ep.12 だからあなたにはタイムリープの力を上げるわ

前回のあらすじ


蒸し暑い夏の夜、Aは無人駅で寝そべり、不快な風と蚊の音に悩まされながら孤独感と焦燥感に苛まれた。翌朝、疲れ果てたAはコンビニで買った湿ったパンを食べ、兵庫県へ向かうが、そこで高山の歪んだ意図に思いを馳せる。彼の旅は苦痛と嘲笑に満ちており、最初の顧客マダムとの会話もつまらない雑談に終始。無感情な対応を続けるAに対し、高山から怒りの電話がかかり、Aは無力感に押し潰される。

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駅で泊まる。散歩に来ていた地元の人に驚かれる。犬に吠えられる。巡回するパトカーにお世話になりそうになったりもする。Aはそんな、何てことのない素晴らしい日々を送っていた。




BやCは何をしているんだろう。ふと、そんなことを考え出す。今頃は5000万の売上でウハウハなのだろうか。楽しくやっているだろうか。俺がいなくても大丈夫だろうか。いや、俺がいなくて大丈夫だったから抜け出したんだ。




愛知県の駅で電車の接続を待ちながら、おつまみのチーたらを噛んで昔を思い出していると、熱をもった水蒸気のようにむわっとした眠気が襲ってきた。Aは睡眠針で刺された自称名探偵のように、アホみたいに即座に眠った。




暗転。




そこには、道玄坂バニラの姿があった。




「ババア、この前はよくも根性焼きなんざしてくれたな」




Aは思わずいきり立って叫んだ。




「私はね」




相変わらずおっとりとしたペースでバニラは喋る。




「そろそろあなたに入社記念品でも上げようかと思っていたのよ。だから」




「はあ。記念品ねえ。ボールペンなら足りてますよ」




「ボールペンは良いものだけど、あまりにも俗物的だと思うの。だからあなたにはタイムリープの力を上げるわ」




「タイムリープ……」




理解できないままAはつぶやく。Aは深呼吸をし、目を見開いて、バニラの言葉を反芻した。「タイムリープ」その言葉が、脳内に響くたびに現実感が薄れていくような感覚にとらわれた。バニラの微笑みは、不気味なまでに穏やかだった。




「そう、タイムリープ。過去に戻って、やり直す力よ」




と、バニラは丁寧に説明を続けた。その声は、まるで催眠術をかけるように静かで、心に染み渡るようだった。




「なぜ俺にそんな力を?」Aは戸惑いながら問いかけた。過去に戻るという言葉には、どこかしら魅力的な響きがあった。だが、それ以上に不可解で、何か危険な匂いもする。




バニラは少し微笑みを浮かべ、Aを見つめた。




「あなたには、まだ果たしていない役割があるのよ」




Aは頭の中で思い返した。BやC、そして彼が関わってきた全ての出来事を。だが、何を思い出そうとしても、その先が見えない。まるで、頭の中に霧がかかったような感覚だった。




「俺が果たしていない役割……? それは何だ?」Aは、自分の心の中に生まれた不安と好奇心が入り混じった感情に苛まれながら、バニラに問いかけた。




バニラは静かに立ち上がり、Aに歩み寄った。「それを知るためには、まずは過去に戻ってみることね。あなたの心にある未練を探して、そこからやり直すの。それが私たちのゲームのルール。」




Aは一瞬、息を呑んだ。バニラの言葉には抗いがたい力があった。しかし、どこかで気づいていた。この奇妙な女性が提案するものには、必ず代償が伴うことを。




「過去に戻って、何をやり直せって言うんだ?」Aは冷ややかな声で問い返した。




バニラは微笑んだまま、ゆっくりと手を伸ばし、Aの肩に手を置いた。「それはあなた自身が決めることよ。どの瞬間に戻り、何を変えたいか。それを決めるのはあなた自身。」




Aは視線を落とし、深い思索に沈んだ。確かに、やり直したいことはたくさんあった。会社を辞める前、BやCとの関係、そして自分自身の人生。それでも、どこかで踏みとどまっている自分がいた。




「俺が過去に戻ってやり直すことで、何が変わるんだ? そんな力を手に入れたところで、結局、俺は同じ失敗を繰り返すだけじゃないのか?」Aは自嘲気味に言った。




バニラは軽く首を振った。




「それはどうかしら。あなたが何を学び、どう選択するか次第よ。もし失敗を繰り返したとしても、それはその時のあなたの選択。けれど、少なくとも今のあなたは、もう一度チャンスを得る。」




Aはその言葉に、かすかな希望の光を見いだした。しかし、それがどんな結末をもたらすのか、Aには全く予想がつかなかった。




根性焼きされた手の傷跡が光りだす。熱のこもった光と闇に包まれながらAは目を開けた。


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