ep.27 62歳

前回のあらすじ


Aが高山に採用を相談すると、予算0円での採用を提案される。タウンワークやバイトルに広告を出しても効果がないという高山の考えにAも納得するが、条件が悪すぎてハローワークでも人が集まる見込みは薄い。困り果てたAは書店で求人特化型検索エンジンや採用ホームページ作成の方法を知り、これらを試すことを決める。佐竹にホームページ作成を任せ、新崎には写真を頼むことで、少しずつ採用活動を進めていく。

----------------------------------------------------------------------------------------------2週間が経過し、Aは椅子に深く腰掛けながら、求人募集の結果を確認していた。




画面に映る数字はゼロ。ハローワークネット、インディード、エンゲージ、エアワーク、自社ホームページ――どの求人媒体でも、応募は一件もなかった。期待していた反応はなく、あったのは数回の求人会社からの営業電話だけだった。




「応募なし、か……」




Aはため息をつきながら、虚しく響く通知を無視した。求人会社からの電話は同じパターンだった。営業マンたちは最初は親切に対応してくれたが、Aが「予算は0円ですが大丈夫ですか?」と尋ねると、苦笑しながら電話を切っていった。




「私がモデルをやったんだよ?どういうこと?」




新崎は、この状況に腹を立てていた。彼女は採用ページに載せるためにモデルまで務めたというのに、応募がないことに憤慨している。




彼女は怒りを隠そうともせずに、Aに詰め寄る。だが、Aは冷静だった。採用活動は釣りと似ていると彼は思っていた。釣り糸を垂らしてもすぐに魚がかかるとは限らない。重要なのは、かかったときにどう対応するかだ。




「そんなものさ。気にしないほうがいいよ」と、Aは肩をすくめて言った。




しかし、状況がこれ以上悪化する前に、何か手を打たなければならないのは事実だった。Aは次に、無給の契約条件が大きな問題であると気づいた。求人に応募が来ないのは当然だ。誰が「無給」の仕事に興味を持つというのだろう?このままでは、どんなに広告を打っても無駄に終わるだろう。




「無給を変えなければ、誰も来ない……」




Aは、頭を抱えながら独り言をつぶやいた。この問題を解決するためには、高山との交渉が必要だった。これまで高山とのやり取りは、Aにとって常に厄介だった。高山は一度言い出したことを覆すのを嫌う人物で、何か提案するといつも険悪なムードになる。




それでも、今回は避けて通れない。Aは意を決して、高山に「無給の契約は変えましょう」と話を切り出した。




案の定、高山は激怒した。




「無給をやめろだと?そんなの無理だ!」




高山の声がオフィスに響く。Aは冷静を装いながら、どうにかして高山を説得しようと試みた。




「人が集まらないんです。やはり無給では厳しいかと……」




「それはお前たちのキャッチコピーや文章のせいじゃないのか?本当に考え抜いたのか?」




高山は勢いよく問い詰めた。まるで、Aがまったく努力をしていないかのような言い方だ。だが、ここで引いてはいけない。Aは毅然として答えた。




「考え抜きました。4時間ほどかけて、全ての文面を練り直しました」




「2時間だと?足りねぇよ!お前はたった2時間で何万とかかる人件費を無駄にするつもりか?」




高山は、さらに声を荒げてきた。4時間がいつの間にか2時間にすり替わってしまうのは、高山の話にありがちなことだった。Aはこのやりとりに疲れを感じながらも、なんとか話を収める必要があった。




「冷静に考えてください。時間の多少ではなく、質が重要です」




「俺が冷静じゃないっていうのか?」高山は怒りのままに返した。




Aは、これ以上の言い合いが無意味だと悟りかけていた。だが、そのとき、スマホが1件の通知を知らせた。佐竹が慌てた様子でオフィスに駆け込んできた。




「Aさん、応募が来ました!」




Aは驚いて画面を確認した。ついに、初めての応募者だ。期待が高まる。しかし、その応募者の年齢を見て、Aの期待は一気にしぼんだ。




「62歳……」




Aは頭を抱えた。今の時代、年齢による差別はご法度だ。とはいえ、62歳の男性を採用することに現実的な問題がないとは言い切れない。




「どうしますか?」




佐竹が心配そうに尋ねた。Aは、どうするべきか迷った。この年齢で未経験者となると、即戦力としては難しいだろう。しかし、高山はそんなことを気にも留めない。




「やっぱり契約内容じゃないってことだな。これで証明されたな。入れとけ」と、高山はニヤリと笑い、さらにAに研修のタスクまで押し付けてきた。




Aは、まさに板挟みの状態だった。無給の契約条件を変えることができなければ、応募が来ない。しかし、高山はそのことを理解しようとせず、強引に話を進めようとする。そして、今目の前にあるのは62歳の応募者――どうすればいいのか。




「イケメンがいい」と、新崎は不満げに口を挟んだ。彼女は若いイケメンが入社することを望んでいたのだ。




一方、佐竹は難しい顔をして、深く考え込んでいた。彼は理論的に物事を進めるタイプだが、今回のような状況ではどう対処すべきか悩んでいるようだった。




Aは、深呼吸をしてから決断するしかないと覚悟を決めた。この会社の未来は、彼の手にかかっている。高山に振り回されるのではなく、自分の意思で進めていくべきだ。問題を先送りにするのではなく、一つひとつクリアにしていく。




「仕方ない、まずは話を聞いてみよう」と、Aは決意を固めた。




62歳の応募者と面接をすることにしたのだ。


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