2 婚約者マチルダ
「へえ、あのレイヴンが性根を入れ替えるなんてね」
その日、俺の元に来客があった。
背中まで伸びた長い金色の髪と、青い宝玉を思わせる綺麗な瞳。
俺と同い年の美しい少女だった。
きらびやかなドレス姿の彼女の名前は、マチルダ・テオドール。
王国内で、俺の家――ドラクセル伯爵家と勢力を二分するテオドール伯爵家の令嬢だ。
そして、俺の婚約者でもある。
ただし、マチルダはレイヴンを嫌っており、ゲーム内では主人公側に付くという役回りだった。
実際、マチルダは眉間を寄せて俺をにらんでいる。
もともと俺との婚約に納得がいっていないらしいので、それも無理はない。
「……ちょっと見直した」
ん?
マチルダとは何度か顔を合わせたことがある程度の仲だけど、今までと雰囲気が違うぞ。
「あたし、自分の才能にあぐらをかいて努力しない人間って大嫌いなの。だからあんたのことも嫌いだった。だけど――あんた、変わったんだね」
マチルダはそう言って微笑を浮かべた。
「どう、キサラ。レイヴンはここ一か月くらい魔法の練習に励んでいるって聞いたけど」
「はい、マチルダ様。レイヴン様は毎日魔法の練習をしておられます。私が知る限りでは、この一か月と少し……一日も休まずに」
「へえ」
マチルダがスッと目を細めた。
「あたしにはまだ信じられないのよね。あのレイヴンがどうして? 一体あんたに何があったの?」
「……別に。俺は、今のままじゃダメだと思っただけだ」
マチルダに答える俺。
うん、嘘は言っていない。
俺は『実は転生者でした』なんてことは誰にも明かしていない。
そんなことを言っても信じてもらえないだろう、と思ったのと、もしそれが『言ってはいけないこと』だったらどうしよう、という不安があったからだ。
なぜ俺がゲームそっくりの世界に転生したのか。
そこに何者かの――たとえば神のような存在の意志が働いているのか。
何も分からない。
分からない以上、うかつなことを他人に漏らすべきじゃない。
そこにどんな
「とにかく、俺は今よりも強くなりたい。せっかく魔法の才能を授かったんだ。なら、それを磨いてみたいと思っただけさ」
俺はマチルダに適当な答えを返しておいた。
「それに……来年には魔法学園に入学するしな。やっぱり入るからには一番になってみたいよ」
そう、現在の俺は14歳で、来年になれば魔法学園に入学する。
ちなみにマチルダも俺と同じく魔法学園に入るはずだ。
ゲーム内ではレイヴンとマチルダはクラスメイトだったからな。
で、同じ年に主人公も学園に入ってくる。
主人公――俺を殺す存在との出会いまで、あと一年。
その間に俺は腕を磨けるだけ磨くんだ――!
「へえ、あんたってそういうタイプなんだ」
マチルダが俺を見つめた。
「あたしだって学園の一番を目指してるからね。キサラもそうじゃない?」
「わ、私は別に……」
彼女の問いにキサラは両手を振った。
「……ちょっと待て、キサラも魔法学園に入るのか?」
俺は驚いてキサラを見つめた。
「君に魔法の才能なんてあったのか……?」
「え、ええ」
うなずくキサラ。
初耳だった。
ゲーム内でそんな情報は出てこなかったぞ……?
もしかして裏設定なんだろうか。
あるいは――。
この世界は『エルシド』そっくりに見えて、実際には細部が異なるという可能性もある。
「嘘、知らなかったの? あんたって本当、他人に興味ないのねぇ」
マチルダが呆れたような顔をした。
「私、人と接するのが苦手で……大勢の生徒と一緒に魔法を学ぶのは尻込みしていたのですが……」
キサラが俺を見つめた。
「最近のレイヴン様の頑張りを見て、考えを変えました。これほど才能のある方がこれだけ頑張ってるんだから、私も挑戦してみたい、って」
「ふふ、キサラも将来は魔術師を目指してるんだよね?」
「い、いえ、それはその……単なる夢というか」
「いいじゃない。学園に入ったら一緒に頑張りましょうよ」
「ありがとうございます、マチルダ様」
「マチルダでいいわよ」
一礼したキサラにマチルダが明るく笑う。
「そ、そんな滅相もない――」
「いずれ学友になるのよ?」
「恐れ多いので……」
キサラは固辞した。
「堅苦しいなぁ。でも、ま、そこがキサラのいいところかもね」
俺はそんな二人のやりとりを見ながら、一つのことを考えていた。
キサラが魔法学園に入る――。
もしそうなった場合、俺の記憶にある『エルシド』のシナリオとは違ってくる。
俺の行動によって、キサラの行動や未来が変わった、ってことだろうか。
だとしたら――それは大きな希望になる。
俺の行動次第で未来が――シナリオが変わるんだ。
なら、俺が死ぬ未来だって変わるかもしれない。
いや、絶対に変えてみせる。
と、
「ところで、この近辺に最近魔族が出るって聞いたわよ。レイヴンも気を付けてね。もちろんキサラも」
マチルダがふいに話題を変えた。
「魔族?」
「バームゲイルっていう名前の高位魔族よ」
たずねた俺にマチルダが答える。
「いちおう人間界と魔界の停戦協定があるし、少なくとも中位以上の魔族が人間を襲うことはないでしょうけど、いちおう注意してね」
――どくん。
心臓の鼓動が早まった。
バームゲイルという魔族のことは、よく知っている。
ゲーム内で重要な役割を果たすキャラクターだ。
主人公は、このバームゲイルとの戦いを通じて、覚醒するのである。
「……待てよ。もしかしたら」
俺がバームゲイルを倒してしまえば――。
主人公の覚醒イベントがなくなる。
俺が殺される可能性も減るんじゃないか。
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