倒臭いと思っていたのは嘘だ。
ガラス戸から飛び込んで来た魔法使いの美少女に、俺は心を奪われていた。
そいつは「引き寄せた物を持ち主に返せ」と謎のミッションを開始させた。
面倒臭いと思っていたのは嘘だ。
本当は滅茶苦茶ワクワクしていたんだよ。
「俺はもう一度逢いたかったんだ。水鞠コトリに」
「は?」
それだけ言って固まってしまった。
しばらく経って、顔が真っ赤に染め上がる。
どうやら俺の言葉の意味を理解したらしい。
「ちょっと待って! ア……アンタもしかしてアタシを!? アタシを呼び出す為だけにコレだけの事をしたって言うの!?」
「そうみたいなんだ。無意識なんだけど」
「当たり前でしょ! アホなの!?」
その方法は間違いでは無かったらしい。
だからこうして水鞠コトリは現れた。
少年が魔法で引き寄せたのは、魔法使いの少女でした。
……ってオチだ。
「ほ、本当に迷惑な奴! 信じられない! これはルールの隙を突いた未来改変だよ。こんなの……反則だよ!」
そう言った後、水鞠コトリが小声で何かを呟く。
右手の掌が光輝き、その上にガラスの様な物体が浮かび上がった。
複雑な紋様が刻まれていて、どこか結晶体に雰囲気が似ている。
「ちょ、何だそれ?」
「立体魔法陣だよ。この世界では魔法を組み上げる工程で魔力が結晶化するんだ。魔法が完成すると粉々になる」
水鞠コトリはそう答え、掌の上で浮遊する物体を俺に向けた。
「ちょっと待て、何の魔法を使うつもりだよ」
「アンタからアタシと魔法に関する記憶を全て消す。無意識下での『物体移動』の能力は封印対象だからね」
今までのファンタジーな体験の記憶が全て失われるって事か!?
「待ってくれ水鞠コトリ。俺はお前を忘れたく無いんだよ」
すると魔法使いはキョトンとして、
「そんな事、初めて言われたよ」
呆れた表情でクスリと笑った。
二人の間に光の幕が迫り上がる。
立体魔法陣に亀裂が走り、ガラスの様に砕け散った。
破片は光の粒に変化し、俺の視界を埋め尽くしてゆく。
「これが魔法使いのルールなんだ。初めからそのつもりだった。だからこれでサヨナラだよ」
マジかよ……待ってくれ!
意識が……遠退いてゆく。
「アンタ、本当に変な奴だね。バイバイ」
*
ふと、目が覚めた。
ベッドから起き上がり確認する。
朝の五時、俺の部屋。
今日も天気が良さそうだ。
ルーティンが一気に雑になったが、不思議と目覚めは良い。
ガラス戸から薄暗い空が覗く。
それを見ながら、昨日起きた事を思い出そうと試みる。
……いや、そんなのは無理に決まっている。
俺は完全に記憶を消されてしまっているからだ。
そう、猫の様な瞳を持った魔法使い、水鞠コトリの手によって。
「めっちゃ覚えてるじゃねぇか……」
記憶が消えるとは何だったのか。
もしかして魔法が失敗した?
だとしたら間抜けな奴だ。
「……ん?」
片隅に映り込んだ物体に視線が止まった。
思わず二度見した後、枕元に手を伸ばして手に取る。
「嘘だろ……!? 何で……!?」
何で志本紗英のリップクリームがあるんだよ……。
アイツはアホなのか?
記憶を消すのなら、これを志本に返させてからにしろよ!
こうなったら仕方が無い。
今から三組の教室に侵入し、志本の机の中に放り込む。
念の為に志本の机の位置を調べておいていて良かった……。
俺は制服に着替えた後、爆速で家を飛び出した。
まだ魔法使いとの繋がりは残されている。
だからきっとまた水鞠コトリと会えるはずだ。
もう反則だなんて言わせない。
今度は俺の方から見付け出してやる。
そしてもう一度伝えるんだ。
この気持ちに、嘘は無い。
引力と猫の魔法使い 【リメイク版】 sawateru @sawaterukaku
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