世界で1番幸せな女

登場人物


山西やまにし太希たいき

性別:男

年齢:25

身長:176


神川かみがわ水樹みずき

性別:女

年齢:25

身長:162


中星なかぼし圭吾けいご

性別:男

年齢:25

身長:182


四条しじょう七海ななみ

性別:女

年齢:25

身長:147




〈1〉


金曜日の夜。

山西やまにし太希たいきは仕事から帰ってきて

自宅のソファーでくつろいでいた。


そんな太希のスマホが鳴る。

画面を確認すると8年前から付き合っている彼女の神川かみがわ水樹みずきからの電話だった。


太希はその電話に「はい?」と言ってでる。


「太希君。今から海行こうよ。」


そう水樹はいつもの明るい声で言う。


「海?今から?」


そう聞き返しながら太希の目線は部屋の時計に向く。


時刻は夜の10時を回っている。


「いいでしょ?お互い明日は休みなんだから。」


そう水樹が言うと太希は小さくため息をこぼす。


水樹は昔から1度言うと太希が何を言い返しても聞きやしない。


つまり太希が返す言葉は1つだった。


「わ~ぁた。車でお前の家まで行くから準備しとけよ。」


「了解~。」


そう明るく返すと水樹は電話をきる。


太希は1度、静かになった自分のスマホを見つめた後にソファーを立ち上がり服を着替える。


そして、部屋の電気を消すと玄関に置いてある、家の鍵と車の鍵を持って家を出る。



太希が水樹の家にいたのは夜の11時半ぐらいだった。


スマホで呼ぶと水樹はすぐにマンションから出てきて太希の車に乗る。


「ではでは。行きましょうか。

夜の海へ。」


そう水樹はテンション高く声をげる。


その声に合わせて「おぉ~」と言うと太希は車を出す。



水樹の家から海まではほんの30分ほどだった。


でも、時刻は深夜の0時を回っている。


今の季節は夏だが、夜となると誰も居ない。


「気持ちいい~。」


そう水樹は夜の海の風を身体いっぱいに受けとめる。


「この海には何回か来たけど、夜来るのは初めてだね。」


そう水樹は微笑みながら太希に話しかける。


「そうだな。」


そう太希は夜の暗い海を眺めながら答える。


「・・・この海は私達の出会いの海だから、大切にしたいよね。」


そう水樹は母親が子供を見る様な眼で海を見つめる。


「・・・懐かしいなぁ。もう9年ぐらい経つんだね。」


「そうだな。」


そう水樹と太希は自分達が出会った日の事を思い出す。


「あの時、初めてできた彼氏に捨てられて、この海で浸水しんすい自殺しようとした私を太希君が止めてくれたんだよね。」


そう水樹が話し始める。


一応言っておくと多分、浸水自殺と言う言葉はない。説明をするのではあれば、海の中に体を沈めてそのまま死ぬ事である。


「あの時も言ったがオレは別にお前の自殺を止めた訳じゃないぞ?」


そう太希が言葉を返す。


「ううん。太希君の気持ちの問題じゃないよ。結果として私は生きて今ここに居るって話。太希君があの時、私に声をかけてくれなかったら、泡となって消えてたわ。」


そう水樹が明るい声で言う。


「ねぇ。あの時、太希君がなんて私に声かけたか覚えてる?」


「っんやぁ。覚えてないな。」


そう太希が答えると水樹はクスクス笑みを見せる。


「自殺ならよそでやってくんないか?

こっちは心の傷を癒しにわざわざ電車に乗ってこの海まで来てんだ。

なのに、さらに心が暗くなるような現場を見せないでくれよ。」


そう水樹は太希の声真似をしながら当時言われた言葉を口にする。


「自殺しようとしてる相手に自分勝手な事を言う男だなって思ったなぁ。

私もこの言葉にイラッとして言い返したら、その言葉に太希君がさらに言い返してくる。これを繰り返してるうちに何だかバカバカしくなってきたんだよね。」


そう水樹は笑みを見せながら話す。


「オレもバカバカしいと思ってたよ。」


そう太希は言葉を返す。


「でも…そのバカバカしさのお陰で私は生きてるんだよ。こうして、太希君の隣でまた…この海を見れてるんだよ。」


そう思い出話を終えると水樹は体を太希に向ける。


そんな水樹に太希は目線を向ける。


「改めて言わせて。あの時、私を救ってくれて本当にありがとう。」


そう水樹は深く頭を下げる。


その水樹の言葉に太希は恥ずかしくてほほを軽くかく。


「だから、助けたつもりはねぇよ。」


そう太希は水樹から視線を外して言葉を返す。


そんな太希にたいして水樹はニヤ~と笑みを作ると「太希君、もしかしてテレてる?」とつつく。


「バーロー。テレてねぇよ。」


そう太希は顔を水樹に向けて言い返す。


「嫌々、テレてたでしょ?」


「テレってないって言ってんだろ?」


「もっと素直になれよ。」


そう仲のいいカップルは楽しく言い合いを続ける。


この幸せな時間がずっと続くと2人は信じていた。


〈2〉


日曜日の昼12時を回って太希たいきはやっと目を覚ます。


ボーッとする頭で太希は冷蔵庫からフルーツジュースを取り出してコップに移すとゴクゴクと飲む。


そんな太希のスマホが鳴る。

画面を確認すると中学から付き合いがある親友の中星なかぼし圭吾けいごからの電話だった。


その電話に太希は「はい?」と言ってでる。


「よう、太希。今暇か?」


「まぁ、とくに予定はねぇけど。」


「だったら、今からそっち行ってもいいか?調度、近くに居るんだよ。」


「あぁ、いいぜ。」


「じゃ、またあとでな。」


そう言って圭吾は電話をきる。


太希はコップに残ったフルーツジュースを飲み干すと体を軽く伸ばして服を着替える。


そして、リビングのソファーに座りながら、圭吾が来るのを待った。



家にやって来た圭吾に太希はインスタントのミルクティーを出す。


「今日は神川かみがわさんとデートには行かないのか?」


そう出されたミルクティーを飲みながら圭吾は尋ねる。


「今日は四条しじょうさんと会う約束があるんだと。」


そう太希もミルクティーを飲みながら答える。


「ほぉ。あそこの幼なじみも仲がいいよなぁ。」


そう圭吾が椅子の背もたれに体を預けながら言う。


「そうだな。」


そうあまり興味のない声で太希は答える。


「お前と神川さんが付き合ってからもう8年ぐらいか?」


そう圭吾に聞かれて太希は頭の中で数える。


「高2の時からだから、そんなもんだな。」


そう太希が答える。


「どうよ?今の日々は。」


そう圭吾が体を少し太希に近づけて聞く。


「幸せだよ。間違いなく。」


そう太希がティーカップに口をつけて答えると圭吾は微笑みを見せる。


「いいねぇ。長年のパートナーを今でも愛せる、その関係。」


その圭吾の言葉に太希は少し恥ずかしそうに目線をらす。


「…そういえば、お前も彼女できたって言ってなかったか?」


そう太希が思い出したように言う。


「あぁ、それな。先週振れたよ。」


そう圭吾が椅子の背もたれにもう1度、体を預けて答える。


「…またお前の浮気が原因か?」


そう太希は呆れた目を圭吾に向ける。


「おぉ。さすがわが親友。鋭いねぇ。」


そうニヤニヤと笑みを見せながら圭吾は答える。


「お前が女に振られる理由はそれだけだろ?いい加減にしないと、いつか女に刺されるぞ?お前。」


そう太希は親友に警告する。


「愛した女に刺されるのかぁ。

それはそれで悪くないなぁ。」


そう圭吾は真面目な声で言う。


「…相変わらず、イカれてんなぁ。お前。」


「そう?」


そう圭吾が自覚のない真顔で言うと太希は大きくため息をもらす。


「イカれてんのはいいけど。

犯罪とか犯すなよ~ぉ。」


「犯さねぇよ、バーカ。」


そう圭吾は声を低くして言い返す。



太希と圭吾が楽しくお喋りをしている頃、昼梟ひるふくろうと言う喫茶店では水樹みずきと四条七海ななみも楽しくお喋りをしていた。


この2人の関係は幼なじみの親友である。


「そう。だったら、あんたと山西やまにし君は仲良くやってるのね。」


そう七海はアイスティーを飲みながら話す。


「もちろん。毎日、楽しくて幸せなんだから。」


そう水樹は力強く答える。


そんな水樹に七海は優しい微笑みを向ける。


すると今度は水樹が話を始める。


「ねぇ。七海。」


「ん?」


「私…もし今日死んでも幸せだって想ってけるよ。」


そう突然の水樹の言葉に七海は「え?」と言って驚く。


「あっ、勘違いしないでね。

別に死にたいって言ってる訳じゃないから。ただ…それぐらい幸せな日々を太希君は私にくれてるって話。」


そう説明すると水樹は少し間を作る。


そして、明るい微笑みを浮かべるとこう続けた。


「私、きっと…この世界で1番幸せな女だと思う。」


その幸せいっぱいな水樹の様子に七海は親友として嬉しく想った。


「そう。だったら、その幸せを手放さないようにね。」


その七海の言葉に水樹は明るく「もちろん」と答える。


〈3〉


現在の時刻は夜の8時である。

水樹みずき太希たいきが作るナポリタンを食べに太希の家に来ていた。


太希が作るナポリタンはなかなか旨い。


「太希君~。まだ~。」


そうリビングの机の椅子に座っている水樹が大きな声を出す。


「もうちょっとだから、大人しく待ってろよ。」


そう太希が返事をする。


「私のは大盛りでお願いね。

太希君のナポリタンは大好きだから。」


そう水樹が子供の様にワクワクした声で注文する。


「分かってますよ~。お客さん。」


そう太希は言葉を返す。



それから約5分ほどでナポリタンは運ばれてくる。


「よっ。待ってましたぁ。大将。」


そう水樹は機嫌よく声をげる。


そんな水樹の前に大盛りナポリタンが置かれる。


「それでは、いただきます。」


そう言って水樹はナポリタンを1口食べる。


その美味しさに水樹は体をバタバタさせる。


「美味しい。」


そう水樹は笑顔を太希に向ける。


その水樹の笑顔に太希は満足そうに微笑む。


「それは良かった。」


そう答えたのちに太希も1口食べる。


その味に太希自身も満足した様に頷く。


食事は30分ほどで終わった。


「いや~ぁ。今私のお腹には幸せがつまってますなぁ。」


そう言いながら水樹は自分のお腹をさする。


「太ってもオレに文句言うなよ。」


そうお皿を流し台に置きながら太希が言う。


「言わないよ~。太希君が太った私を嫌いだって言わないならね。」


そう水樹がソファーに体を預けながら言葉を返す。


「今さら体型なんかでお前のことを嫌いにはならんよ。」


そう答えながら太希は水樹の隣に座る。


その言葉が嬉しくて水樹は太希に体をせる。


「ありがとう。私も太希君がどんなに太ってもずっと好きだから。」


そう言う水樹に少し目線を向けて太希は「オレは太る気なんかねぇよ」と言葉を返す。


すると水樹は顔を上げて目線を太希に向ける。


「私だって太る気なんかないわよ。」


そう少しほっぺたをふくらませて言い返す。


「それはわるぅござんした。」


そう太希は適当な謝罪をのべる。


その後も2人は仲良くソファーでのんびりと過ごす。



「ねぇ。太希君。」


「ん?」


「太希君は運命って信じる?」


そう唐突とうとつに聞かれて太希は考える。


「…あんまり…信じないかな。」


そう太希は答える。


「私は信じるよ。」


そう水樹は力強く言い切る。


「なんでだ?」


そう太希が聞くと水樹は理由を話し始める。


「だって、私と太希君の出会いが運命だもん。彼氏に捨てられて自殺を考えてた女を助けたのは、彼女に振られた傷を癒しに来た男。似た傷を心にったその男女は今では幸せいっぱいのカップルなんだよ?これを運命と言わないなら、なんて言うの?」


そう水樹は強い視線を太希に向けながら言う。


そんな水樹の視線から太希は目線を外すと「それは運命かもな」と答える。


その太希の答えに水樹は満足そうに微笑む。


「私達の運命は幸せな運命だね。

きっと、この運命はずっと長く続くよね?」


そう水樹は太希に問う。


「…あぁ。続くよ。絶対。」


そう太希は声を強くして答える。


その太希の言葉に水樹の心は安心する。


「ねぇ、太希君。」


「ん?」


「今度の休みの日。あの海で夕陽を見ようよ。私達が出会った日も見たでしょ?

あの海で綺麗な夕陽。」


そう水樹に言われて太希は当時の綺麗な夕陽を思い出す。


「きっと…今見たら…もっと綺麗だよ。」


そう水樹が遠い空を見つめるように呟く。


そんな水樹の横顔を見つめながら太希は約束する。


「あぁ。行こうか。」


だが…残酷にもこの約束は果たされない。


この約束をした3日後。

水樹は事故で亡くなる。


〈4〉


夜の病院は気持ちが悪いほど静かで、その静かさが寂しさを強くする。


太希たいきは動かなくなった水樹みずきをただ無言で何時間も見つめていた。


今、太希の心には水樹との9年間の思い出が映画のように流れている。


{私達の運命は幸せな運命だね。

きっと、この運命はずっと長く続くよね?}


水樹の言葉を思い出して太希の身体は崩れる。


水樹の冷たくなった手を強く握って太希は大粒の涙をボロボロと流す。


続くと信じていた幸せな運命は…簡単に壊れた。



太希が部屋から出ると七海ななみが椅子に座って、太希を待っていた。


「水樹の両親は?」


そう太希は七海に尋ねる。


「帰ったよ。水樹の死体の側に居るのはまだ、辛いんだって。」


そう七海は静かな声で答える。


「…そうか。」


そう小さく呟くと太希は七海の隣に腰を落とす。


「…今、こんな事を伝えるのが正しいか分からないけどさ、前に水樹が言ってた言葉があるんだ。」


「言葉?」


そう太希は目線を七海に向けて聞き返す。


「自分は今日、死んでも幸せだって想ってけるって。それぐらい幸せな日々を山西やまにし君から貰ったって。自分は…世界で1番幸せな女だって。本当に幸せいっぱいな…そんな顔で…言ってたんだ。」


そう七海は少し声を震わせて話す。


そんな七海の眼にはその時の幸せいっぱいな水樹の表情がよみがえる。


七海は1度、自分の気持ちを抑えるために間を作ると顔を太希に向ける。


「だからさ…山西君は誇ってもいいと思うよ?1人の女をそこまで幸せにしたんだって。」


そう伝えると七海は立ち上がって1人、帰って行く。


残された太希は先ほどの七海の言葉をグルグルと自分の頭の中でかき回す。


「…世界で1番幸せだったのは…オレだよ…水樹…。」


そう太希は顔を沈めて小さく呟く。



家に帰った太希の心はずっと何かモヤがかかった様に晴れないままだ。


太希は部屋の電気もつけずにソファーに倒れこむ。


3日前には自分はこのソファーに座って水樹と話していたのだ。


楽しい…時間だった…。

そんな想いが太希の心のモヤを強く広げる。そして、そのモヤは太希の心を黒く塗りつぶす様に苦しめる。

その苦しみはどんどんと強くなり、太希に吐きを感じさせる。


太希はその黒い吐き気を吐き出すためにトイレに駆け込む。


「おぇ。おぇ。おぇぇぇぇ。」


便器に吐き出しながら太希の心は黒から白へと変わる。


完全に白に変わった時…太希はもう何も考える事ができなくなった。


それから時は3ヶ月ほど流れる。



太希にこの3ヶ月間の記憶はない。

ただ…仕事にも行かず、家にこもって何もせずに過ごしていた。


今日も目を覚ました太希は何もする気がせずにただボーッとソファーに座っている。


そんな時、家の呼び鈴が鳴る。


太希はその呼び鈴を無視する。

だが、呼び鈴を鳴らしている相手はしつこく鳴らし続ける。


さすがにイラッとした太希はソファーから立ち上がり、インターホンの画面を確認する。


呼び鈴を鳴らしていた犯人は圭吾けいごだった。



「お前なぁ、スマホの充電してなかったろ?何回も電話かけたんぞ?!」


そう家に上げられた圭吾は怒った声で文句を言う。


「悪い。何もする気が起きなかったんだよ。」


そう太希が答える。


そんな暗い様子の太希に圭吾は少し軽いため息をこぼす。


「まだ…神川かみがわさんの死を乗り越えられないのか?」


そう圭吾が声を落として尋ねる。


「なんだ?説教でもしに来たのか?」


そう太希は圭吾に目線を向けないまま聞き返す。


「そんなつもりはねぇよ。

オレにはお前の気持ちを100%理解はできないからな。ただ…生きてるなら…それでいいよ。」


そう圭吾は優しい声で答える。


「…死ぬ気になるのにも…やる気ってもんがいるんだよ…意外にもな。」


そう太希は目線を天井に上げて伝える。


「たまには外に出ろよ。

この3ヶ月、ほとんど出てねぇだろ?」


そう言い残すと圭吾は太希の家を出て行く。


1人になった部屋で太希は考える。

これからの自分の人生を…。


そんな太希の心によみがえったのは水樹のある言葉だった。


{今度の休みの日。あの海で夕陽を見ようよ。私達が出会った日も見たでしょ?

あの海で綺麗な夕陽。}


「…海…行くか…。」


そう呟くと太希は重たい身体を立たせる。


〈5〉


今の季節は少し寒くなってきた秋。

海には誰も居ない。


太希たいきはそんな海を静かな瞳で見渡す。

すると誰も居ないと思っていた海に1人の女子高生を見つける。


その女子高生は制服のまま、1歩1歩、海の中に自分の身体を沈ませていた。


その姿が9年前の水樹みずきとかさなる。


「おい。あんた。自殺ならよそでやってくんないか?こっちは心の傷を癒しにわざわざ車に乗ってここままで来てんだよ。

それなのに、もっと暗くなるような現場を見せんじゃねぇよ。」


そう太希は荒々しい声で女子高生に話しかける。


その女子高生は太希の方へ振り返ると不機嫌そうな表情を作る。


「なんだよ、おっさん。

あんたには関係ないだろ?!」


そう女子高生は苛立った声で言い返す。


「おっさん?…まぁ、あんたからしたら、おっさんか。」


そう納得すると太希は言葉を続ける。


「確かに関係ねぇよ。

お前が死のうが生きようがオレの人生にはなに1つ関係ない。

それでも、気分が悪いもんは悪いんだよ。」


そう太希は言葉を返す。


「私の気持ちも知らないくせに、勝手な事を言うなよ!!」


そう女子高生は怒鳴る。


「だったら、話してみろよ。

おっさん暇だから話ぐらないなら聞いてやるよ。」


そう言うと太希はその場に腰を落として座る。


そんな太希を女子高生は見つめる。


少しの沈黙の後、女子高生は話し始めた。


「今日…初めてできた彼氏に振られたんだ。大人のあんたからしたら、何だそれぐらいの事でって思うかもしれないけどさ…それでも…私にとっては彼氏が人生の全てだったんだよ…。

それが失くなったら…もう私の人生には何も残ってないんだよ…。」


そう女子高生は冷たい声で話す。


「…おじさんも同じさ。」


「え?」


そう女子高生は驚いた顔を太希に向ける。


「3ヶ月前にね…彼女が事故で亡くなったんだ。」


その太希の話を聞いて女子高生は言葉を無くす。


「8年間付き合った彼女だった。

その彼女と出会ったのがこの海だったんだ。彼女もオレと出会った時、今の君みたいに死のうとして、身体を海に沈めていたんだ。」


その太希の話は女子高生の心を強くきつけた。


「その彼女さんは何で死のうとしてたんですか?」


そう女子高生が尋ねる。


「これまた、君と同じ。

初めてできた彼氏に捨てられたから。

自分が親よりも信じていた彼氏に裏切られ、捨てられた…その結果…死のうとした。」


そう話す太希の眼には当時の水樹の姿が映っていた。


「…私より…酷いめにってるんだね。」


そう女子高生は声を暗くして言う。


「でも、そんな彼女が親友にこんな事を言ってたんだよ。自分は世界で1番幸せな女だって。オレと出会った時は…死にそうだった女が…オレと出会って…付き合って…日々を過ごしてるうちに…そんな事を言うようになったんだ。

本当…人生…何があるか…分かんないよなぁ。今は死ぬほど苦しくても…数年後には死ぬほど幸せだって事もあるんだよ。やっぱ…死んじゃダメなんだよな…。自分から…死んじゃ…ダメなんだよ…。」


そう太希は話しながら声を震わせ涙を流す。


そんな太希の様子に女子高生は少し呆れたため息をこぼすと「バカバカしくなってきた」と言って海から出る。


そして、ずぶ濡れになったスカートのポケットからハンカチを取り出すと太希に差し出す。


「濡れてるけど、ないよりはましでしょ?」


「…あぁ。ありがとう。」


そうお礼を言うと太希は濡れたハンカチを受けとる。


そして、そのハンカチで涙を拭く。


「…塩くさいなぁ。」


そう笑いながら言うと太希はハンカチを女子高生に返す。


「うっさい。」


そう微笑みながら女子高生はハンカチを受けとる。


そんな2人をオレンジ色の光が照らす。


その光に2人は目線を向ける。

2人の眼前には海をオレンジ色に輝かせる夕陽が広がっていた。


「さてと。オレは帰るよ。

お前はどうするんだ?」


そう立ち上がって太希は女子高生に尋ねる。


「ん?生きてみるよ。

あんたの彼女さんみたいに、世界で1番幸せな女だって想えるほどの人生が待ってるかもしれないから。」


そう女子高生は子供らしい明るい笑顔を見せて答える。


「そうか。お互い楽しもうぜ。

自分の人生が終わるまでは。」


そう言い残すと太希は女子高生に背を向けて去って行く。


女子高生は少しの間、太希の背中を見送った後にもう1度、夕陽に目線を向ける。


この夕陽が自分の人生を照らしてくれると信じて。

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