第1話 日高誠と魔法使い

 ベッドの上で目が覚めた。

 俺はゆっくりと上半身を持ち上げ、頭を掻きむしる。


 朝起きた時には、まず確認する事がある。

 自分が今、何処に居るのか。

 次に今日が何月何日で、何時何分なのか。

 最後に自分が誰なのか。

 これを頭が冴えて来るまで呪文の様に唱えるのだ。


 深い意味は無い。

 小学生の頃から続けているルーティンってヤツだ。

 


 ここは俺の部屋。

 八畳の空間にあるのはモニターと古いゲーム機。

 それと、ほとんど中身の入っていない机と本棚。


 五月十七日。深夜の二時三十六分。


 俺の名前は日高誠ひだかまこと

 十五歳の高校一年生。血液型はB型。


 

 …………おかしい。

 今日に限っては勝手が違う。

 手足が重くて、やたらと頭が痛い。今にも意識が飛びそうだ。

 眠い。眠過ぎる!


 いや、当たり前だろ。

 目覚ましのアラームが鳴るまで四時間以上ある。

 

「寝るか……」

 薄暗い灯りの中で、行方不明になっている枕を探す。

「…………あ?」

 何かが指に当たり、そいつがベッドの上から転がり落ちた。

 何だ? 今の感触……。

 その物体に視線を向け、目を擦りながらピントを合わせる。

 

 ボール……?

 サッカーボール……なのか。


「サッカーボール?」

 一瞬で眠気が吹っ飛んで行った。

 それがこの部屋に「あるはずの無い」物だったからだ。

 それだけじゃ無い。

 他にも見覚えの無い物がベッドの上に置かれいる。


 スニーカー

 ペンケース

 テニスラケット

 以上。


 怖っ!?

 こんな物、寝る前には無かったぞ。

 うん。絶対無かった!

 しかも全部使用済みじゃないか。汚い!

 いくら何でも酷過ぎるだろ。


 ここは一軒家の二階部分。

 外から誰かが侵入するには相当なガッツが必要だ。

 どうやったらこんな状況になるんだよ。


「落ち着け。いいから落ち着け」

 自分に言い聞かせる様に呟き、這う様にベッドの上を移動して腰を掛けた。


 勘弁してくれよ。夢なら早く覚めてくれ。

 そう願いながら二度目のルーティンを開始。

 目を瞑り、何度か深呼吸。

 それからゆっくりと目を開いた。

「…………!?」


 事態はより深刻になっていた。

 また新しいブツが目の前に現れている。

 今度は人間。

 髪の長い少女だ。


 年齢は俺と同じ位だろうか。

 短く揃った前髪。

 猫の様な不思議な瞳。

 それを不気味に光らせ、至近距離からジーッと俺の事を見ている。


 オッケー! はいはい分かった。これで確信した。

 これは夢だ!

 ……なので今すぐ寝よう。

 目覚めたら何も無なかった事になっているはずだ。

 俺は少女の視線から逃げる様にベッドに倒れ込んだ。

 そしてブランケットを頭から被り、身を縮こませる。


「起きろ」

「痛っ!?」

 あまりの衝撃に飛び起きた。

 今、思い切り蹴っただろ! 絶対にそうだ!

「誰だよ! 何処から入って来た?」


 すると少女は目をパチクリとさせながら、

「何処からって……。そこから入った。魔法を使って」

「魔法……!?」


 俺は少女の指差した方向に視線を動かす。

 そこに広がる光景に自分の目を疑った。

 部屋のガラス戸は派手に破壊された状態で、粉々になった無数の破片が床に散乱している。


「物理的に!?」

 どこに魔法を使ってんの!? 魔法詐欺だろ!

 あまりの衝撃映像にベッドから飛び上がり、ガラス戸に駆け寄る俺。


「見ていれば分かるよ」

 少女の言葉の後、部屋に散らばっていた破片が輝きながら浮き上がる。

 そして逆再生の様に結合されて行く。


 嘘だろ!? 何だこれ!?

 呆然とする間も無い。

 ガラス戸は完全に元の状態へ修復されてしまった。

「魔法だ! 今の絶対魔法だよな!」

「だからさっきからそう言っているでしょ」


 少女はクルリと一回転し、腕を交差した謎のポーズをキメた。

 そして猫の様な瞳をギラリと光らせる。

「アタシはこの地域の魔法現象を管理する水鞠みずまり家の当主。水鞠コトリ。魔法使いだよ」


 雑な登場だった割には、随分と丁寧な自己紹介だ。

 よく見ると、いかにも魔法使いが着ていそうな……。

 割烹着の様な? 紺色の服を着ている。

 ゲームとかで見る、魔法着ってやつかも知れない。


「座って」

 そう言って魔法使いが俺のベッドに腰を下ろした。

 行き場を失った俺は、訳の分からないまま床に正座をする。

 その結果、何だか家族に見られたら誤解されそうなシチュエーションになってしまった。


 意味が分からん展開の連続に、俺の頭の中はパニックを通り越して冷静な状態になっている。

 ……どうやったら笑顔でお帰り頂けるんだ?

 適当に話をして探りを入れてみるか。

「えっと、魔法少女だっけ?」

「魔法使いだよ!」

 速攻で否定された。しかも怒ってるし。


「サンタの間違いじゃないのか?」

 そう言って部屋に転がったサッカーボールを手に取る。

 すると魔法使いは小さな溜息を吐いて瞳を細めた。


「今は五月の半ばだからサンタは休暇中だよ。それに、そこに置いてあるのはアタシからのプレゼントじゃない。アンタの魔法が暴走して引き寄せた物だ」


「俺が!? ……魔法で?」

 何を言っているんだ?

 はは。何の冗談だよ。


「だから早く持ち主に返して」

「はい?」

「出来るだけ早く返して。バレない様に、自分自身の力で。でないと……」

 魔法使いは猫の様な瞳をギラリと光らせた。

「でないと?」

 身を乗り出す俺。


「アンタは死ぬ」

 死……!?

 ちょっと待て。話が飛躍し過ぎだろ。

 何でそうなるんだよ……。


「……かもしれない」

「お前今、絶対ワザと間を開けただろ!」

 どこまで本当なんだよ。訳が分かんねぇよ。


「アンタが引き起こした現象は小さな未来改変だ。でも暴発的な魔法使用は世界のバランスを崩壊させる。最悪、使用者は死ぬ場合がある」


 何を言っているんだ?

 未来改変?

 それが何で俺が死ぬ事に繋がるんだよ。

 少女はサッカーボールに指を向け、

「だから、早く返してきて」

「もし、それを俺が断ったら?」

「毎晩ガラス戸を割りに来る」

「地味に嫌だ!」

「それでも無理なら洗脳魔法を使う。後遺症が凄いけど」

 魔法使いはそう言って右拳を握り締め、ハーッと息を吹きかけた。


 待て! 笑顔でとんでもない事を言い出してるぞ。

 さすがは魔法使いだけに邪悪だな!

 しかも本当に魔法を使う気があるのかも怪しいモーションだ。


 ここは覚悟を決めるしか無さそうだ。

「分かった。やってみる。だから洗脳魔法だけは止めてくれ」

「えっ!? やるの!? 本当に!?」


 うっわ。めっちゃくちゃ意外そうなリアクションじゃねーか。

 ここでオッケーするには早過ぎたのか?

 急に不安になって来たぞ。


「あの……確認なんだが」

「何さ」

「バレない様に持ち主にコッソリ返す……。本当にそれだけでいいんだよな?」

 自信無さげな声を出していると、魔法使いが細い眉を反り返した。


「そうだよ。そんなに難しい事じゃ無いでしょ? じゃ、アタシは帰るから後はよろしく」

 満足げな表情に変わった魔法使いがベッドから立ち上がる。


「ちょっと待ってくれ。まだ分からん事が多すぎて……イテテ」

 足が痺れて立ち上がれない!

 何で自分から正座なんてしたんだろ。

 俺がモタモタしている間に、部屋のガラス戸の前まで移動する魔法使い。

 帰るつもりかよ。説明が雑過ぎるだろ。


「ちょ、話を……!」

 引き止めようとしたが間に合わなかった。

 魔法使いは勢い良く窓ガラスを突き破り、外へ飛び出して行く。


 爆音と共に飛び散る破片。吹き込む夜風。

 破壊されたままのガラス戸を眺め呆然と立ち尽くす俺。


 ──そのまま三分が経過した。


「嘘だろ……?」

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