ep.30 イケオジじゃーん
前回のあらすじ
Aは、62歳の中村を採用すべきか悩んでいた。中村は誠実で経験豊富な人物だったが、Aは彼が占い会社に適しているかどうか確信が持てなかった。そんな中、55歳の専業主婦が応募するも、ビジネス経験がないため、Aは中村を採用する決断を下した。入社後、中村は無給の見習い期間を快諾し、Aはその姿勢に感心したが、日本の労働文化に疑問を感じる。さらに、Aは中村に対する無関心だったマネージャーの高山が突然関心を示し、中村に威圧的な態度を取ろうとしたが、中村は冷静に対処し、高山を驚かせた。その冷静な対応が高山の威圧を一蹴し、Aは中村の存在が職場環境を改善する可能性があると感じた。中村の冷静さと確かな技術が、高山を黙らせ、職場に安定感をもたらすのではないかと期待する。
-----------------------------------------------------------------------------------------------
中村が入社してから数週間が経過した。Aはその間、彼の仕事ぶりを慎重に観察していた。初めの頃、中村はデジタルツールの扱いに苦手意識を抱いていることが明らかだった。会議用のスケジュール表を更新する際や、顧客管理ソフトを操作するたびに、しばしば戸惑った様子を見せることもあった。
しかし、彼の学びに対する姿勢は一貫して真剣だった。何度も同じ質問をすることなく、ひとつひとつ丁寧に作業を進め、時間はかかるものの確実に業務をこなしていた。何度も同じような質問をするのはクソのやることだが、そんなヘマをすることはなかった。
特に印象的だったのは、中村が周囲との協力を大切にしている姿勢だった。彼は決して年長者として若いスタッフに説教することはなかった。むしろ彼らの意見に真摯に耳を傾けていた。何か悩んでいる様子を見かけると、そっと声をかけ、助言を与えるという控えめなアプローチをとっていた。特に、新崎とのやりとりが目に留まった。
ある日、新崎は事務所の隅で中村に近づき、笑みを浮かべながらこう言った。「中村さん、イケオジじゃーん。さりげない仕草に大人を感じるよねー。」
中村は少し照れたように、「そんなんじゃないですよ」と静かに微笑んだ。新崎の軽口に乗らず、謙虚に返す中村の姿に、Aもどこか安心感を覚えた。彼の落ち着きや優しさは、職場の雰囲気を和らげていた。
佐竹のように引っ込み思案で、他人とのコミュニケーションが得意でない社員にも、中村は穏やかに接していた。佐竹が何か質問した際も、焦らずにじっくり話を聞き、必要なアドバイスを静かに与えていた。中村が周囲に与える影響は、表には出にくいが確実なものだった。
さらに、中村の存在は、Aが以前から頭を悩ませていた高山にも変化を与え始めていた。高山は、社内で威圧的な態度を取ることで知られており、特に新人社員に対して厳しい指導を行うことで、恐れられていた。
しかし、例の中村とのやり取り以来、彼の態度に微妙な変化が現れた。これまでのように強引な指示やパワハラまがいの発言は少なくなり、中村に対してはどこか遠慮がちになっている様子だった。正直、Aはその様子を見て、内心で「良い気味だ」と思った。青春18きっぷを使いながら駅で寝泊まりする自分で終わりにしよう。
Aの胸の中には、会社が少しずつ良い方向に向かっているという確かな手応えがあった。
その日、Aは昼食を取るためにオフィスを出た。外に出ると、空気は冷たく澄んでいて、冬の訪れを感じさせた。冷たい風が頬をかすめるたびに、Aの心は清々しさで満たされていった。
昼食を済ませた後、Aは久しぶりにバニラの部屋へ足を運んだ。部屋には、彼女の写真が飾られており、いつも彼女のことを思い出させる場所だった。Aは写真の前に立ち、手を合わせると、心の中でつぶやいた。「会社、良い雰囲気ですよ。」
祈り終えると、バニラの写真をちらっと見た。
「……。」
妙な違和感があった。一瞬、バニラの顔が曇ったような、そんな気がしたのだ。なんだ、この感じは。
引っかかりを感じつつも、Aは部屋を出て業務に戻った。しかし、その1日中違和感は消えることがなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます