第4話 日高誠と未来改変

 魔法で未来を変える事は禁止されている。

 魔法使いはそう言っていた。

 いや、これは完全に変わってるだろ。

 「物を引き寄せた」なんてレベルじゃ無い。

 魔法で人の未来が変化しているんだぞ? ヤバ過ぎる!

 この状況だ。奴は必ず俺の前に現れるはずだ。


 そう考えていたものの、魔法使いは一向に姿を見せない。

 

 放課後、夜、深夜。

 ただただ時間だけが経過してゆく。

 結局、そのまま翌日を迎える事になってしまった。


 ……絶対におかしいだろ。

 この土地の魔法現象を管理しているんじゃ無かったのか?

 魔法使いのルールがマジでよく分からん!

 大丈夫なのか? この世界は。



 全く大丈夫じゃ無かった。

 吉田の行動が昨日に引き続きおかしい。

 朝から何かと俺に絡んで来る。

 まるで以前から友人であったかの様な振る舞いだ。


 昼休みの今。

 俺の席、俺の目の前で。

 吉田玲二は平然と弁当を食べている。


 何でこうなった……。

 面倒臭そうに視線を向けると、吉田は箸を止めて首を傾げた。

「何だ日高。俺の玉子焼きと交換したいのか? その旨そうなキンピラとならいいぞ」


 本気か? 冗談なのか?

 どっちか分からないが、とりあえず交換してみた。

 すると満面の笑顔で応えて来る。

 こっちの気持ちも知らんで、能天気な奴だ。

「その様子だと、志本にはまだ伝えていないのか?」

「……何をだ?」


 何をだって、お前。

「志本から訊かれていたんだろ? 俺の事を」

 呆れた物言いをすると、何かを思い出したかの様に、

「ああ、それな。まだ日高の事がよく分からんから保留にしてある」

 そう言って箸を動かし始めた。


 保留って……。

 この謎イベントはいつになったら終わるんだ? いい加減にしろ!

「もう志本には適当に言っておいてくれ。昨日も言ったはずだよな。俺は一人の時間が好きなんだよ」


「まあ、そう言うなよ。俺もちょうど学食にも飽きていてな。安くて美味いんだが、結局カレーになっちまう。玉子焼きが無いからメシも進まないしな」

 そう言ってガツガツと腹に米を送り始めた。


 吉田の弁当も母親の手作りらしい。

 覗いてみると、玉子焼きがオカズの六割を占めている。

 どうやったら玉子焼きでそれだけの白米が消費出来るんだよ。ご飯の盟友カレー様に謝れ!


 溜息を吐く俺と対照的に、吉田は満足そうな笑みを浮かべた。

 そして俺の弁当と自分のとを交互に見比べたあと、


「決めた! 俺も毎日弁当にするわ」

「おい。まさかここで一緒に食うつもりか?」

「食堂で弁当を食う訳にいかんだろ。人として」

「嘘だろ……」

 マジかよ。どんどん面倒な事になって来たぞ。

 何で吉田と弁友にならなきゃならんのだ。


 一人の時間が無くなる、なんて単純な話じゃ無くなった。

 だってそうだろ。

 吉田玲二の行動が不自然過ぎる。

 これでも魔法使い基準では未来を変えた事にならないのか?


 分からない事は山の如しだ。

 吉田はずっとこのままなのか?

 ミッションは完了しているのか?

 ちゃんと説明してくれよ。

 俺はいつになったら心が休まるんだよチクショー!


「日高。お前……」

 吉田が細い目を丸くさせた。


「何だよ急に」

「いやお前、変だぞ……どうしたんだ?」

「変……?」

 いきなり何言ってんだコイツは。

「変なのは吉田の方だろ。熱でもあるのか?」

「日高……!」


「…………!?」

 強烈な耳鳴りだ。

 続けて皮膚を刺す激しい痛みが襲う。

 何だこれは。

 ヤバい。意識が飛びそうだ。

 周囲の光と音が遠ざかる。

 身体が放り出され、暗闇に落ちてゆく。



 *



 気が付くと、周りの風景が一変していた。

「吉田……?」

 向かいの席に座っていたはずの吉田が居ない。

 異変はそれだけじゃ無い。

 教室内に居た生徒全員の姿が一瞬の内に消えている。


「吉田! どこだ!?」

 席を立ち、教室を見渡す。

 室内は倍以上に拡張されていて、机の数も増殖している。

 窓から見える空は赤い色。

 フィルターを掛けられた様に、教室内も赤く染まっていた。


 どう考えても異常だ。

「魔法だ……。俺は魔法に掛けられているのか?」

 その直後、金属が擦り合わさる時の様な、不快な音が響く。


『キキキ……キキキ……』

 

 教室の廊下側の壁が、溶けた飴細工の様にグニャリと歪む。

 捻じ曲げられた空間の中から、人型の「何か」が現れた。


 マネキン人形の様な姿で頭は細長く、凹凸が無い。関節は球体で繋がれていて、ガラスの様な素材で景色が透けている。

「何だよ……これ……」

 確実に言えるのは、それが「人間では無い」と言う事だけだ。


 悪魔か? 魔法で作られた兵器か何かか?

 まさか……未来を改変した俺を殺しに来た?


 足が震えて動かない。

 そんな俺に向かい、マネキンがジリジリと距離を縮めて来る。

 歩幅の割には異常に早い移動速度だ。


 俺の目の前に立つマネキン。

 そいつは右腕を伸ばしたまま、ゆっくりと前に突き出した。

 すると、意思とは無関係に俺の右腕が動いて行く。


「ちょっと待て。何だこれ……!?」

 鏡に写された様に、俺の身体は化け物と同じポーズにされてしまった。

『キ……キ……キ……』

 

 奇妙なマネキンは五本の指を器用に使って俺の掌に何かを乗せた。

 何だ? 何が起きているんだ!?


『キキキキキキキキキキキ……』

 やめろ……! その音をやめてくれ……!



 *

 


「日高?」

 吉田の声で我に帰った。

「吉田……」


 いつもの一組の教室、いつもの席。

 目の前には弁当を食べる吉田の姿がある。

 昼下がりの暖かい日差しが、人の疎な教室内を照らしていた。


 どうやら元の世界に戻って来れたらしい。

 でも何で……?

 今のは何だったんだ?


 そのヒントは残されている。

 握りしめた俺の右手の中には、アレから渡された物が入ったままだ。


 何が入っているんだ? 

 深呼吸をした後、ゆっくりと右手を開く。

「…………!?」

 そこにあった物を見て唖然とした。


「消しゴム……!?」

 何の変哲もない普通の消しゴムだ。

 すると、それを見た吉田が声を上げる。

「おお。それ俺んだよ。何で日高が持っているんだ?」

「吉田の!?」


「朝から探してたんだよ。ホレ、このケースのめくれ具合は間違い無い」

 手に取って見せて来る吉田。


 確かにこれは吉田の物だ。

 自然と名前が頭に浮かんで来ていた。

 ……この状況から導き出される答えは一つ。


 俺が「魔法」を使って引き寄せたんだ。

 しかも今回に至っては時間にズレまである。

 ……何て事をしたんだよ俺は。

 無意識に魔法を使ったとしたら、また暴走したって事じゃねぇか。


 すぐに持ち主に返せたのはいい。

 問題はあの化け物だ。

 絶対にヤバい展開になるだろ……。



 * * *



「起きろ」


 深夜二時、俺の部屋。

 ガラス戸は破壊され、ベッドの横に水鞠コトリが立っている。


 紺色の魔法着に三角帽子。

 いかにも魔法使いといったスタイルだ。

 そして猫の様な目を光らせて睨んでいる。


「いや、ずっと起きてたよ」

 俺はベッドから立ち上がり、魔法使いと対峙した。

 あの不気味な金属音が耳に残っていて寝れなかった。

 それにお前を待っていたんだよ水鞠コトリ。

 やっぱり来ると思っていた。


 水鞠コトリは俺を指差しながら悪態をつく。

「最悪だわ。アンタみたいのが結晶体けっしょうたいを生み出すなんてね」


「結晶体? ……って何だ? あの人形の事か?」

「そうだよ。暴走した魔力が結晶化したものだ。願いや恨み、欲望を叶えて未来改変を起こす。アタシ達魔法使いの敵だよ。すぐに破壊しなくちゃいけない」


 やはりアレは良く無いモノだったらしい。

 そんな気はしていた。でも何でそんなモノが?

「俺は何も願っていないし、誰も恨んでいない。何かの間違いだ」


 すると水鞠コトリは深い溜息をついた後、ベッドに手を伸ばした。

 そこにあった何かを掴んだ後、俺の目の前に突き出す。

「これでもそんな事言えるの?」


 手にしているのは手にスッポリと収まる程の、小さな筒状の物体だ。

「口紅……?」

 魔法使いから受け取り、確認する。

 これは……リップクリームだ。一体誰の……!?


「な…………!?」

 頭に浮かんだ名前を認識した後。

 リップクリームを持つ手が震え出す。

「志本紗英……」

 

 水鞠コトリは俺を指差し、怒りを抑える様に声を歪ませる。

「アンタは気付いていなかった様だね。たった今、結晶体がこの部屋に来て置いて行ったんだ。異変を察知してアタシが来た時には消えていたけどね」


 そんな事起きてたまるか。あり得ない!

「俺は……志本のリップクリームなんて欲しいと思っていない!」

「それは嘘だよ。アンタは志本紗英の事が好きなんだ。だから彼女の物を欲しいと願ったんでしょ」


「俺が……志本の事を……!? いやいや、無いって!

 志本とは接点が無いし、興味も無い!」

「そう言って誤魔化しても無駄だよ。今までも志本紗英を狙って多くの人間が結晶体を生み出している。アンタもその一人なんだよ」


 あれだけの美人だ。

 他人から嫉妬や欲望の対象になるのは避けられない話だよな。

 ……なんて納得している場合じゃ無い。早く誤解を解かないと!


 俺は何でそんな物を引き寄せたんだ?

 別の物じゃダメだったのか? 別の物……?


 ……そうだ。思い出したぞ。

「今日の昼に赤いマネキンが消しゴムを持って来たんだ。持ち主は男。それはどう説明するんだよ」

「嘘!?」


 魔法使いは驚きを隠せない様子だ。

 これは想定外だったらしい。

 俺は勝ち誇った様に余裕の表情を作る。

「そもそも俺が何を願った、なんて考えるのは意味が無いだろ」

「あるよ。それを自覚出来ないと結晶体の『核』が現れない」

「核?」

「結晶体を消滅させるには、核を壊す必要がある」

「ちょっと待て。願いが分からないままだったらどうなる?」


「結晶体が第二段階へ進み、アンタの姿に変化する。今は特定の人間しか見えないけど、誰からも視認出来る様になる」


 あの人形が俺の姿に変わる……?

 誰からも見る事が出来る?


 ……て事はだ。

 俺の姿をした物体が志本のリップクリームやらを持ち出したりする訳だ。

 普通に逮捕案件じゃねーか!


 焦る俺に対し、水鞠コトリはピースサインを突き出した。

「しかも第二段階は無差別攻撃を行う事があるんだ。その状態から破壊出来ずに時間が経過した場合……」

「まだ続きがあるのかよ」


 水鞠コトリは三角帽子を深く被り、視線を隠した。

「第三段階に進化する。結晶体がアンタの身体を乗っ取るんだ。そうなったら最後……」


 まさか……。

「俺は……死ぬのか……」


 水鞠コトリが顔を上げ、三角帽子から片目だけを覗かせる。

「未来改変を防ぐ為に、アタシがアンタを全力で殴る。最悪、アンタは死ぬ」

「お前が殴るのかよ!」


 俺はようやく理解した。

 魔法で未来を変えた人間は死ぬ……のでは無い。

 魔法使いによって殺されるのだ。


 水鞠コトリが話していた事は、全部本当の事だったんだ。

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