タカギは特待生らしい

岡村

タカギは特待生

 「タカギ、特待生らしいで」

 四月二十日昼休み、中等部一年一組にこんな噂が広まった。どうやら、タカギは特待生を自慢し人を見下しているらしい。

 未だ出席番号順の教室を見渡すと、この噂で持ちきり、と言うわけでもないようだ。特に男子たちなど、もう昼食を食べ終わったのか教室の隅の方で馬鹿騒ぎしている。けれどタカギの周りを見てみると、いつもは三人ほどでつるんでいたはずなのに、今日は一人でひっそりとお弁当を食べていた。

「それほんまなん?」

「うん。タカギ本人がそう言うてたらしいねん」

 ユミは箸を指揮棒のように振り上げそう語った。ユミとは、席が隣だからと言う理由で昼食をともにしているが、気が強く大雑把なところがあり、私は苦手意識を持っていた。

「タカギってさあ、イキってるって言うか、なんか、偉そうやん?」

「うん」

「やっぱり特待生だからって、そうじゃないウチらのこと見下してんねん」

 タカギ本人が同じ教室に居るにもかかわらず、声をひそめることもなく、普段となんら変わりない口調で言ってみせた。「そうじゃないウチら」という言葉が少し気になったが、私はミユに同調する気もなく、箸を休めることなくお弁当を詰め込んだ。

「いっつもタカギとおったあの二人も、ちょっと付き合われへんって言うて二人で行動するようになってるわ」

「ヨネハラサンとナガイ以外は、もうみんな知ってんねん」

「ヨネハラサンもナガイも入学式の時、首席で代表挨拶してたから特待生なんやろな。お高く止まっててウチ嫌いやわ」

「てか、ナガイ今日も遅刻してたし。首席とは思われへんほど不真面目で、びっくりするわ」

 私が相槌もまともにうっていないことを、気にもとめないほど一人でぺらぺらと話している。いつもであれば、ちゃんと聞いてるの?と、逐一確認するのに、今日は違うらしい。

 私がお弁当を食べ終わった頃になっても、ミユは話す口が止まらず、お弁当は半分ほどしか進んでいない。手持ち無沙汰になり、不自然にならないように、ミユの話に耳を傾けながら、渦中のタカギを盗み見た。机の上は次の授業の教科書と筆箱が重ねて置いてあるだけで、タカギはもう席を立っており、教室を出て行くところだった。私はその後ろ姿がどうしても気になり、ミユの話を遮って「トイレ行ってくる」と言い、タカギを追いかけていた。

「タカギ、どこいくん」

 後ろから声をかけられ驚いたのか、綺麗にまとめられた少し高めのポニーテールが揺れる。タカギの顔は、思いのほかいつもと変わらず微笑を浮かべていた。

「食堂行こうと思って」

 食堂は高等部の校舎にあり教室からは少し遠い。この中途半端な時間から行くことは滅多にないはずだ。

「奇遇やな、私も行こうと思っててん。タカギは何買いに行くん?」

 なんとなく、ついて行くとは言いづらく嘘をついた。

「いや、特に買うもんはないんやけど、教室気まずくてさ」

「あー、なんか変な噂立ってるもんね」

「うん。特待生ってことやっぱ隠してた方がよかってんな」

 自虐気味に笑う。私ははその顔をみると居た堪れない気持ちになり、タカギには話してやろうと思った。

「実は、私も特待生やねん」

「え、そうなん?」

 思惑通りに、タカギは驚きつつも少し表情が明るくなった。

「うん。特待生って言っても、全額免除の方じゃなくて、半額の方やけど」

「ああ、そういえば特待生制度に種類あったね」

「その反応やと、タカギは全額免除なんや?」

 照れたように、タカギは顔を小さく縦に振った。

「でもさあ、タカギの噂聞いてる時、めっちゃ気まずくてさ。特待生じゃない私たちのこと見下してるって聞いた時は、私も特待やねんけどなって思いながら、でもほんまのこと言われへんし。めっちゃ笑い堪えるのキツかったわ!」

 少し大袈裟に言ってみせると、タカギは一瞬固まった後、手を叩いて笑った。

「そもそも、これって嫉妬やん?この学校自体、そんな賢いわけでもないし、大体は滑り止めか、特待生狙いのどっちかやろ?それで特待生に嫉妬してるってことは、ちょっと、なんか、かわいそうやわ」

 口を大きく開け、笑い声は無音に変わり、手はお腹を抑えている。笑いが落ち着き、あー、しんどい。と呟きながら目を拭ったあと、一つ咳払いをした。

「あー笑った。なんかありがとう」

「ううん。まあ、熱心に噂を吹聴して回ってるのも数人しかいないし、一週間もすればみんなわすれるでしょ。てかもう時間だから、教室戻ろう」

 タカギと一緒に教室に戻り、席についた後すぐにチャイムが鳴った。隣の席のユミが何か言いたそうな顔をしていたが、無視をしてその日を終えた。


 翌朝、登校し教室の扉を開くと、ミユの周りに人だかりができていた。

「おはよう。そんな集まってどうしたん?」

 声をかけるとクラスメイトが一斉に振り向き、私を睨んでいる。ミユが顔を覆い、タカギに慰められていた。

「え、ほんまににどうしたん?」

 少し沈黙が流れた後、ミユが椅子をギーッと鳴らしながら立ち上がった。

「あんた、特待生やってほんま?やっぱウチのこと馬鹿にしてたんや!」

 急いでタカギの方を見ると、顔を背けていて目が合わなかった。

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タカギは特待生らしい 岡村 @okamurayuki

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