ep.11 無力

前回のあらすじ


高山から次の仕事として、熱狂的な信者であるマダムたちへの挨拶まわりが指示されたAは、青春18きっぷを手渡され、在来線だけで全国を巡ることに。5日間の制限付きで博田に戻るという過酷な旅が始まる。高山の無慈悲な指示に従い、Aは山口県から広島県を経て岡山県へと進むが、宿泊費も出ないため、無人駅での野宿を余儀なくされる。心身ともに疲弊する中、Aは高山の理不尽な要求にただ従うしかなかった。

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蒸し暑い夏の夜、Aは無人駅のベンチで寝そべっていた。駅に吹き込む生暖かい風が、べたつく汗を乾かすどころか、さらに不快感を増幅させる。蚊の羽音が耳元で途切れなく続き、薄暗い明かりの下、何度も眠りを妨げられる。夜の静寂は、虫たちの鳴き声と遠くから響く電車の音に破られ、その度にAの心はさらに荒んでいった。無人駅の静けさの中、孤独感と焦燥感が押し寄せ、Aはただじっと朝を待つしかなかった。




翌朝、Aは疲れ果てた体を引きずりながら駅前のコンビニで買った、汗で湿ったパンを無理やり口に押し込み、次の目的地である兵庫県へ向かった。昨日よりもマシな一日になることを祈りつつも、心の底では絶望的な予感が渦巻いていた。しかし、その予感は無残にも的中する。




兵庫県に到着したAは、高山の本当の意図を勘ぐり始める。単なる挨拶回りの旅ではなく、この旅全体が高山の歪んだ娯楽の一部だということに。無人駅での不快な宿泊、わずかな予算での苦痛を伴う移動、そして高山の無慈悲な嘲笑と嫌味が続く。まるで安っぽいホラー映画の中に閉じ込められ、自分がその悲惨な犠牲者の一人であるかのようだった。




最初の顧客リストに載っているマダムを訪ねた。占いの話に期待していたものの、実際に耳にしたのは、終わりの見えないつまらない雑談だった。マダムたちは、どうでもいい日常の細々とした話題を延々と語り続けた。例えば、隣人の犬が毎朝吠えることや、最近のテレビドラマがいかに面白くないか、さらには、息子がいつまでも結婚しないことへの愚痴など。




Aは頷きながら相槌を打つが、そのたびに心の中でため息をつく。この旅が無意味な雑談に埋もれていくのを感じ、苛立ちと虚しさが募るばかりだった。会話の途中、マダムの話がどんどん脱線し、Aは自分が何のためにここにいるのかさえ見失いそうになる。




それでも、Aは無感情な顔で対応し続けた。時折、マダムが話す内容に興味があるふりをしてみるが、心の中ではただ「早く終わってくれ」と思うばかりだった。




その日の夜、高山からの電話が鳴った。Aが出ると、すぐに彼の怒りの声が耳に飛び込んできた。




「お前、何をやってるんだ? さっき訪ねたマダムから連絡があったが、お前の態度はひどいって言ってたぞ!」




Aは無言で電話を握りしめた。高山の叱責は容赦なく続く。




「ただ顔を合わせて頷くだけで何の役に立つんだ? マダムたちは占いに期待してるんだ。それなのに、お前が無感情で対応したら、彼女たちがどう感じるか考えたことがあるのか?」




高山の言葉は鋭く、Aの胸に突き刺さる。だが、Aはそのすべてを受け流すしかなかった。怒りを感じる余裕も、言い訳をする気力もない。ただただ無力感が押し寄せるだけだった。

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