ep.37 助けて

前回のあらすじ


Aは博田駅から繁華街天刃に向かい、賑やかな街並みを彷徨いながらラーメン店に入る。ブラック企業を救うために中村の行動に従うべきか悩みながらも、今は目の前のラーメンに集中しようと考える。ラーメンを食べる中で、アルバイト募集の張り紙が目に留まり、自分の仕事の価値に疑問を感じる。翌日、会社に戻ると高山が警察に傷害容疑で逮捕され、Aは困惑する。その後、中村の不気味な笑顔がAの脳裏に焼き付き、彼の真意を疑い始める。

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中村の手際は完璧だった。もはや芸術の域に達しているといっても過言ではない。その日の朝、中村はAたちを一堂に集めた。彼の目的は明確だ。今の会社を見限り、新たなステージへと進むための準備を進めることだった。脱出計画、それは中村が率先して進める「チームビルディング」という名の壮大な作戦だった。




経理の桃山もその場にいた。Aはふと彼女に声をかけた。「桃山さんも大変だね。」




「まあ、さすがに新卒で入った会社がつぶれるのはきついので……」桃山はさらりと答える。彼女の冷静さには、Aも驚かされた。まるで自分の感情を押し殺すかのように、ドライな態度を見せる彼女をAは複雑な思いでみつめた。




一方で、中村の行動には驚くべきものがあった。なんと顧客名簿をうまく盗み出していたのだ。それを新しく作る予定の合同会社で運用すれば、Aたち全員の給料も上がるという。




前言撤回。芸術的ではなくて犯罪的だ。だが、その犯罪的行為にすら中村の計画はしっかりと基づいていた。




「しかし、どこからどうやってパスワードを聞き出したんだ?」Aは不思議に思った。自分ですら知らない情報を、中村はどうやって手に入れたのだろうか。




「この情報があれば、会社はうまく回るだろう。なあに、占い師の顧客は会社にはつきません。占い師自体につきますからね」と中村は不敵な笑みを浮かべながら言った。




その言葉には確信があった。占いビジネスにおいて、顧客は会社のブランドよりも占い師個人のスキルやカリスマ性に依存していることを知っていたのだ。だが、ここで一つの問題が残っていた。肝心の占い師はどこにいるのだろうか。




新崎がそのことを指摘した。「占い師がいなくない?今までは、タロットや占星術などをこなしてくれるみたいな……占い部屋にこもって仕事している占い師が一人いたはずだよね~。」




「大丈夫です。彼女はうまく引き入れます。それさえできれば、もう問題はない」と中村は自信満々に言い放つ。




ふと、中村が突然場を離れたかと思うと、ずんずんと進んでいく。目的地はバニラの部屋だった。Aたちもその後に続く。




バニラの部屋は相変わらず質素で、唯一の装飾品は、部屋の隅に飾られた一枚のバニラの写真だけだった。中村は何も言わず、黙々と部屋の中を調べ、そして佐竹を手伝わせて書庫の位置をずらした。




すると、なんとその裏には隠し扉が現れたのだ。その場にいた全員が驚愕した。扉を開けると、そこには4畳ほどの狭いスペースが広がっていた。小さな折りたたみ式のテーブルと椅子が置かれ、壁には占い道具がびっしりとかけられている。さながら占い師の秘密基地だった。そしてその中央には、ベールをかぶった美少女が静かに座っていた。




嘘だろ。いつの時代のギミックだよ。Aは何か言おうと口をぱくぱくさせたが、言葉にならなかった。




「道玄坂ショコラです」と、彼女はお辞儀をした。




「ショコラさんは我が社の占い師にして、本物のエスパー。そして、バニラ元社長のお嬢さんです」と、桃山が淡々と紹介する。ショコラは顔色を変えずに聞いている。




これが中村の描いていた全ての計画の最後のピースだったのだ。ショコラという新しい占い師を加え、新しい会社が始動する準備は整っていた。




その後、中村は笑顔でこう言った。「これで全てが揃いました。」




中村からこの会社への王手だった。このままでは本当に会社が沈む。これでいいのか。わざわざバニラの娘が見ている前で、バニラの会社が崩壊するのを見ているだけでいいのか。




動揺するA。そのとき、強い視線を感じた。ショコラがこちらをまっすぐに見ている。




その瞬間、ショコラの眼光が光り、Aを包んだ。頭の中に、もやもやとした何かのイメージが形作られているのを感じた。それはエメラルドに輝き、雫のように落ちて空中に波紋を作った。そして、静かにはっきりと響いた。




助けて。

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