2人だけの不思議な飲み会

登場人物


山西やまにし太希たいき

性別:男

年齢:25

身長:172


神川かみがわ水樹みずき

性別:女

年齢:25

身長:163


四条しじょう七海ななみ

性別:女

年齢:25

身長:144


中星なかぼし圭吾けいご

性別:男

年齢:25

身長:182




〈1〉


季節はまだ寒い2月の冬。

時刻は金曜日の夜22時を回っている。


山西やまにし太希たいきの家では毎週金曜日の夜に高校の時から付き合いがある、神川かみがわ水樹みずきと2人だけの飲み会が開かれている。


飲み会と言ってもお酒を飲んでいるのは

水樹だけで太希はいつも“サイダー”を飲んでいる。


この2人は少し変わった関係だ。

どう変わっているかと言うと

太希は高校2年の時に水樹に告白してられている。


つまり、振られた者と振った者が8年も仲良く関係を続け、25歳になった今は毎週のように飲み会を開いているのだ。


他人はたから見たら、不思議なものである。



「ねぇ、ねぇ。太希君~。

太希君もたまには飲もうよ~。」


そう酔った甘い声で水樹が太希に話しかける。


「やだよ。酒なんて旨いと思った事ないんだから。」


そう水樹の体を自分から遠ざけて太希は答える。


「ぶ~。ノリが悪いなぁ。本当に。」


そう水樹はほっぺたを膨らませる。


「一緒に酒が飲みたいなら、他をあたってくれ。」


そう太希が冷たく言うのを水樹は不機嫌そうに見つめる。


太希はそんな水樹の視線など無視してサイダーを飲む。


「・・・それ…まだ好きなんだね。」


そう水樹はチューハイの缶に口をつけながら言う。


その問いに太希は1度サイダーの缶を見つめた後に小さな声で聞き返す。


「お前はもう嫌いなのか?」


そう聞かれて水樹は目線をそらに向ける。


「さぁ?お酒を飲むようになってからは飲んでないからなぁ。」


その水樹の返事に太希は「そうか」と言うともう1度サイダーを口に運ぶ。



それから数時間後。

水樹は寝息をたてて眠る。


そんな水樹の体に太希は毛布をかける。


太希の目線は気持ち良さそうに眠る水樹の寝顔にかれる。


8年前、太希の告白に水樹はこう返事を返した。


{太希君の事は好きだよ。

でも…付き合えない。}


この言葉の意味は8年経った今も分からないままだ。


小さく微笑むと太希は立ち上がり、リビングの電気を消す。



次の日の昼前。水樹は幼なじみの四条しじょう七海ななみと会う約束があったので、急いで太希の家を出る準備をする。


「では、太希君。来週の金曜日にまた会おう。」


そう言葉を残すと水樹は太希の家を出て行く。


1人残った太希はチューハイの缶でもれた机の上を見て大きなため息をこぼす。


そんな太希の憂鬱ゆううつなど知らずに水樹は七海との待ち合わせ場所である喫茶店に入る。


水樹か店に入って来たのを確認すると七海は小さな体を伸ばしてアピールする。


そんな七海の前の席に水樹は腰を落とす。


「ごめん。少し遅れたね。」


そう水樹が笑顔で謝る。


「少し?待ち合わせ時間は10時で今の時刻は12時回ってるんだけど?」


そう七海はスマホの画面を見せながら問い詰める。


「・・・こ、ここはおごらせていただきます。」


そう水樹が言うと七海は笑顔を見せる。


その後、七海はスマホをバッグにしまいながら話を始める。


「で?昨日も山西君の家で飲んでたの?」


「ん?うん。そうだよ。」


そう水樹はメニュー表に目線を向けながら答える。


「本当、不思議な関係よね。」


「なにが?」


「8年前とはいえ普通、自分が振った男の家で2人だけの飲み会なんて気まずくて無理でしょ。」


そう七海が言うと水樹は目線を上げて考える。


「・・・まぁ、普通はそうだね。

私も太希君じゃなかったら無理だと思う。」


そう水樹が答えると七海は少し微笑みを見せる。


「へぇ。山西君は特別なんだ。」


そう言う七海の微笑みを水樹は黙って見つめる。


「結局、なんで山西君の事、振ったの?

ウチから見たらあんた達、両想いだったんだけどなぁ。」


その七海の問いに水樹は少し時間を作る。


〈2〉


水樹みずき太希たいきを振った理由を聞いた七海ななみは「“複雑ふくざつ”すぎてウチには理解できんよ。」と言葉を返す。


その後、少し間を作って七海は言葉を続ける。


の太希君はあんたの事、どう思ってるんだろうね。」


その七海の疑問に水樹は目線をそらに向ける。



次の金曜日。

水樹はいつもの様に太希の家でチューハイを飲んでいる。


床に寝転がった水樹は酔った甘い声で太希にお願いする。


「太希君~。なんかおつまみ作って~。」


「はぁ?!つまみ?!自分で買ってきたスルメがあんだろがぁ。」


そう言いながら太希はスルメが入った袋を掲げる。


「もっと家庭的なおつまみが食べたいの~!!」


そう駄々をこねる子供の様に水樹は体をばたつかせる。


「わ~ぁたから落ち着け。ここマンションなの。下の部屋の人に迷惑だからやめろ。」


そう言って太希は水樹の駄々を止める。


キッチンに来た太希は考える。


(さ~ぁて、どうするかな?

つまみなんて作ったことないからなぁ。

とにかく冷蔵庫の中を確認しますか。)


そう思って開けた冷蔵庫にある使えそうなものはキュウリ1本だけだった。


「・・・適当に切って、醤油とごま油で味つけすればいいか。」


そう考えた太希は3分ほどでおつまみを作り終える。



「うむうむ。シャリシャリしてて旨いですなぁ。味もお酒に合う。合格です。」


そう言いながら水樹はキュウリを酒で流し込む。


「満足してもらえたなら、何よりです。」


そう太希は言葉を返す。


「よ~くできましたね~。」


そう言いながら水樹は太希の頭をでる。


(この…酔っぱらいが。)


そう太希は心の中で思いながら水樹に呆れた視線を向ける。



それから数時間後、水樹が声を小さくして太希に尋ねる。


「・・・ねぇ。太希君。」


「ん?」


「太希君は…私の事…今でも好き?」


そう予想もしていない質問に太希は動きを止める。


太希の目に映る水樹は真剣な眼をしていた。


太希はその眼にこたえるために正直な想いを口にする。


「好きだよ。」


その短い太希の返事を聞いた水樹は最初、嬉しそうに目を輝かせるがすぐにその輝きは消え、寂しい影を作る。


その影に太希は気づかなかった。



それから数時間後。水樹は酔いきって床に倒れる。


そんな水樹に太希は毛布をかける。


「ありがとう。」


そう水樹が微笑んでお礼を言う。


「ねぇ。太希君。私の事、恨んでる?」


そう唐突とうとつに聞かれて太希は「え?」と驚く。


「だって私、太希君の事、意味の分からない言葉で振ったでしょ?」


そう言われて太希はその言葉を思い出す。


{太希君の事は好きだよ。

でも…付き合えない。}


「意味の分からないって自覚はあるんだな。」


そう太希が言うと水樹は軽く笑う。


「当たり前でしょ?

私、そこまでバカじゃないよ?」


その水樹の言葉に微笑むと太希は答える。


「安心しろよ。恨んでねぇから。」


そう太希が言うと水樹は安心した様な笑みを見せる。


「ありがとう。太希君。」


そのお礼には返事を返さないで太希は立ち上がると「おやすみ」と言ってリビングの電気を消す。


〈3〉


次の日。水樹みずきが帰った後に太希たいきは中学の時からの親友である、中星なかぼし圭吾けいごに呼ばれて喫茶店に来ていた。


「どうよ、最近。神川かみがわさんとの関係は。」


そう圭吾がコーヒーを飲みながら太希に尋ねる。


「ん?変わんねぇよ。いつもの様に毎週金曜日にうちに来て、酒飲んで帰るだけの関係さ。それ以上はない。」


そう太希はミックスジュースを飲みながら答える。


「どうこうなりたいとは思わんのか?」


「どうこうって?」


「付き合いたいとかだよ。」


そう圭吾に言われて太希は少し考える。


「・・・そういう気持ちは…ないかな。

多分、そういうのは8年前のあの日、終わったと思うから。」


そう太希は答える。


その答えを聞いた圭吾は少し間を作ると口を開く。


「・・・本当…変わってるよな。

お前等の関係って。」


「…オレも…そう思うよ。」



太希と圭吾が喫茶店で雑談をしている頃、水樹は1人で外を散歩していた。

そんな水樹の目に“サイダー”を美味しそうに飲んでいる子供の姿がまる。


その子供を見つめながら前に太希に言われた言葉を思い出す。


{お前はもう嫌いなのか?}


その言葉を思い出すと水樹は近くの自販機でサイダーの缶を買う。


そして、1口飲むと「・・・こんなに…甘かったっけ?」と小さく呟く。


そんな水樹の心には高校の時の思い出がよもがえる。


太希と2人、ベンチに座ってサイダーを飲みながら話したくだらない会話。


そんな会話がなぜか…とても楽しかった。今思い返すと記憶にすら残っていないほどの会話だ。でもなぜか…楽しかった事だけは強く心に残っている。


「・・・なに…話してたっけ?」


そう水樹は空に向かって小さく呟くと自分の家に向かって歩き出す。



次の金曜日。


「ねぇ。太希君。夜景見に行こうよ。」


そう水樹がいきなり提案ていあんしてくる。


「夜景?」


「うん。ほら、高校の時によく行った展望台があるでしょ?あそこ。」


そう言われて太希は思い出す。


「でもここからは少し遠いぞ?」


そう太希は言葉を返す。


「いいじゃん。太希君の車で行こう。」


そう水樹が笑みを見せて言う。


「・・・まぁ…いいか。」


そう太希は了承する。



そして、車で約10分かけて2人は展望台にやって来た。


「うわ~ぁ。久しぶりだ~ぁ。」


そう水樹はテンションの上がった声で言う。


「夜来るのは初めてだけど、こんな景色なんだ。」


そう言いながら水樹が見つめる先には宝石の様に輝く町の光が広がっていた。


「綺麗だね。」


そう水樹は隣に立つ太希に話しかける。


そんな水樹の横顔を少し見つめた後に太希は「そうだな」と返事を返す。


その後2人は近くのベンチに座って休む。


「ねぇ、太希君。」


「ん?」


「高校の時もこうやってよく並んでベンチに座りながらお話したでしょ?」


「したな。」


「その時の会話の内容、覚えてる?」


そう聞かれて太希は考える。


「いや…覚えてないな。」


その太希の答えに水樹はクスッと笑う。


「なんだよ?」


そう太希は目線を水樹に向けて聞く。


「ううん。私と同じだなと思っただけ。」


そう嬉しそうに水樹は答える。


そんな水樹の横顔から目線をらすと太希は言葉を付け加える。


「でも…楽しかった事だけは覚えてるよ。」


その太希の言葉に水樹は目を大きく開くと先ほどよりもさらに嬉しそうに微笑む。


「よ~し!!ここで飲もう!!」


そう叫ぶと水樹はベンチから立ち上がる。


「はぁ?酒なんて持ってきてねぇだろ?」


そう太希が言うと水樹は人差し指を左右に振る。


「ここに上がってくる途中にお酒の自販機を見つけたのだよ。」


そう水樹は胸を張って答える。


「行くぞ。太希君。」


そう言って水樹は太希の手を掴むと坂を走って下りる。


そんな2人の様子は他人はたから見たら、カップルに見えただろう。


〈4〉


酒を買って先ほどのベンチに戻った2人は楽しそうに飲み会を始める。


とは言ってもお酒を飲んでるのは何時いつもながら水樹みずきだけである。


「いやぁ。ジュースの自販機もあって良かったね。」


そう言いながら水樹はサイダーをチビチビ飲んでいる太希たいきに目線を向ける。


「どっちかと言うと酒の自販機の方が今時、珍しいだろ。」


そう太希は言葉を返す。


「それもそうだね。」


そう水樹は楽しそうに笑う。


その後、少しの間2人に沈黙の時間が流れる。


その沈黙を破るように水樹は話し出す。


「ねぇ。太希君。知ってた?」


「なにを?」


他人はたから見たら私達の関係って少し変なんだって。った女と振られた男が2人仲良く飲み会してるのが。」


そう言いながら水樹は空に綺麗に輝く丸い月を見上げる。


「他人じゃないオレからしても、不思議に思うよ。」


そう太希は小さな声で答える。


「その不思議の理由知りたい?」


「理由?そんなのあるのか?」


「あるよ。」


そう水樹は真っ直ぐ太希を見つめて言い切る。


「なんだよ。その理由は。」


そう太希が尋ねると水樹は勇気を出すように少し間を作る。


「私の我がままだよ。」


「我がまま?」


そう太希は話の真意が分からず聞き返す。


「そう。我がまま。私が太希君になんて言って振ったか覚えてる?」


「あぁ。オレの事は好きだけど付き合えない、だろ?」


「その言葉の意味を教えてあげる。」


そう水樹が言うと太希は1度、唾を呑み込む。


「自信がなかったんだ。」


「自信?」


「太希君は素敵なひとだと思うよ。

多分、私が今まで出会った全ての人より…そして…これから出会う全ての人より。でも、私はあなたの隣に立てる女になる自信がなかったの。情けないでしょ?世界で1番好きな男の隣に立つ自信がないなんて。私があなたを振った理由はただそれだけ。あなたは何も悪くない。」


8年越しに知る振られた理由に太希は少しの間、返す言葉が見つからなかった。


やっと返した太希の言葉は「そんな…理由だったのか」だった。


「でもね、情けない女は情けないだけじゃなく、我がままでもあったの。」


そう水樹は話を続ける。


「1番大好きな男の隣には立てないけど、1番近くには居たかったの。

だから女は…大好きな人の優しさと想いを利用して、不思議な関係を作った。

その不思議な関係はきっと…男も女も幸せにはしない関係なのに。」


そう告げると水樹は目線を太希に向ける。


「前にさぁ、今でも私のこと好きかどうか聞いたの覚えてる?」


そう聞かれて太希は「あぁ」と短く答える。


「その時、太希君は好きって答えてくれたよね。嬉しかった。嬉しかったよ。

でも…それと同時に辛くもあったんだ。

だって、私は太希君のその純粋な想いを利用してるんだから。自分の我がままを叶えるために。」


そう話す水樹に太希はなんて言葉を返せばいいのか分からない。


分からないが…この後、水樹が何て言うのかは不思議と分かった。


「もう、やめようか。こんな事。

私達の関係は8年前のあの日…終わったほうが良かったんだよ。だから2人だけの不思議な飲み会は…今日で終わり。

私達の関係も…今日で終わりだよ。」


そう言うと水樹は1度、何かをこらえるように言葉を閉じて立ち上がる。


そして太希の方へ笑顔を向けると

「8年間も私の我がままに付き合ってくれてありがとう。本当に幸せで楽しい日々だったよ。これからは…私よりも…素敵な…太希君のように…素敵な…そんな人を1番近くにおいて…その人と隣り合って…幸せに…過ごしてね。」


そう水樹はあふれ出しそうな想いを何とか堪えて最後の言葉を伝える。


水樹は気持ちを落ち着かせるように何度も深呼吸をするともう1度、太希に笑顔を見せる。


「帰ろ。」


そう水樹は太希に声をかける。


帰りの車の中で2人は1言も話すことはなかった。来た時と同じ10分間を2人はとても長く感じた。


太希と水樹の2人だけの不思議な飲み会はこうして終わる。

この先の人生で2人が会う事は1度もなかった。


〈5〉


太希たいきとの関係を終わらせて約2ヶ月。

水樹みずきは金曜日が来るたびに寂しさを強くしていた。


そんな水樹を心配して七海ななみが水樹の家を訪れていた。


七海は机の上いっぱいに置かれたチューハイの缶を見つめて呆れたようにため息をこぼす。


「もしかして、毎週、毎週こんなに飲んでるの?」


そう七海が聞くと水樹はトロけた顔を七海に向ける。


「飲んでないと苦しくて死にそうになるの。」


そう七海は声を荒くして答える。


「はぁ。アルコール依存症とかになっても知らないよ?」


そう言いながら七海は机の上の缶を片付ける。


「うるさいなぁ。七海に私の心の傷は理解できないわよ。それより、何かおつまみ作ってよ。」


そう水樹が投げ出すようにお願いする。


「おつまみってあんた、そこにスルメがあるじゃない。」


そう七海が床に置かれているスルメの袋を指差す。


「もっと家庭的なおつまみが食べたいのぉ!!」


そう水樹は駄々をこねる。


「あんたは子供か。仕方ないわね。」


そう言って立ち上がった七海はキッチンに向かう。


冷蔵庫を開けると使えそうなものがキュウリ1本だけな事に七海は呆れる。


「・・・まぁ…適当に醤油とゴマ油で味つけすればいいか。」


そう言うと七海はキュウリを取り出す。



「はい。どうぞ。」


そう言って七海ができあがったおつまみを机の上に置くと水樹は驚いたように目を大きく開く。


「どうかした?」


そう七海が聞くと水樹は首を左右に振る。


「…ううん。ありがとう。」


そうお礼を言って水樹はキュウリを1口食べる。


その後、ゴクゴクとチューハイを喉に流し込む。


「やっぱり…お酒に合うなぁ。」


そう小さく呟く水樹の声は七海には届いていない。



おつまみを食べ終えた水樹はゴロンと床に寝転がる。


「・・・2ヶ月も経つのに、まだ忘れられないんだ。」


そう水樹が話し始める。


その水樹の話を七海は黙って聞く。


「自分から終わらせたのに…本当、情けないよねぇ。・・・もっと…素敵な女になれたら…隣に…立てたのかな?」


そう水樹は2ヶ月前には流さなかった涙ををボロボロ流す。


そんな水樹の身体を抱き上げると七海は優しい声で言った。


「あの時、喫茶店であんたから山西やまにし君を振った理由を聞いた時にも思ったけどさ…あんたは自分が思ってる以上に素敵な女だよ。それこそ…山西君の隣に居ても不思議じゃないほどに。」


その七海の言葉を聞いた水樹は七海の腕を強く掴むと「・・・もっと…早く言ってほしかった…な。もっと…早く…。」と言って顔を七海の胸にうずめる。


そんな水樹の頭を優しくでながら七海は「…それはごめんね。」と優しく謝る。



スッキリするまで泣いた七海は笑顔を取り戻すと「さぁ、今日は朝まで飲むぞ~!!」と言ってチューハイの缶を掲げる。


「さぁ、さぁ。七海にもちゃんと付き合ってもらうわよ~。」


そう笑みを見せて言うと水樹はチューハイを七海に差し出す。


「ウチ、チューハイはあんまり好きじゃないんだけどなぁ。まぁ、いいか。」


そう微笑むと七海はチューハイの缶を開けて水樹と乾杯をする。


女2人の飲み会は朝の6時ぐらいまで続いた。


8年間の想いをかき消すように…。


〈6〉


水樹みずきの家に七海ななみが訪れている頃。

太希たいきの家には圭吾けいごが訪れていた。


「で?何しに来たんだ?お前。」


そう太希が圭吾に尋ねる。


「ん?られた親友の心の傷を癒してやろうと思ってな。」


そう言いながら圭吾がコンビニの袋から取り出したのは“チューハイ”だった。


そのチューハイとニコニコ笑顔の圭吾を見て太希は不機嫌そうな顔をする。


「傷をえぐりに来たの間違いじゃないのか?」


そう太希が言うと圭吾は“はは”と笑ってチューハイを机の上に置く。


「実際、傷はまだえてないのか?」


そう聞かれて太希はソファーに腰を落とすと天井を見上げて考える。


「・・・この2ヶ月間。考えてた事があるんだ。」


「へぇ。なに?」


「オレは最後、あいつに何を言えば良かったんだろう…って。」


そう太希は目線を下に向けて答える。


「その答えは出たのか?」


そう圭吾に聞かれると太希は体をソファーの背もたれに預ける。


「・・・出てませぇん。」


そう太希はため息をこぼしながら答える。


「正解なんてねぇよ。」


そう圭吾が太希から目線を外して言うと

太希の視線は圭吾に向けられる。


「詳しい状況は知らないけどさ、多分なにを言っても未来は変わらなかったと思うぜ。お前達の関係はあの日…終わる運命だったんだよ。そう思わないと…前に進めないだろ?」


そう圭吾に言われて太希は視線をらす。


「・・・なんだ。ちゃんと傷を癒す気はあったんだな。」


「言ったろ?傷を癒しに来たって。」


そう圭吾は微笑みを見せる。


それから1時間ほどたわいもない話をして圭吾は帰る。


1人になった部屋で太希は机の上に置かれたチューハイの缶を見つめる。


{ねぇ、ねぇ。太希君~。

太希君もたまには飲もうよ~。}


そう酔った水樹の甘い声が太希の耳によみがえる。


それがきっかけでどんどんと思い出があふれ出てくる。


この部屋での2人だけの不思議な飲み会。

高校生の時の思い出。

そんな太希の心にふと思い出された“会話”がある。


高校2年になってすぐのこと。

水樹と2人、ベンチに座りながら話した会話。


「太希君はどんな人と結婚するんだろうね。」


「ん?なんだよ、いきなり。」


そう太希はサイダーを飲みながら目線を隣に座る水樹に向ける。


「ふと思ったんだよ。私達はどんな大人になるんだろう…って。

大人になったら…私達の関係ってどうなるんだろうね?」


そう疑問を投げる水樹の瞳には寂しい影が見えた。


「さぁ?想像もできないなぁ。

でも・・・水樹には…ずっと近くに居てほしいよ。」


そう太希は答える。


その時、水樹がどんな表情をしていたのか太希は見る事ができなかった。


太希は涙を流しながら机の上に置かれたチューハイの缶を開ける。


そしてグビグビと喉に流し込む。


「・・・苦いなぁ…」


そう太希は寂しそうに呟いた。

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