第16話 魔女とジョー


 朝、目を覚ましたエレナは一階へと降りていく。

 食欲をそそる香りが鼻をくすぐる。

 エレナは元気よく一階にいるであろうジュリに声をかける。


「ジュリ、おはよう!」


 だが、その声に返事をする者はいない。

 

「主でしたら、テッド様と一緒にジョー様の元へと行かれましたよ」


 白銀の狼シリウスの言葉にジュリは目を見開く。


「え! あたしも起こしてくれれば良かったのに!」

「起こすのも気の毒だと主が。あぁ、朝食はそちらです」


 少々落ち込みつつ、エレナがテーブルに目を向けるとそこにはジュリの用意してくれた朝食が並ぶ。ふんわりとしたオムレツ、そこにかかったとろりとしたソース、新鮮な野菜は庭で採れたものだろう。

 鍋からは良い香りが漂ってくる。スープが用意されているのだろう。


「ジュリ……大好き!!」


 目を輝かせるエレナにシリウスも胸を張る。


「えぇ、主様は素晴らしい方なのです。あれは私がこの森で……」

「早くしないと冷めちゃうね! あたし、顔を洗ってくる!」


 シリウスによるジュリの自慢話を聞くこともなく、エレナはばたばたと洗面所へ向かう。

 その背中を見送ったシリウスは窓を見つめた。

 ジュリが今日、エレナと共に行かなかった理由はおそらく他にもある。

 

「主様は素晴らしい方なのですから……魔女様もきっと」


 小鍋からは良い香りが漂う。

 エレナのためにジュリが作ったスープ、慌ただしく作ったジュリの姿を思い起こし、シリウスは主の帰宅を静かに待とうと思うのだった。



*****



「おぉ、ジュリ。よく来たな」


 テッドと共にジョーの元へと訪れたジュリは、ケープコートのフードを外す。

 ハーフエルフも受け入れられると聞いていても、人の多い街中をフードなしで歩くことは今のジュリには難しいのだ。

 

「さて、テッド。お前さんに行ってほしい場所があってなぁ」

「え! 今、帰ってきたばかりじゃん!」

「あぁ、修行の道は険しいな。カインの家に注文を聞いてくるんだ。そのあとはパンを買って、その次はだな……」

「わ、わかった! じゃあ、行ってくる!」


 ジョーが次々と仕事を言いつけようとする途中で、テッドは慌てて家を飛び出していく。

 ジュリはジョーに何か言いたげに見つめるが、彼は気にした様子もなく沸かした湯でお茶を入れ始める。

 おそらく、ジョーは今日ジュリが来た意味を知っている。

 そのためにテッドに仕事を言いつけたのだろう。


「……魔女の部屋から手紙が出てきたんだ」

「そうか」

「あなたは私と出会う前から魔女を知っているんだろう? 彼女とはいつ出会ったんだ? あなたから見て彼女はどんな人だった?」


 こぽこぽとお湯をポットに注ぎながら、ジョーは少し首を傾げる。

 魔女とは自分にとってどんな人であっただろう。

 茶葉を蒸らしつつ、ジョーは静かにジュリに語り出すのだった。



*****



 優れた腕を持つ魔道具師ジョーは、港のある街リディルで店を構えた。

 港があり、人の出入りが多いこの街は新たな情報や知識、素材も入りやすい。

 また王都ではなく、地方から名を挙げたいと思う若いジョーの反抗心でもあった。

 仕事も順調、なんの問題もなく、しかし、どこか張り合いのない日々を過ごすジョーの元に一通の手紙が届く。

 

「金額は多い。文面も丁寧で問題ない。しかし、呼び出し場所が森ってのはどういうことだ?」


 呼び出された場所はリディルの森、人気のないあの場所への呼び出しは危険だと判断するのが普通である。

 しかし、ジョーはにやりと笑う。

 問題なく過ごす日々に刺激の足りなさを感じていたのだ。

 攻撃対応の魔道具を用意して、ジョーは森へと出かけたのだった。



「しっかし、誰も来ねぇな」


 森の入り口付近には誰も来ず、仕方なくジョーは森の中へと入っていく。

 しばらく歩いたジョーがふと目線を足元から前へ向けると、森の中に一人佇む者がいる。

 鬱蒼とした森の中、そこにだけ光が当たり、どこか神々しさも感じさせた。

 ケープコートを被った女性、良く見ると黒髪黒目である。

 ゆるやかになびく黒髪とこちらを見つめる黒い瞳に、ジョーは驚きで息を呑む。

 

「魔道具師ね。ついてきて」


 そう言うと女性はケープコートをひるがえし、ジョーに背中を向けて歩き出す。


「はあっ!? おいおい、名前くらい名乗るのが筋ってもんだろ!?」


 突然の登場に驚きつつも、ジョーは抗議の声を上げる。

 ジョーが魔道具師だと知っているこの女性は、彼を呼び出した張本人に間違いないだろう。

 そのことを告げずに着いてこいという女性にジョーは不満を持つ。

 しかし、くるりと顔をジョーに向けた女性は彼の態度にくすりと笑う。

 人とは異なる風貌をした彼女に普通に接してくる者は少ないのだ。


「私は魔女。皆、私をそう呼ぶから、あなたもそう呼ぶといいわ」

「……魔女?」


 ぽかんと口を開けて呟いたジョーだが、そんな彼を気にすることもなく魔女は歩いていく。その背中を慌ててジョーは追いかける。


 これがジョーと魔女の出会いであった。



 

 


 



 

 

 

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