ep.36 違うんだ!
前回のあらすじ
中村が高山の暴言を録音し、Aに協力を促す中、Aは中村の行動に不安を感じる。彼は会社を良くするための改革を望むが、中村のやり方は会社を壊すように思われ、Aはその意図に疑問を抱く。商談後、高山がAに暴力を振るうが、中村はその場を録画し、証拠を確保する。これにより高山の立場は危うくなるが、Aは中村の計画が成功した場合、会社自体の存続に不安を覚える。Aは中村の進行に逆らえず、心の迷いを抱えたまま日々を過ごす。
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もったいないと思いながらも、休みの日に仕事のことを考えすぎてしまうことがある。
博田駅から10分。繁華街、天刃てんじんの街は賑わっていた。
飛び交う韓国語と、そのニーズに応えて急増するドラッグストア。白Tシャツからのぞく刺青。100万台の西鉄バス。ドンキホーテにたむろする若者たち。道を譲らない歩行者と彼らに向けられたクラクション。警固神社とブルーボトルコーヒー。ひとつ路地に入って長浜ラーメン。
雑踏の中に埋もれながらAは彷徨い、ラーメン店に入った。食券を買う前から麺の硬さを聞かれるので、Aはベタナマで、と答えた。ベタは油多め。ナマはすごく硬めの意味だ。
赤塗りのテーブルに腰掛けながらAは考える。あのブラック企業を救う。そのために中村の動きに応じていいものなのか。悶々とするが、あえて考えないことにした。今は眼の前に集中しよう。
光の速さで出てくるラーメンを受取り、ブリキのやかんからタレを注いで濃いめにしてからかき込んだ。脂ぎったスープによる一瞬のディレイの後、しみるような醤油味が舌から脳を伝う。遅れて豚骨が香ってくる。続いてネギを口に含むと爽やかな緑の味。これこれ。
ふと視線を上げると、店の壁に貼られたアルバイト募集の張り紙が目に入った。時給1050円、まかない付き。驚いた。たった一杯500円のラーメン店のアルバイトが、Aの現在の仕事よりも時給が高いのか。あの会社を救おうとか考えている自分が、果たしてこれでいいのだろうかと、少しだけバカらしく感じてきた。
会社に戻れば、中村が待っている。彼の行動はどうにも異常に見える。彼がしていることは本当に会社のためなのか。それとも、彼の目的はただ会社を壊すことなのだろうか。ラーメンをすすりながら、そんな疑問がAの頭をよぎった。
翌日、会社に出勤すると、社内は一変していた。何やら慌ただしい雰囲気が漂っている。高山がオロオロしながら近づいてきた。
「あー、A、その……余計なことは言うなよ!」
何が起こっているのか分からないまま、高山は言葉を残し、すぐに去っていった。続いて聞こえてきたのは、高山の叫び声だった。何事かとAが振り返ると、警察官が二人、会社に駆け込んできた。
警察はAに話しかけてきた。「Aさんですね?高山さんによる傷害の件でお話を伺いたいのですが。」
Aは呆然としながらも頷いた。佐竹や新崎も警察に呼ばれ、目撃者として話を聞かれている。警察は証拠を集めながら、Aに動画を見せた。そこには、高山がAの首を締めている様子が映っていた。Aはその映像を見て、自分が置かれている状況がどれだけ深刻かを実感した。
「あれはあなたですね?」警察官の問いにAは再び頷いた。
その瞬間、全てが動き出したように感じた。証拠と証言をもとに、高山は容疑者として特定された。Aの耳には遠くから、高山の「違うんだ!」という声が聞こえたような気がした。
そして、ふと視線を感じ、そちらを見ると、中村がいつの間にか通り過ぎていた。彼は満面の笑みを浮かべていた。いや、いつもの以上に不気味なほどの笑顔だった。彼は一体、何を企んでいるのか。Aの胸には不安が募る。
警察の取り調べを受ける中でも、中村の姿が脳裏に焼き付いて離れない。彼は何を考え、何を狙っているのだろうか。彼の目的は本当に会社を良くすることなのか、それとも……。
高山はオフィスから消えた。彼がいないオフィスは無音にさえ思えた。
Aは一人静かに考えた。高山がいなくなれば、確かに会社は少し良くなるかもしれない。しかし、その代償に何を失うのだろうか。
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