明日には虹が咲く

登場人物


山西やまにし太希たいき

性別:男

年齢:24

身長:178


神川かみがわ水樹みずき

性別:女

年齢:24

身長:162


四条しじょう七海ななみ

性別:女

年齢:24

身長:156


中星なかぼし圭吾けいご

性別:男

年齢:24

身長:182


木田きだ華恋かれん

性別:女

年齢:28

身長:160




〈1〉


「まずは~。どこか出かける時は私に1声かける事。次に寝る前には優しいキスをする事。次に朝起きたら優しくハグする事。次に…」


「おいおい。まだあるのか?」


そう太希たいきが口をはさむと電話相手である水樹みずきは少し不機嫌そうな態度をとる。


「あと2つだから、黙って聞く。」


そう水樹が母親口調で言葉を返すと太希はしぶしぶ口を閉じる。


「じゃ、残り2つ言うわよ。

1つは週に1回は私と2人で出かける事。

そして最後は毎日1回は私の事を好きと言う事。これが“同棲”する時に太希君にやってほしい私のお願いよ。そちらは何かある?」


そう聞かれて太希は少し考えるがとくになかったので「ない」と答える。


「よし。じゃ、同棲前のミーティングはこれで終わり。明日からの同棲、楽しみだね。」


そう言う水樹の声は子供の様にワクワクしているのが分かるほどのものだった。


そんな嬉しそうな彼女の声に太希も嬉しくなる。


「あぁ。そうだな。」



ー次の日ー


「水樹。太希君が迎えにきてくれたわよ。」


そう母親が水樹に声をかける。


「こっちも準備はOK。」


そう言うと水樹は最低限必要な物が入った大きなかばんを持ち上げる。


そして、そのまま母親と一緒に階段を下りる。そこには父親と一緒に居る太希の姿があった。


そんな太希に水樹は勢いよく抱きつく。


「迎えにきてくれてありがとう。」


そう満面の笑みで水樹は太希にお礼を言う。


「じゃ、太希君。娘の事をお願いするよ。」


そう父親が太希に声をかける。


「はい。」


そう太希は答えると水樹が持っている大きな鞄を持ってあげる。


「じゃ、お母さん、お父さん、またね。たまには顔を見せに来るからさ。」


そう明るく言うと水樹は太希の手を引っ張って家を出る。


2人残された父親と母親は少し寂しそうに肩を寄せ合う。



「意外に荷物、少ないんだな。」


そう太希は持っている鞄を見つめながら言う。


「最低限の物だけだから。

残りは買いに行けばいいしね。」


そう水樹が明るい声で答えると明るさをそのままに続ける。


「っと言う事でその鞄を太希君の家に置いたら、買い物に出かけるわよ~。」


そう水樹は太希と手を繋いでいる右手とは逆の左手を大きく挙げる。


そんな風に嬉しそうにしている水樹の横顔を太希は盗み見る。


すると急に目線をこちらに向けてきた水樹と目が合う。


「なんだ?なんだ?ノリが悪いぞ~。

ここはおーって言って手を挙げるとこでしょ?」


そう水樹が少し不機嫌そうにほっぺたを膨らませて文句を言う。


そんな水樹に軽く微笑むと太希は「お~」と言って鞄を持った右手を少し挙げる。



大きな鞄を家に置いた太希と水樹はそのまますぐに買い物に出かけた。


「で?どこに行くんだ?」


そう太希が水樹に尋ねる。


「まずは服屋かな。持ってきた服じゃ全然たりないし。」


そう水樹は答える。


「りょ~かい。」


そう太希は返事を返す。


その後、太希と水樹は服屋以外にも色んなお店に行った。それはもう買い物と言うよりもデートに近かった。


幸せな時間…この時間がいつまでも続くと2人は信じていた。


〈2〉


買い物デートを終え、太希たいき水樹みずきは家に帰ってくる。


「ふは~。疲れた~。」


そう言いながら太希は荷物を玄関に置く。


そんな太希に水樹は笑顔で「お疲れ様。」と言って抱きつく。


「それと…。」


1人暮らしをしてから直接聞くのは初めての言葉。その言葉が太希に同棲というものを強く意識させた。


そう…これからは2でこの家に住むのだ。


「ただいま。それと、お帰り。」


そう太希が言葉を返すと水樹は嬉しそうな表情を太希に向ける。そして元気よく「ただいま!!」と返す。



2人はリビングに移動するとソファーに座り込む。


「さ~ぁてと。夕飯作るか~。」


そう言いながら太希は体を伸ばす。


「おぉ。太希君が作ってくれるの?」


そう水樹が手を叩きながら言う。


「まっかせなさ~ぁい。

チャーハンを作らせたら、オレの右に出る者はいないぜ。」


そうかっこつけながら言うと太希はキッチンに向かう。


そんな太希を水樹は期待の眼差しで見送る。



「はーい。お待たせ~。」


そう言って太希は机の上にできたてのチャーハンを置く。


「よっ。待ってました~ぁ。」


そうテンション高く言うと水樹はいただきますをしてチャーハンを1口食べる。


「美味しい!!」


そう水樹が驚いた顔で言う。


「だろ?」


そう太希は得意気な表情を見せる。


「他には何か料理できるの?」


そう水樹が尋ねる。


「嫌。チャーハンオンリーだよ。」


そう太希が真顔で答えると水樹は大きく笑う。


「そんな真顔で言う言葉じゃないでしょ。そっか。私も料理はそこまで得意じゃないからなぁ。一緒に勉強しようか。」


そう水樹は優しく微笑む。


その微笑みが太希の心の幸せを強くする。


その幸せが太希に口を開かせた。


「やっぱ。水樹の事好きだな。」


突然の言葉に水樹は大きく驚く。


「あ、ありがとう。でも急にどうしたの?」


そう水樹は疑問に思う。


「ううん。ただ思った事を言っただけだよ。それに、毎日1回は言ってほしいんだろ?」


そう太希に言われて水樹は昨日の同棲前のミーティング電話を思い出す。


「覚えててくれたんだ。」


そう水樹は嬉しそうに微笑む。


「当たり前だろ?残り4つもちゃんと覚えてるよ。」


そう言いながら太希はチャーハンを口に運ぶ。


「・・・本当はどうでもいいんだよ。そんなの。」


「え?」


そう太希は驚いた顔を水樹に向ける。


「ただ太希君と一緒に居れるだけで私は幸せだよ。」


「じゃぁなんで?」


「女の子はねぇ。不安が多い生き物なんだよ。自分は愛されてるんだって、いつも感じていたいんだ。だから…がままを言いたくなるの。ダメかな?」


そう少し不安の影が映る瞳で水樹は尋ねる。


そんな水樹を優しく抱きしめると太希は優しい声でこう言った。


「ダメじゃないよ。」


その太希の言葉が嬉しくて水樹は抱きしめ返す。



食事を終え、風呂に入り、リビングでのんびりしていると時刻はもう夜の11時を回っていた。


「もうこんな時間か。そろそろ寝るか。」


そう言って太希はソファーから立ち上がると大きく体を伸ばす。


「そうだね。じゃぁ…。」


そう言って立ち上がった水樹は太希の方を向き目を閉じる。


そんな水樹に太希は優しくキスをする。


「また明日。」


そう太希は目を開けた水樹に優しく言う。


「また明日。」


そう水樹は嬉しそうに言葉を返す。


〈3〉


次の日の朝。太希たいきが目を覚ますと隣で寝ていた水樹みずきの姿がない。


「・・・もう…起きたのか。」


そう太希はボーッとする頭で呟く。


そして、リビングへと足を進める。


「あら。おはよう。思ったより早かったわね。」


そうキッチンで朝食の準備をしている水樹が太希に声をかける。


「おはよう。早いのはそっちだろ?

まだ朝の6時半だぞ?

今日のバイトは昼からって言ってなかったか?」


そう太希が言うと水樹は太希の方へ体を向ける。


「だって太希君、朝の7時半には家を出るって言ってたじゃん。見送りたいもん。

それに…朝のハグしてもらわなきゃ。」


そう言って水樹は両手を広げる。


そんな水樹を太希は優しく抱きしめる。


「今日も私の事、好き?」


そう水樹は太希の耳元で尋ねる。


「もちろん。好きだよ。」


そう太希は迷いなく答える。


その太希の言葉が嬉しくて水樹はさらに強く太希を抱きしめる。



「じゃ、行ってくるね。」


そう言って家を出ようとする太希の腕を水樹は掴む。


「ど、どうした?」


そう太希は驚いた声で聞く。


「ねぇ。同棲ルールにもう1つ追加してもいい?」


「え?」


「出かける前に私に優しくキスする事。」


そう言うと水樹は目を閉じる。


そんな水樹に太希は優しくキスをする。


「ありがとう。行ってらっしゃい。」


そう嬉しそうに微笑みながら水樹は太希を見送る。


「行ってきます。」


そう返事を返すと太希は家を出る。



太希が働いているのは近所のスーパーである。名前は“業績ぎょうせきスーパー”。


「おはようございます。」


そう挨拶あいさつをしながら太希はスタッフルームに入る。


そんな太希にスタッフルームに居た3人の従業員達が挨拶を返す。


その挨拶を聞きながら太希は自分のロッカーの前に立つ。そして、ロッカーの中に荷物を入れ、エプロンを取り出す。


そんな太希の後ろから「おはようございます」と女性の声が聞こえる。


その声に太希が振り返ると1人の女性がスタッフルームに入ってくる所だった。


彼女の名前は四条しじょう七海ななみ

水樹の幼なじみで太希とは高校の時の同級生でもある。


「四条。おはよう。」


そう太希が挨拶を返す。


「おはよう。聞いたわよ。」


「なにを?」


「水樹と同棲始めたんだって?」


そう七海が言うと近くに居た女性従業員が反応する。


「同棲?!彼女とですか?!」


そう女性従業員は食いぎみに尋ねる。


「う、うん。そうだよ。」


そう太希は少し女性から身を離して答える。


「詳しく。詳しく聞かせてください。」


そう女性従業員は興味津々である。


「お、おい。四条、ヘルプ。」


そう太希が七海に助けを求める。


「頑張って~。」


そう七海は冷たく太希をつきはなすとスタッフルームを出て行く。



「へぇ。そんな事があったんだ。」


そう夕飯を食べながら話を聞いていた水樹が言葉を返す。


「なぜあんなに他人の恋愛に興味を持てるんだ?女は。」


そう太希は理解できないと言った感じで口にする。


「う~ん。共感する能力が男より高いからじゃない?」


「え?」


「つまりは他人の幸せに触れて自分も幸せな気持ちになりたいのよ。

まぁ、私個人の意見だけどね。」


そう水樹は優しく微笑む。


「なるほど。それも一理いちりありそうだな。」


そう太希は言葉を返す。


そして、2人は楽しそうに笑い合う。


太希と水樹の幸せな同棲生活はそれから4ヶ月ほど続く。


そして…あのの日がやってくる。


〈4〉


「じゃ、行ってくるよ。」


そう玄関で太希たいき水樹みずきに声をかける。


「うん。中星なかぼし君によろしくね。」


そう水樹は微笑む。


その後、水樹は静かに目を閉じる。

そんな水樹の唇に太希は優しいキスをする。


「行ってきます。」


「行ってらっしゃい。」


そう見つめ合いながら2人は言い合うと

太希は家を出る。


今日、太希が会う約束をしているのは

中星圭吾けいごと言う男だ。

圭吾とは中学時代からの付き合いの親友である。



太希が待ち合わせ場所の喫茶店に入ると

圭吾はもうすでに来ていた。


「よっ。久しぶり。」


そう太希は圭吾に声をかける。


「おぉ。久しぶり。2年ぶりぐらいか?」


そう圭吾は明るく言葉を返す。


「多分、そんぐらいだな。」


そう答えながら太希は圭吾の目の前の席に座る。


四条しじょうから聞いたぞ。

神川かみがわさんと同棲してるんだって?」


そう圭吾は話を始める。


「ん?あぁ。4ヶ月ぐらい前からな。」


そう太希はメニューを見ながら答える。


「どうよ。7年ぐらい付き合ってる彼女との同棲は。」


そう聞きながら圭吾はコーヒーを口に運ぶ。


「幸せだよ。24年間で1番。」


そう太希は正直な気持ちを答える。


「それは何よりだ。」


そう圭吾は笑顔を見せる。


「だから、圭吾には感謝してるんだ。」


「え?」


そう圭吾は驚いた顔を太希に向ける。


「水樹に告白する時、応援してくれただろ?あの応援がなかったらオレは告白できないまま高校を卒業してたよ。

そしたらきっと…水樹とは2度と会えなかったと思う。オレは水樹とちがって大学には行ってねぇから。」


そう太希は感謝の気持ちを話す。


「・・・親友の役に立てたなら、良かったよ。」


そう圭吾は微笑む。


その後も太希と圭吾は2時間ほど昔話などで盛り上がった。



会計を済ませて2人は喫茶店を出る。


「じゃ、また時間が合ったら会おうぜ。」


そう太希は圭吾に右手を挙げる。


「あぁ。」


そう圭吾が返事をすると太希は圭吾に背を向けて歩き出す。


その背中に圭吾は声をかける。


「これからも神川さんと幸せにな。」


その言葉に歩みを止めた太希は振り返る。


「ありがとう。」


そうお礼を言うと太希は再度、歩き出す。



太希が家に帰ると水樹の姿はなかった。

そのわりに手紙が1枚置かれていた。


〔少し買い物に出かけます。

夕方には帰ってくるから待っててね。〕


「買い物か。」


そう小さく呟くと太希はソファーに座って、くつろぎながら水樹の帰りを待った。


だが…水樹が帰ってくる事はなかった。



静かな病院の椅子で太希は生気せいきが抜けた様に座っていた。


そんな太希の横に七海ななみは黙って腰を落とす。


「・・・いつもの日々が…続くと思ってたんだ…。」


そう太希は風で消えるほど小さな声で話し始める。


そんな太希の話を七海は黙って聞く。


「・・・水樹が買い物から帰ってきたら…いつもの様に2人で夕飯作って…圭吾とどんな会話したか話して…その流れで高校の時の思い出話なんかもしてたろうなぁ・・・そんなオレの瞳にはいつものあの水樹の微笑みが映ってるんだ。

オレに…元気をくれる…あの微笑みが…。そんな日々がこれからも…続くと思ってたんだよ…。なのに…なんで…。」


太希の言葉は細く細く消えていく。


何も話せなくなった太希の心を黒い闇が包む。その闇は太希に吐きを感じさせる。


その吐き気にえられなくなった太希はトイレに駆け込むと便器に吐き出す。


「おぇ。おぇ。おぇぇぇぇ。」


かなしみが溢れ出して止まらない。

7年間付き合った恋人を…。

7年以上愛した人を…太希は今日…事故でうしなった。


もう2度と彼女との日々は戻ってこない。

その残酷な現実が太希の心を強く苦しめ続ける。


〈5〉


水樹みずきが亡くなってから約2年の月日が流れる。



朝、太希たいきは目を覚ますと重たい身体をゆっくりと起こす。その後、誰も居ない自分の隣を寂しそうに見つめる。その瞳に生気せいきはない。


「・・・おはよう。水樹…。」


そう水樹の名前を呼んでも、もちろん返事は返ってこない。


その現実が太希の心をさらに寂しい風で包む。水樹の温度を忘れた自分の体を抱きしめながら太希はベッドから下りると

リビングへと足を進める。



リビングのソファーで座りながら太希はただボーッと天井を見上げていた。


そんな太希の心には水樹と過ごした7年間の思い出が映画のように流れ続ける。


とくに同棲をしていた4ヶ月は濃く流れた。


その幸せなはずの思い出は太希の心を黒く苦しめる。その苦しみは吐きへと変わる。


「おぇ。おぇ。おぇぇぇぇ。」


太希がトイレの便器でこみ上げる吐き気を吐き出していると家のチャイムが鳴る。


「…はぁ…はぁ…。誰だ?」


そう苦しそうに呟きながら太希はインターホンの画面を確認する。


そこに映っていたのは圭吾けいごだった。



「で?何しに来たんだ?」


そう太希は家に上げた圭吾に尋ねる。


「ん?お前の様子を見にきたんだよ。

四条しじょうから聞いたぞ。仕事やめたんだってな。」


そう答えながら圭吾は出されたお茶を飲む。


そんな圭吾に目線も向けずに太希はただ口を閉じる。


そんな太希の口が小さく開く。


「…で?ご感想は?」


「え?」


そう圭吾が聞き返す。


「オレの様子、見に来たんだろ?

その感想だよ。」


そう太希が聞くと圭吾は無言でリビングを見渡す。


そんな圭吾の様子を太希は静かに見つめる。


「そうだなぁ。想像よりは良そうだ。意外に家の中は綺麗だしな。」


そう圭吾が答えると太希は視線をらす。


「・・・ゴミ出しは…オレの仕事だったんだよ。毎週…水樹がオレを見送る時に“はい。お願いね”って言って微笑みながらゴミ袋を渡すんだよ。それを受け取って、いつものキスをしてオレを家を出るんだ。それが…4ヶ月間の…日常だったんだよ。」


そう太希は圭吾に話す。


「・・・太希。」


そう名前を呼ばれて太希は目線を圭吾に向ける。


「・・・2年だぞ?

いつまでつもりだ?」


その圭吾の言葉が太希の心に強い怒りをみ出す。


その怒りを太希は拳として圭吾にぶつけた。


「…もう2年…?

2年だよぉぉ!!」


そう太希は床に倒れている圭吾に怒鳴る。


圭吾は立ち上がるとそのまま太希を想いっきり殴る。


「・・・男の友情っていいよな。」


「あん?」


そう太希は床に倒れながら自分を見下ろす圭吾を睨む。


で殴り合えるんだから。」


そう圭吾が言うと太希は殴り返す。

それをさらに圭吾が殴り返す。


2人の殴り合いは数分間続く。


その後、圭吾は太希の胸ぐらを掴んで家の壁にしつけると大きな声で叫ぶ。


「人がものを呪いに変えんなよ!!」


その圭吾の言葉の意味が分からず太希はただ驚いた顔で圭吾を見つめる。


圭吾は太希に目線を向けないまま言葉を続ける。


「・・・今だから言うけどさ…。

オレ・・・神川かみがわさんの事、だったんだぜ?」


「え?」


そう太希が驚くと圭吾は目線を上げて太希の目を真っ直ぐ見つめる。


「だから…頼むよ。もう…彼女との日々を…呪いにしないでくれ。

彼女との日々に縛られるのはやめてくれ。・・・こんなの…誰も望んじゃいないよ…。」


そう圭吾は弱々しく伝えると太希の家を出て行く。


1人残った太希は崩れる様に腰を落とす。


「・・・誰も望んでない?

分かってるよ…そんな事…。

分かってるよ…。」


そう太希は小さく呟くと涙を流す。


〈6〉


圭吾けいごが帰ってから数時間。

太希たいきは魂が抜けた様にそらを見つめていた。


そんな太希の意識を現実に戻したのは

寝室から聞こえるスマホの音だった。


「…誰だよ。」


そう呟きながら太希は重たい身体を起こして寝室に向かう。


ベッドの上にあるスマホを取ると画面を確認する。


「…四条しじょうから電話?」


そう疑問に思いながら太希は電話に出る。


「…気分はどう?」


そう七海ななみが尋ねる。


その質問に太希は正直に答えた。


「最悪だよ。」


「そう。だったら、今から“昼梟ひるふくろう”に来て。待ってるから。」


そう一方的に伝えると七海は電話を切る。


「・・・勝手な奴だな…。」


そう太希はスマホを見つめながら呟くと悩む。


正直、昼梟には行きたくない。

なぜなら、あそこはあの日…水樹みずきが亡くなった日、のんきに圭吾と昔話をしていた喫茶店だからだ。


少し迷ったがそれでも太希は行く事にした。そろそろ前に進まないといけなと自分でも分かっていたからだ。

そのきっかけを七海がくれるかもしれないと思ったからだ。


「…水樹。四条と会ってくるよ。」


そう太希は水樹に声をかけるがもちろん返事など返ってこない。


静かな空気が太希に寂しさの味を感じさせる。その味を心に残したまま太希は着替えると玄関に向かう。


「行ってきます。」


そう呟いて太希は家を出る。


外は曇り空だった。

そんな空を1度、寂しく見上げたのちに太希は昼梟に向かって歩き出す。



太希が昼梟に入ると七海が手を挙げてアピールする。


太希は黙って七海の前に座る。


中星なかぼしから聞いたわよ。友情のぶつけ合いしたんだって?」


そう七海が話を始める。


「あれを友情のぶつけ合いだって言ったのか?あいつ。」


そう呆れた様子で太希は聞き返す。


「違うの?」


そう七海はアイスコーヒーを飲みながら尋ね返す。


「ただの喧嘩だよ。犬も食わないほどの醜い…な。」


そう太希は答える。


「珍しいわよね。」


「え?」


「あんた達が喧嘩するなんて。

過去にした事あるの?」


そう聞かれて太希は考える。


「あったかもしんねぇけど。

殴り合いは初めてだな。」


そう太希は答える。


「いいね。」


「え?」


「大人になって本気でぶつかり合えるの。多分、女の場合はそんな殴り合いなんてできないから。」


そう七海が優しく微笑みながら言う。


「いいもんじゃねぇよ。痛いだけだ。

殴られるのも…殴んのも。」


そう太希は寂しそうな声で言葉を返す。


「それより、お前等よく連絡とり合ってるよな。オレと水樹の同棲もお前から聞いたって圭吾が言ってたぞ。」


そう太希が話を変える。


「…ウチ等は似てるからさ。」


「なにが?」


「同じ日にした者同士。」


「は?」


そう七海の言葉の意味が分からず太希は聞き返す。


「中星が水樹の事好きだったように

ウチも好きだったんだよ。

あんたの事が。」


予想外の七海の告白に太希は言葉を無くす。


「でも…今のあんたは好きじゃない。

落ち込む気持ちは痛いほど分かるよ。

ウチだって好きな人を譲るほど大切な幼なじみが亡くなったんだから。

辛いよ…。辛いけど…縛られ続けちゃダメなんだよ。ウチ等は生きてるんだから。今日、言いたかったのはそれだけ。」


そう伝えると七海は1人、店を出て行く。


1人残された太希は小さく呟く。


「・・・どうすればいいんだ?

なぁ…水樹…。」



太希が昼梟を出ると外は雨が降っていた。太希はその雨の中、重たい足を動かして帰る。その途中、歩くのが辛くなり、地面に座り込む。


「どうかしましたか?」


そう誰かが太希に傘をかける。


太希が顔を上げるとそこには水樹に似た女性が立っていた。


その女性は優しく微笑む。


「私で良ければ、お話聞きますよ。」


そう女性は太希に優しく接する。


〈7〉


「あいつ立ち直ると思うか?」


そう雨の中、傘をかけながら歩く圭吾けいごは隣を歩く七海ななみに尋ねる。


「さぁ?もうウチ等にできる事はないよ。嫌、最初からなかったのかもね。

他人にできる事なんて。

結局は自分で乗り越えないとダメなんだよ。」


そう話す七海の横で圭吾は足を止めていた。


七海はその圭吾が見つめる方へ目線を向ける。


そこには喫茶店の中で太希たいきと話す“水樹みずき”の姿があった。


驚いた2人は急いでその喫茶店に入ると

太希達の前に駆け寄る。


『どいう事?!』


そう圭吾と七海は声を合わせて太希に尋ねる。


「落ち着きたまえ、君達。

気持ちはよ~く分かる。

でも、別人だ。」


そう太希が言うと2人は口を閉じる。


木田きだ華恋かれんさん。ちなみに、同棲してる彼氏がいるよ。」


そう太希が紹介すると圭吾と七海はゆっくり顔を華恋に向ける。


『すいませんでした。』


そう2人は声を合わせて華恋に頭を下げる。


「いえいえ。大丈夫ですよ。

このお二人もさっき話してくれた水樹さんの知り合いですか?」


そう華恋が落ち着いた声で尋ねる。


「はい。オレと同じく水樹に恋心を持っていたオレの親友の中星なかぼし圭吾と好きな人を譲れるほど水樹と仲の良かった水樹の幼なじみの四条しじょう七海です。」


そう太希が2人を紹介する。


『余計な事まで言うな。』


そう圭吾と七海が声を合わせて太希に不満をぶつける。


そんな3人の仲のいい様子に華恋は微笑む。


そんな時、喫茶店の窓を叩く音がする。

その音に全員の視線が向く。


そこに居たのは1人男性だった。


「すいません。彼氏が迎えに来ましたので、私はこれで。」


そう言うと華恋は軽く頭を下げる。


「今日は本当にありがとうございました。」


そう言って太希は深く頭を下げる。


「いえいえ。山西やまにしさんの気持ちが少しでも楽になったなら、良かったです。」


そう華恋は優しく微笑む。


「はい。お陰様で。」


そう太希は明るい表情を見せる。


その表情を見て安心した華恋はもう1度、軽く頭を下げると店を出て行く。


残された太希達は窓から彼氏と仲良く帰る華恋を見送った。


「・・・オレ達も帰るか。」


そう太希が圭吾と七海に声をかける。


「ねぇ。彼女とどんな話をしたの?」


そう七海が尋ねる。


そんな七海に目線を向けると太希は悪い微笑みを見せる。


「秘密。」


そう言って太希はレジに向かう。


そんな太希の背中を七海は圭吾と一緒に見つめると2人で首を傾げ合う。



ー数分前ー


「幸せだったんですね。水樹さんは。」


そう太希の話を聞いた華恋は言う。


そんな華恋に太希は疑問の眼差しを向ける。


「だって、山西さんの話を聞いて想像する水樹さんはいつも笑顔だから。」


そう華恋に言われて太希が思い出すのは

大好きだった水樹の優しい微笑みだった。


「たった4ヶ月だけでも、山西さんと一緒に生活できて水樹さんは幸せだったと思いますよ。そりゃ、亡くなってしまった事は悲しいと思います。その事実は変わりません。でも、だからって楽しい思い出全部を悲しいものに変えちゃダメですよ。だって…思い出の中の水樹さんは幸せそうに笑ってるんですから。

その幸せは本物だから。だから…幸せのまま山西さんの心にしまってください。

そして、少しずつでいいので前を向いて歩いてください。私が水樹さんだったら、それを願うと思うから。」


そう華恋は真剣な眼差しと声で太希に伝える。



喫茶店を出ると雨は上がっていた。


「2人共、ありがとな。」


そう太希が後ろに居る圭吾と七海にお礼を言う。


「なんだよ、急に。気持ち悪いな。」


そう言いながら圭吾は太希の前を歩く。


「ど~か~ん。」


そう言って七海も圭吾の後を追う。


そんな2人の背中を見つめながら太希は軽く微笑むと歩き出す。


虹が綺麗にできた。目の前の道を。

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