第18話  黒い手袋と想い人 


 今日、ジュリとエレナの相談所に訪れた男性、フレッドの話は恋人へと贈る手袋の相談だ。


「いつも彼女は手袋をつけているから、それを贈ろうと思って……ずっと身に着けていてもらえるなんて素敵だろう? え、刺繍? 金色はどうだろう? 彼女、アイリスは金の髪をしていてね、それは美しいんだ!」


 ふんわりとした雰囲気の青年、フレッドは嬉しそうに恋人の話をする。

 男性の依頼者という事もあり、テッドも訪れているが、シリウスもテッドもこの青年に警戒する様子はない。


「ここはお悩み相談所だったよな?」

「うん。今のとこ、惚気しか聞いてないけどね」


 小声で会話するジュリとエレナだが、フレッドの話はまだ続く。


「僕なんかにはもったいない女性なんだよ、アイリスは。実は僕達は付き合ってまだ日が浅くてね……そんな彼女に初めての贈り物を選ぼうと思ったんだけど、もう悩みに悩んでね。それでここに辿り着いたんだ」


 目をキラキラと輝かせるフレッドは人の良さそうな顔で微笑む。

 ふわふわとした髪の毛をした青年は、どこかこちらを安心させる雰囲気を持っている。だが、その話は悩みなのかは判断に迷うところだ。

 けれど、人の思いはそれぞれ。周囲から見てどうかはさておき、彼にとっては重要な悩みであるのだろう。

 ジュリもそう感じたのか、頷いている。


「ふむ。こんな子どもと子どもに見えるだろう私に相談するとは、だいぶ思い悩んでいるのだな」

「ジュリ!?」

「安心しろ。こう見えて私はあなたより長く生きている」


 なぜか胸を張るジュリとそんなジュリに尊敬の眼差しを向けるフレッド、これでいいのかとエレナは小首を傾げる。

 エレナがちらりとテッドとシリウスを見ると、二人もまた小首を傾げていた。


「だが、なぜ手袋が失礼になるんだ? そんな文化でもこの国にはあるのか?」


 エレナとテッドは顔を見合わせる。

 この国アルランにもこの街リディルにもそんな考えは特にない。


「これから寒くなるし、いいんじゃないかな?」

「あぁ、俺もそう思う。黒なら特に好みに左右されないしさ」


 エレナとテッドの言葉ににこりと笑ったフレッドだが、その笑顔は寂し気なものである。

 穏やかで柔和な雰囲気であったテッド、その表情に陰りが出たことに、エレナは詳しく話を聞かねばと思うのだった。



*****


 

 「僕の恋人……っていうのは気恥ずかしいんだけど、彼女アイリスは家族で店を経営していてね、その手伝いを妹さんとしているんだ。二人で看板娘って言われているくらい仲がいい姉妹なんだよ」


 ふんふんと頷きながら、ジュリとテッドは青年の話を聞く。エレナは淹れたてのお茶をフレッドに勧めながらじっと聞いている。

 アイリスのことになると柔和な顔がさらに柔らかくなるフレッドだが、再び表情に影が落ちる。


「実は彼女は普段から手袋をつけていてね、それで贈り物も手袋がいいんじゃないかなって思ったんだ。装飾品は身に着けない子だし、いつも使って欲しいから」

「うん。良い考えだと思います! 手袋だと気兼ねなく受け取れるし」


 明るく賛同するエレナだが、確かにそう考えると日常品である手袋はなかなか良い贈り物だとジュリも思う。

 贈られた相手に負担なく、好みが大きく分かれない黒い手袋は彼女を気遣った贈り物に思えるのだ。

 

「実はね、彼女は幼い頃に妹さんを庇って左腕にやけどを負ったらしいんだ」

「…………!」


 ジュリもエレナも目を大きく開く。なんと言って良いのかと目を伏せるエレナと、ただじっとフレッドの次の言葉を待つジュリ。

 姿勢は異なるが自分の思いに誠実に向き合おうとする二人にフレッドは少し安心する。この小さな相談相手は適当な言葉で慰めることはないのだ。


「初めはね、手袋はおしゃれだとばかり思っていたんだ。でも、この事実を知ってさらに僕はアイリスを素敵だと感じたし、それを彼女にも伝えたんだ――でも、それからなんだかぎくしゃくしてしまってね」

「え、どうして?」

「わからない。ただ、なんだか彼女との間に距離が出来たような気がするんだよ。人に言えば気のせいだって言われるけれどね。おまけに彼女と妹さんもどこかちぐはぐな印象になったんだ」


 本当に理由がわからないのだろう。フレッドはすっかり困惑した様子だ。

 確かにジュリとエレナも彼の話を聞いて、姉妹の関係や態度が変わったと言うのには不思議である。

 フレッドの態度や言葉に失礼があったようにも思えない。

 まだ会ったばかりだが、彼の言葉には真実味がある。なにより、恋人アイリスを想う気持ちは十分に伝わってくるのだ。

 周囲の人は気のせいだというほどの違和感、それをフレッドは気付いているのではないか。ジュリにはそう思えた。


「しかし、理由を尋ねるわけにもいかないだろう? 元々、交際の記念に手袋を贈ろうと思っていたんだけど、すっかり自信がなくなってしまって君達に相談しに来たんだ」


 火傷のあとを隠すための手袋を贈れば、彼女を傷付けることになるのではとフレッドは考えているのだ。

 感じ方は人それぞれ、デリケートな事情を抱えるアイリスを傷付けかねないというフレッドの考えももっともだ。


「でも、お店で働く彼女がいつもつけてる手袋は汚れていてね。可愛らしいものや上品なものをつけたら……なんて思ってしまうんだ。何より、いつも着けれるものっていいとね。でも、やっぱり違うものがいいのかな……仕事だとエプロンとかさ」


 一方で手袋を贈りたいというフレッドの気持ちはアイリスを想い、慈しむものである。アイリスが日々、身に着ける手袋をより良いものにしたい――純粋な愛情からのものだろう。

 しかし、アイリスの気持ちがわからない以上、フレッドが躊躇するのも当然だ。

 その躊躇う気持ちもまた、フレッドの優しさと愛情である。


「ふむ。私達にも判断がつかないところだな」

「……そうだよね。でも、話を聞いてくれただけで少し気持ちが楽になったよ。ありがとう、二人とも」

「待ってください! まだ話は終わってません! ねぇ、ジュリ?」


 礼を言って、帰り支度をし始めるフレッドを慌ててエレナが引き留める。

 ただ話を聞くだけではお悩み相談所とは言えない。

 それにフレッドには伝えることは出来ないが、付与の力だってジュリにはある。もっと情報があれば、なにか力になれることもあるかもしれないのだ。


「あぁ。もう少し時間をくれないか?」

「も、もちろんだよ! 僕としては真面目に話を聞いてくれただけで充分助かったんだから!」


 その言葉は本心からなのだろう。

 話を始めた当初より、フレッドの表情は明るい。

 誰かに話を聞いて貰うことで、少し気が楽になったようだ。

 礼を何度も言ってフレッドは二人の相談所を後にするのだった。


 

「手袋を贈るのは失礼になるのだろうか? 二人はどう思う?」


 ジュリの質問にエレナとテッドは顔を見合わせる。

 個人の感覚や、フレッドとアイリスの関係性によるとしか言えない部分が大きい。


「俺はいいんじゃないかって思うんだけどさ。形に残る物を贈りたい、そのうえで普段相手が身に付けられるものっていうのはそう悪いセンスじゃないだろ?」

「装飾品をつけないって言ってたしね。でも、やけどのあとを気にしているなら傷付く可能性も当然あるし……うーん、むずかしいね」


 ジュリにはどちらの意見も間違っているとは思えない。

 だからこそ、フレッドは悩んでいたのだろう。

 しかし、ジュリはもう一つ気になっていることがある。


「贈り物もそうだが、やけどを負ったきっかけに触れて以来、アイリスと距離感を感じると言うのも気になるところだな」

「あ、そうだよね。知られたくなかったとか?」

「……俺、あの人の恋人アイリスさん知ってるかも」

「え、本当?」


 テッドの言葉にエレナもジュリも彼に注目する。

 少し眉を下げて、テッドは頷いた。


「うん。家族でやってる雑貨店みたいなとこで姉妹で店頭に立ってるんだけど、一人はいつも手袋をつけてるよ。フレッドさんが言ったとおり、髪は金色で優しそうな雰囲気の人だった」

「わぁ、じゃあきっとお似合いの二人なんだろうなぁ」

「こらこら。エレナ、話がずれて来てるぞ。やはり、もう少し情報が欲しい。テッド、ジョーにそう言ってみてくれないか」

「おう! 了解!」


 彼女の人となりなどもう少し情報があれば、贈る物が手袋で良いのか、またどんな付与がいいか、よりはっきりとしたイメージが出来るだろう。

 フレッドとアイリス、アイリスとその妹の関係に生まれた違和感というものも、彼の気のせいでないのならば重要な意味を持つ。

 まだ始まったばかりの相談所だが、エレナもジュリも真剣に依頼者に向き合っているのだ。

 テッドは言われた通り、情報が欲しいということと同時に二人の姿勢もジョーに伝えねばと思うのだった。



 

 

 




 



 

 







 

 



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