ep.10 無人駅がないか見ておけよ

前回のあらすじ


Aは「株式会社光と闇のはざまの少しのぬくもりと叫び」という占いとWebマーケティングを行う会社に入社するも、厳しい研修と理不尽な待遇に苦しんでいた。高山から渡された営業トークのプリントを暗記するよう強要され、声が小さいと怒鳴られるなど、Aは精神的に追い詰められていく。給料が最低賃金を下回ると気づくが、個人事業主扱いされ不満を抱える。そんなAは、夢の中で道玄坂バニラに出会い、奇妙な根性焼きを受ける。夢か現実か分からない状況に、Aは現実逃避の術を見つけられず、パワハラに苦しみ続ける。

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高山から指示された次の仕事は挨拶まわりであった。占いビジネスは基本的に直接消費者とやりとりするものだ。法人取引のように大口の顧客がいるわけではないから、基本的には挨拶まわりなどといったお付き合いはない、基本的には。ただし、占いの性質上、熱狂的な信者というものが存在していて、彼女ら――基本的に40代から50代のマダム――は一人で百人分ほどの売上になる。そういった信者には挨拶回りをして、有り難いバニラ先生の話を伝言して回ろうということだ。




「で、これが切符な」




高山から渡されたのは、青春18きっぷだった。夏休み・冬休み・春休みの限られた期間だけ使える乗り放題切符。それが青春18きっぷだ。もちろん新幹線は不可、特急もダメ。その切符で乗ることができるのは在来線だけなのだ。これは、鈍行だけで全国の挨拶回りをやってこいと言っているのに等しい。




「今季は少し少なくて、12人でいいや。関西に6人、東海に2人、それから関東に4人。楽で良かったな」




本当は俺が行くんだけどな。おそらくそんなことを言ってきそうな表情で高山は言う。そんなこんなで果てしない旅が始まった。




「切符は5日間だから、5日がタイムリミットだ。それまでに博田に戻ってこい!」




「それってほとんど電車に乗りっぱなしで過ごせってことですか」




「もちろん。あと、研修課題も出すから電車の中でやっておけよ」




「え、ええ……」




「口答えするの?死ねば?」




問答無用だった。そうやってAの電車で地獄にGO!は始まった。まずは博田から2時間、JR九州の鹿児島本線にゆられて山口県に突入する。この時点で乗り換えを3回しているのだから笑えない。チーズのように真っ黄色な山陽本線に乗り換えてAは進む。山口って広い。精神力を燃料にしながら広島県に突入する。その頃、ケツはすでに4つに割れていた。




5分の乗り換え時間でトイレを済ませて乗り換えアプリを見る。今日のところは一応岡山県には突入できるかな。そう思ったところで高山からの電話が鳴る。乗車中なので一旦出ないでいると、LINEで「シカトこいてんじゃねえぞ」とメッセージが飛んできた。慌てて電車の連結部分に移動して折り返す。




「すみません。乗車中でして」




「死ね。関係ねえから。今どこ」




「岡山県にもうすぐ入るところです。このあたりで一旦泊まろうかと」




「わかった。そうしたら無人駅がないか見ておけよ」




「無人駅……?」




「だって、泊まるところがねえじゃん。無人駅ならベンチとかあるし」




えっ、ほら、ホテルとか……そう言いかけたとき、「金がかかるからホテルとかはきついもんな」と高山は言う。




「すみません。経費って出ないんでしょうか…?」




「出るわけねえだろ。挨拶まわりで宿泊費が出るとでも思ってんのかよ。引くわ」




電話は切れた。その夜、Aは某駅にて、クモとコウモリとカミキリムシと一緒に眠った。

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