7 想いは、揺れて


「ねえ、誓ってよ――」


 マチルダが顔を近づけてくる。


 もしかして、これって……キスしてほしい、ってことか!?


 前世ではこんなシチュエーションを経験したことがなくて、俺は完全にフリーズしていた。


 マチルダの顔がどんどん近づいてくる。


 ぷるんとした柔らかそうな唇が俺の唇に近づいてくる。


 このままでは触れてしまう。


 俺の、初めての――。


「レイヴン様!?」


 と、背後から甲高い悲鳴のような声でいきなり呼びかけられた。


「えっ!?」


 俺たちはその場で固まりつつ、声の主の方を振り返る。


「キサラ……?」


 そう、そこにはキサラが立っていた。


「ご、ごめんなさい、邪魔してしまって……」

「キサラ――」


 どうして彼女がここに現れたんだ?


「……何か用かしら、キサラ?」


 マチルダの表情が険しい。


 彼女とキサラは普段仲がいいから、こんな表情をするのは初めて見た。


「っ……! も、申し訳ありません、マチルダ様……」


 キサラは泣きそうな顔をしていた。


「あんたは大切な友だちだけど……でも、あたしにだって譲れないものはあるわ」


 マチルダの態度がいつになく厳しい。


「大切なものだってある。たとえキサラが相手でも――退かないから」

「私は……すみません、つい……気になって、ついてきてしまって……この家に仕える者として……あ、あるまじき行為でした……」


 キサラはしどろもどろだ。


 その目に涙がにじんでいく。


 たちまち決壊し、頬に涙が伝った。


「キサラ……!」

「そうですよね……お二人は婚約者なんだもの……だから、私なんて……」


 泣きながら去っていくキサラ。


 それを追おうとする俺。


「……あたしよりキサラを追いかけるんだ……?」


 マチルダが怒ったような顔で俺をにらんでいる。


「……ごめん」


 でも、泣いていたキサラを放っておけなかった。


 俺は、ひどい罪悪感を抱えながらも、キサラを追いかけていった。


 マチルダを置き去りにして……。




「ごめん、驚かせて」

「レイヴン様は何も悪くありません。私が……」


 キサラが寂しげな顔で首を何度も左右に振った。


「私が勝手にショックを受けて、逃げて……申し訳ありませんでした」

「キサラ……?」

「でも、嫌……だったん……です……」


 キサラは喉から振り絞るような声でうめいた。


「あなたが遠くに行ってしまうのが……お傍にいられなくなるのが……」

「キサラ……」

「いいえ、私は……嫉妬しているんです……誰よりもあなたの側にいられるマチルダ様に……」


 顔を上げたキサラは潤んだ瞳で俺を見つめている。


「レイヴン様を、渡したくないです――」




****

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