第2話 日高誠と水鞠コトリ
心配は無用だった。
バラバラに砕かれたガラス戸の破片は、光に包まれて浮遊を始めた。
それらは結合し、逆再生される動画の様に元の姿へ修復されてゆく。
それを見ながら改めて思った。
ああ……アレは本物の魔法使いだったんだな……と。
いや、何を実感しているんだよ俺は。
まさか既に魔法で洗脳されているってオチじゃ無いだろうな。急に恐ろしくなって来たぞ。
俺は足元に転がるサッカーボールを手に取り、溜息を吐く。
……とりあえず言われた通りにしてみるか。
「いやいや。ちょっと待て」
どうやって持ち主を探せばいいんだ?
丁寧に名前が書いてある訳では無いだろう。
いきなりピンチだぞ。どうする?
「うお……!?」
鈍い輝きを放つサッカーボール。
次の瞬間、持ち主の情報が頭の中に浮かんで来た。
なるほど、都合の良い設定だな。
どうやらこれはウチの高校のサッカー部の物らしい。
続けて男物のスニーカーと女物のペンケースに触れてみる。
同様に、それぞれの持ち主の情報が頭に浮かんで来た。
「マジかよ……」
二人とも俺と同じ一年一組の生徒じゃないか。
どうやら魔法の影響範囲は限定的なものだったらしい。
だったら話は早い。
誰よりも早い時間に教室へ行って、机の辺りに置いておけばいい。
それでミッションコンプリートだ。
俺は六時過ぎまで待ち、行動を開始した。
デカいビニール製の巾着を用意して、サッカーボールらを詰め込む。
オリーブ色の制服に着替え、鞄を手に部屋を飛び出した。
洗面所で爆発している寝癖頭にスプレーをかけ、六四分けに整える。
鏡には細い眉にやる気の無さそうな半開きの目が写り込んでいた。
うん。いつも通りの俺だ。
* * *
家から
そこから十五分電車に揺られ、二駅先の東谷駅で下車。
そこから住宅地を十分程歩くと、水田地帯に景色が変わる。
その真ん中に、俺の通う東谷高校の校舎がある。
「……本当に開いてるぞ」
この時間に校門が開いている事は噂で知っていた。
東谷高校は部活動に力を入れている。
一部の運動部が早朝練習をしているのは有名な話だ。
まあ、帰宅部の俺には関係の無い話だが。
俺は忍び足で部室棟の入口まで移動し、人が居ない事を確認。
サッカーボールを置き、素早く立ち去る。
そのまま小走りで本棟に侵入した。
朝の澄んだ空気で満たされた廊下を進む。
誰にも出会う事も無く一年一組の教室に到着。
中には誰も居ない。
素早く巾着からペンケースを取り出し、持ち主の机の中へ入れた。
そして周りに誰か居ないか確認する。
……大した事をしていないのに無茶苦茶悪い事をしているみたいだな。
次に窓際の机に向かい、椅子の下にスニーカーを置いた。
「え……? 終わり?」
思わず声が出た。
いや、何か良からぬ予感がしていたから拍子抜けだ。
良かった……。
これであの訳の分からない魔法使いともサヨナラだ。
また平穏な日々が送れる。
俺はやり遂げたんだ。よっしゃあ!
* * *
「起きろ」
「痛っ!?」
衝撃で飛び起きた。
慌てて状況を確認する。
朝の五時。
俺の部屋。
ガラス戸は破壊され、ベッドの横には魔法使いが居る。
「何で!?」
「こっちのセリフだよ。何で自分の力でサッカーボールを戻さなかった?」
「サッカー部が通りそうな場所に置いたんだがダメだったか?」
「持ち主と関係無い人間に拾われた」
「え? じゃあ失敗した……?」
「最終的には元の場所に戻ったからギリギリセーフ。本当に危なかったよ。ギリだかんね!」
「セーフじゃねーか! じゃあ、何でまた俺の部屋に来たんだよ」
すると魔法使いは猫の様に目を光らせ、俺を指差した。
「アンタ、まだ他に何か隠しているね? おかげで未来改変が起き始めている」
「未来改変……!?」
驚きを隠せずに居ると、魔法使いは俺のベッドにドカリと腰掛けた。
「座って」
……何だよ、またこのパターンかよ。
また部屋の中央で正座をする羽目になってしまった。
そして不機嫌そうにしている魔法使いの言葉を待つ。
「魔法を使って未来を変える事は固く禁止されている。だからアタシ達は厳しく監視しているんだ。隠しても無駄だから、早く白状しなよ」
「隠してねーよ! 俺は言われた通りに全部持ち主に返して……」
いや、待てよ……?
俺の部屋に出て来た物はあれで全部だったっけ?
昨日の事を思い出せ。
何かが足りない……?
視線を下げ、指に顎を乗せて考え込む。
あれ? ベッドの下から謎の物体がハミ出してるぞ?
あれはまさか……。
それを取ろうと手を伸ばす。
「この変態野郎!」
「痛っ!?」
顔を蹴られた。そして罵られた。
「アタシのパンツ見ようとした!」
「し、してねーよ!」
「じゃあ足の匂いを嗅ごうと……」
「してないって! これを取ろうとしただけだ」
テニスラケットだ。
昨日の朝にはあったが、すっかり忘れていた。
バタバタしてベッドの下に入り込んでいたらしい。
「ちょっと貸して」
魔法使いがテニスラケットを手に取り、突然匂いを嗅ぎ始めた。
つられて俺も参加する。
早朝五時、暗い部屋の中。若い男女がテニスラケットの匂いを嗅いでいる。
何だよこの異次元空間は。
「ああ……一日経っちゃったから匂いが薄くなってるよ。本当にこれで間違い無いの?」
魔法使いはガッカリした様子でテニスラケットを渡して来た。
嗅いだだけで分かるのかよ。スゲェな。
「いや、これは俺の物じゃ無いし。昨日、サッカーボールとかと一緒に出て来たんだよ」
「本当に?」
「本当だって」
それを聞いた猫目の少女は口を尖らせ考え込んでしまった。
しばらくそのままでいた後、勢いよく立ち上がる。そして両手を腰に当て睨みを利かせて来た。
「だったら持ち主に返して。今すぐに、アンタの手で。バレない様に」
やっぱりそうなったか。ま、今回も何とかなるだろう。
「了解」
やる気の無い返事をする俺。
「じゃ、後はよろしく」
猫目の少女は魔法着を翻す。
そして激しく窓を突き破り、飛び出して行った。
弾け飛ぶ破片がキラキラと光を反射させ、部屋の床に散乱して行く。
「さて……持ち主を確認するか」
魔法使いの相手にも、すっかり慣れたものだ。
冷静にテニスラケットを手に取る俺。
……名前が浮かばない。やはり期限切れか。
ならばとラケットを隅々まで調べてみた。
するとカバーの内側に持ち主が書いたと思われる文字を発見。
……良かった。どれどれ。
他人に関心の無い俺でも知っている。
文武両道、才色兼備。三組の超有名人だ。
何で面識が無い相手の持ち物が選ばれたんだよ。
人選のルールは何だ? 訳が分からん。
さて、どうやって返す?
サッカーボールの件はギリセーフだと言っていた。
アレがギリなら、一日経過したテニスラケットは同じやり方じゃアウトだろ。
となると、朝早くに三組の教室に行って置いておくのが最適解だ。
しかし、ラケットが無くなってから丸一日が経っている。
持ち主に行き渡ったとして、本当にミッションクリアになるのか?
騙されてないか? 俺……。
返した後に死ぬとか無いだろうな。
「……面倒臭え」
何でこんな事になったんだよ……。早く平穏な日々に戻らせてくれ!
俺はテニスラケットを袋に入れ、部屋を飛び出した。
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