第17話 魔女とジョー 2
突然現れた黒髪黒目の女性の後ろを着いて行くと、開けた場所があり、そこには古い家があった。
どうやらここに彼女は住み始めたらしい。
魔女という存在をジョーは知っていた。
数年前に王都に突然、聖女が現れた。同時に魔女も現れたと言うのだ。
不可思議な話だが、国中が当時その話で持ちきりであった。
(しかし、魔女って言うのはもっとこう危険な存在じゃねぇのか?)
前を行く女性は黒髪黒目という、この国周辺では滅多に見ない容姿であること以外、特におかしなところはない。
目や髪の色が目立たない色であったとしても、人目を引くだろうその風貌。
だからと言って、彼女が魔女という危険な存在には見えないのだ。
(そもそも魔女だの聖女だのって言うのも怪しいもんだ。王族やその周辺の奴らが何か企んでるんじゃねぇのか? いや、聖女は王都で評判か――じゃあ、魔女は? こいつはなんでリディルの街にいる?)
疑問ばかりが浮かぶジョー、そんな彼を気にした様子もなく、魔女は家へと歩みを進める。
魔女と名乗る女性はその扉を開け、ジョーにも中に入るよう促した。
ジョーもその指示に従い、家の中に入る。
「うわっ、おんぼろだな。本当にここに住んでんのか? あんた」
「えぇ、購入したんだけど修繕が必要で……そこで魔道具師のあなたに依頼したいのよ」
魔道具と言っても幅広い。そもそも魔道具を作れること自体、希少で価値があり、魔道具師は王都に集中する。
しかし、その多くは既存の物を同じように作る者たちばかりである。
だが、ジョーが違う。新たな魔道具を自身で考え、生み出すことが出来るのだ。
修繕を魔道具師に依頼する――奇妙な依頼に聞こえるが、目の前の女性は自身のことをそれだけ調べているのだとジョーは悟る。
「……あんたが俺の知る魔女なら不用心過ぎるだろ」
「あら、大丈夫よ」
ひゅっと何かが顔の横を通った感覚にジョーは視線を横に向ける。
ドアの前に立っていたジョー、その横には鋭い氷の刃が光る。
「私は攻撃魔法が得意なの」
溶けるように消えていく氷の刃、冷や汗をかきつつ、ジョーは魔女へと視線を移す。こちらを見つめる魔女は微笑みを浮かべているが、そんな彼女にジョーもまた口元を緩める。
その反応は彼女の予想外だったのだろう。黒い瞳が大きくなる。
「でもあんたはそれを望んでいない。だから俺を呼んだ――違うか?」
小さくため息をこぼし、視線を床に落とした魔女は腕を組む。
それは自身を守るかのようだとジョーには思えた。
「――私を追って王都から多くの魔術師や兵がここに来るかもしれない。あなたにはまず、ここを迷いの森にしてほしいのよ」
「……は?」
魔道具で家を修繕しろと言ったかと思えば、この森全体を迷いの森にしろと言う。一介の魔道具師にも魔術師にも出来ないことを目の前の女性はジョーに依頼しようとしているのだ。
彼女が王都にいた頃、優秀な者達がその周囲にいたせいなのだろう。
こちらを見つめる彼女の黒い瞳は、ジョーがそれらのことを出来ると信じて疑わないものだ。
(本気で俺に出来ると思ってんだな、この魔女は。王都の優れた魔術師でも魔道具師でも出来ないようなことが俺に出来ると)
一言発したものの沈黙していたジョーは次の瞬間、大きな声で笑い出す。
驚きに目を丸くする魔女に、ジョーは頷く。
「そりゃあ面白いな! 王都の魔術師も魔道具師も太刀打ちできない立派なもんを拵えてやるよ!」
「そう……よかったわ」
心底ほっとしたように魔女は微笑む。
安定しつつも、どこか退屈な日々を送っていたジョーに訪れた大きな依頼――それも人々が恐れる魔女からのものだ。
優れた攻撃魔法を見せる一方、どこか世間知らずの黒髪黒目の女性、通称「魔女」と魔道具師ジョーの出会いであった。
*****
「それから迷いの森にしてだな。あぁ、あとは部屋の改築だな。まずは新しい魔道具の設計から始めなきゃならんかった。まったく、人使いの荒い魔女だ」
そう言うジョーはどこか嬉しそうに魔女との思い出を語る。
「じゃあ、初めはずっと迷いの森だったのか?」
「迷いの森じゃなくなったのはあいつの亡くなる前、魔道具の設定を変えたからだよ。お前の未来のためにな」
「私の未来……」
きょとんと紫の瞳をこちらに向けるジュリの髪をわしゃわしゃと乱暴にジョーは撫でた。
「そのおかげでエレナと出会えただろう? こうして街にも降りて来られるようになった。あいつが未来に託した希望だよ」
ジョーの大きな手を振りほどかず、エレナは小さく頷いた。
「魔女の手紙には私の名前の由来があったんだ。ジュリ――受け止めて認める、そういう意味で名付けたそうだ」
「そうか……いい名前じゃねぇか」
少しはにかみながらも嬉しそうに伝えるその姿に、ジョーは目を細める。
魔女が倒れてから亡くなるまで、案じていたのはジュリのことだ。
ジュリの選択を魔女は受け入れた。
五十年前の状況ではジュリの安全を考えても最善の選択ではあった。
そしてそれがジュリの選択でもあったからだ。
「お、テッドが帰ってきたぞ。茶を飲んだら、送って貰え」
「わかった」
「いや、俺はまだわかってねぇけど! じいちゃん、人使い荒ぇよ」
「いいから、お前もこれを飲め。俺のだが、口はつけちゃいねぇからな」
そう言われて渋々椅子に腰かけたテッドはカップを手にする。
隣のジュリは魔女の話が聞けた満足感なのか、口元が緩んでいた。
「それでジュリ、魔女の手紙に俺のことはなにか書いてあったか?」
白髪の頭をわしゃわしゃと掻きながら、ジョーが尋ねる。
ジュリは首を傾げ、手紙の内容を思い出す。
「なにも書いていなかったな」
「……そうか」
ふぅと大きなため息をジョーは溢す。
想像通りの答えではあったのだが、どこかで期待する自分もいたのだ。
「まったく何年経ってもあいつには振り回されるばかりだな」
小さな呟きはジュリとテッドには聞こえない。
なにか話しながらお茶を飲むジュリの姿は魔女が望んだ未来の一部だろう。
長い歳月を経て、それが叶う。
魔女が未来に託した希望にジョーは満足そうに微笑むのだった。
*****
テッドに送られ、家に辿り着いたジュリはドアの前にいる者の姿に首を傾げる。
シリウスが待っていたのだ。自分の帰りが遅いのを案じたのかと思うジュリだが、無事帰った姿を見てもシリウスの表情は暗い。
そんなシリウスに近付くとなにやら奇妙な香りが漂ってくる。
「げ! この香りはエレナ? まさかエレナが……!」
「はい。そのまさかなのです……」
テッドはなにかを察したようで一気に顔が青ざめていく。
それを肯定するシリウスの表情も憂鬱なものだ。
「エレナ!? エレナになにかあったのか!?」
慌ててドアを開けるジュリ、すると奇妙な香りも一層強くなる。
「ジュリ! おかえりなさい! 今ね、晩御飯を作ってたんだよ!」
「そうか、だがこの香りはなんだ?」
嬉しそうにこちらを見て笑うエレナだが、その表情と異臭のちぐはぐさにジュリは目を瞬かせる。
後ろに立つテッドはげんなりとした表情に変わる。
「うわっ! やっぱりエレナが料理をしてたのか……!」
「はい。主のための張り切っておりまして、止めるわけにもいかず……」
「……ん? 今、俺シリウスと会話してる? え、喋るの?」
テッドは驚くがジュリとエレナはなんでもないことのように彼を見る。
「喋るぞ。シリウスは」
「喋るよ、シリウスは」
その返答に目を大きく見開くテッドだが、次に浮かべた表情はどこか安心したものに変わる。
「いや、疲れてんだわ俺。早く休んだ方がいいし、帰るから! あとは頼む!」
「あ、テッド? あれ、食べていかないのかな」
テッドの背中を見送るジュリとエレナだが、背中はどんどん遠くなっていく。
言い訳を思いつき、慌てて帰るテッド、その理由が本当にわからずにいるエレナ。人より鼻が利くため、ドアの外へと避難してきたシリウス。
目の前の光景のおかしさにジュリはつい吹き出してしまう。
「え、なんで笑ってるの?」
「いや、ありがたいことだと思ってな」
「ん? ごはんのこと?」
自分の帰りを待ち、おかえりと言ってくれる者がいること、料理を用意してくれていること――それはジュリの日々に久しくなかったことだ。
シリウス、テッド、ジョー、そしてエレナが側にいる。
共に分かち合う者が今ではいつも近くにいるのだ。
「友人――そういえば魔女の手紙にも書いてあったな。あれはもしかして、ジョーのことか……?」
「ジュリ、シリウス、寒くなるから入ったら?」
エレナの言葉に不安そうにシリウスがジュリを見つめる。
そんな様子にわかったと頷いて、ジュリはエレナに言う。
「よし、大丈夫だエレナ。私が作り直そう」
「え、やっぱり私って料理ダメそうかな?」
しゅんとしたエレナにジュリは笑う。
「いや、私の方が得意だからするだけだ。エレナはあれだ、力仕事が得意なんだろう?」
「う、うん! それなら大丈夫だよ!」
「一緒に暮らしているんだ。得意なことをお互いにすればいい」
「ジュリ―!」
飛びついてきたエレナの背を軽くぽんぽんと叩く。
シリウスもジュリの提案にホッとした表情を浮かべる。
ジュリが誰かと過ごす未来――魔女が願った光景がそこにあった。
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