ep.28 よく考えさせていただきます

前回のあらすじ


Aは複数の求人サイトで募集をかけたが、2週間経っても応募は一切なく、代わりに求人会社からの営業電話ばかりだった。新崎は不満を漏らすが、Aは冷静に対処。応募が集まらない原因は無給の契約内容だと考え、改善を試みるために高山と交渉する。高山は反発し、契約を変更することを拒む。そんな中、ようやく応募が来るが、62歳の男性だった。高山は採用を推し進めるが、新崎は反対し、Aは悩むものの面接を決断する。

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Aは、面接室の扉を開けて中に入った。そこに座っていたのは、62歳の男性だった。彼の名は中村。少し緊張した様子で椅子に腰掛けていたが、堂々とした態度はその年齢にふさわしい落ち着きを感じさせた。




「お名前と、これまでのご経歴を教えていただけますか?」Aはノートを手に、丁寧に尋ねた。




「中村です。年齢は62歳。以前は地元の工場で管理職をしていました。定年退職を迎えましたが、再就職を考えておりまして……。」




中村は短く説明した。髪は薄くなりつつも、きちんと短髪をキープしている。白髪が混じりながらも、しっかりと整えられた頭髪。眼鏡をかけているが、その裏の目は柔らかな温かさを持っていた。身に着けているシンプルなポロシャツとスラックスが、彼の実直な性格を象徴しているように見える。




「長い間、工場でお勤めだったんですね。どのようなお仕事をされていたんですか?」




「はい。最初は作業員として入社しましたが、30年以上勤める中で、管理職にまで昇進しました。工場内の現場監督として、スタッフの管理や生産ラインの調整など、いわゆる全体の管理業務を担当していました。」




その声には、経験に裏打ちされた自信が感じられた。Aは、中村の経歴の長さに敬意を抱きながらも、少し違和感を覚えた。なぜ、占いビジネスを営む自分たちの会社に応募してきたのだろうか?




「ですが、もう体力的な仕事は難しいのです。趣味の武道で体を鍛えてはいますが、どうも1日中ずっと動き続けるのはきついと感じまして、頭を使う仕事であれば対応できると考えています。ただ、正直に申し上げると、デジタルツールやパソコンの操作はあまり得意ではありません。しかし、学ぶ意欲はあります。」




中村は自分の弱点を隠さず、率直に答えた。その謙虚さと誠実さが、Aの心に少しずつ信頼を築き始めていた。彼の静かな語り口や控えめな態度は、周りの人々を安心させる力があると感じた。




「なるほど。では、これまでのキャリアを活かして、新しい業務に取り組む意欲があるということですね。」




Aは頷きながらメモを取り続けた。中村の言葉は真摯で、長年の経験から来る自信と冷静さが滲み出ていた。しかし、それだけではなく、どこかまだ見えない部分があるようにも思えた。Aはさらに質問を続けた。




「性格についてお聞かせいただけますか? 例えば、これまでの仕事でどのような働き方をしてきたか、どういうふうにチームをまとめてこられたかなど。」




「そうですね、長所は几帳面で、時間や約束を守ることを大切にするところです。また、責任感が強く、リーダーシップも発揮してきました。」




うちの会社のカオスさをうまく中和してくれそうな長所だ。




「とはいえ、若いスタッフにも敬意を払うよう心掛けてきましたし、自己主張は控えめにしようと努力しています。欠点としては……新しい技術や環境には少し不安を感じることもあります。ただ、その点についても努力する姿勢は忘れないつもりです。」




中村の返答はしっかりしていて、誠実さと慎重さがうかがえた。Aはその真面目さを評価しながらも、占いビジネスという性質の違う業界で彼が本当にうまくやっていけるのか、疑念が湧いてきた。




「中村さん、なぜ弊社に……つまり、占い業界に興味を持たれたのでしょうか?普通はこういった職種に興味を持たれることは少ないかと思うのですが……。」




その質問に、中村は少し息をついてから答えた。




「正直に言いますと、私はこの年齢になると、仕事の選択肢が少なくなっているんです。警備員や介護といった仕事は多いですが、体力的に続けられる自信がありません。デスクワークでできる仕事を探していたところ、こちらの会社を見つけました。確かに、占いの業界は未経験ですが、新しい挑戦をしてみたいと思ったのです。」




Aは、中村の言葉に少し心が揺れた。会社の業務内容と彼のこれまでのキャリアの間には大きなギャップがある。中村がそのギャップを埋められるのか、Aにはまだ判断がつかなかった。




「なるほど……。ただ、率直に申し上げますと、我々の業界は少し特殊でして、占いというコンテンツを扱う企業です。中村さんのご経験は素晴らしいですが、果たしてこの業務が合うかどうか……。」




Aは困惑を隠しきれなかった。果たして本当にこの人物が会社にフィットするのかどうか、迷いが消えない。




「よく考えさせていただきます。ありがとうございました。」




中村は深々と頭を下げ、部屋を後にした。Aはしばらく考え込みながら、中村の温かみのある笑顔を思い出したが、心の中に浮かぶ答えはまだ見つかっていなかった。

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