第19話 黒い手袋と想い人 2
「この辺であってるのか? テッド」
「おう! この角を曲がったあたりだよ。ほら、だんだん店も増えてきただろ?」
テッドの案内でジュリとエレナは街を歩く。
依頼者フレッドの恋人アイリスの様子を見るためだ。
ジョーにアイリスの情報を求めたところ、自分達の目と耳で確かめてこい、そう言われたのだ。
「恋人が違和感があるのなら、それなりの理由は何かしらあるものだ――か。ジョーじいさん、まるで色恋に詳しいかのような言いぶりだったな」
そう言うジュリの隣には今日はシリウスはいない。
ジュリよりもシリウスの方が人目を引いてしまうため、今日はお休みである。
「俺は昔はそれなりにもてたんだーってよく言ってるよ?」
「自分で言っているんだろ? 信じられるか?」
「あ! テッドったら。ジョーじいちゃんに言っちゃうよ!」
「バカ! 言うなよ。ほら、店見えてきたぞ!」
様々な店が並ぶ通りに、二人の女性の姿が見える。
一人は金色の髪をした活発そうな少女、もう一人は同じ色の長い髪をまとめた穏やかそうな女性である。その両腕には手袋をしているのがわかる。
この女性がフレッドの恋人アイリスであろう。
「二人とも感じがいいな。ほら、お客さんも笑顔になってる」
「本当だね! ……でも、フレッドさんが言ってたのも当たってるのかも」
にこやかに接客をする二人の姿だが、姉妹の間にはどこかぎこちない雰囲気が漂う。その様子を店の奥にいる男女が、仕事をしながらもどこか案ずるように気にかけている。おそらく、二人の父母だろう。
「フレッドさんの感じていた違和感も事実みたいだな。よし、二人とも行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってジュリ! いい? 相談所のことも、フレッドさんのことも絶対に話しちゃダメなんだからね!」
「そうそう、守秘義務! ってジョーじいちゃんが言ってたもんな!」
二人の心配をよそに、ジュリは店へと向かっている。その背中を追いかけ、エレナとテッドも店へと向かうのであった。
実用的な雑貨が並ぶ店先では、二人の少女が客に丁寧な接客をしている。
客の話を聞いて、それに合うものを見繕っているのだ。
納得したように頷いて、一人の客がそれを購入するとフレッドの恋人アイリスが笑顔を浮かべて、商品を包むために店の奥へと向かう。
じっとその様子を見つめていたジュリ達にその客が笑顔を向けた。
「あら、おつかい? ここはね、お手頃な良いものを揃えているし、なにより姉妹の接客が感じがいいのよ。二人とも仲が良いし、看板娘って評判なんだから……ねぇ、リリーちゃん!」
アイリスの妹なのだろう。リリーと呼ばれた少女は、その言葉に動揺したようで目を泳がせる。商品を包んでこちらへと来たアイリスも、その姿に気付いたらしく気まずそうに目を伏せた。
しかし、アイリスはすぐ待っていた客に穏やかな笑顔を向け、商品を手渡す。
ジュリ達に笑顔を浮かべ、女性客は立ち去った。
残された姉妹の間には気まずい沈黙が流れる。
「わ、私、ニコラスさんのとこに行ってくるね! ほら、注文とか聞いてくるよ!」
「待って、リリー!」
アイリスの呼び声に立ち止まることなく、リリーは足早にかけていく。
その背中を見たジュリが一言呟いた。
「よし、追うぞ」
「え! ジュリ!?」
「おい、狩りじゃねぇんだぞ!」
走り出した妹リリーを追いかけ、バタバタと走り出した三人の子ども達――その背中をアイリスとその両親は見つめる。
両親は驚きの表情を浮かべ、アイリスは妹リリーの背中を悲し気な表情で見つめ、小さく深いため息をこぼすのだった。
「な、なんで君達までついてくるの?」
はぁはぁと息をつきながら、リリーは尋ねる。
気まずさに家を飛び出したものの、なぜか見知らぬ子どもたちまでついてきたのだから無理もない。
一方、エレナとテッドはリリーの言葉に顔を見合わせてしまう。
ジュリが走ったので慌てて追いかけてきたものの、なんの言葉も用意していなかったのだ。
「手袋のことで話を聞きたいんだ」
「ジュリ!? 言ったでしょ? フレッドさんの話はしないって!」
「いや、私はアイリスさんの手袋の好みを聞こうとだな……」
「あ……!!」
慌てて口を押えたエレナだがもう遅い。
隣のテッドは自分の額を押さえつつ、エレナの肩に手をぽんと置く。
エレナの言葉でリリーの顔からはサッと血の気が引いていく。
ポロポロと涙まで零れ落ち、リリーは自身の顔を手で覆った。
「私のせいで姉さんが……!」
突然の涙に驚きつつも、三人は静かにリリーの言葉に耳を傾けるのだった。
*****
「姉さんが火傷をしたのは私をかばったせいなのよ」
少し落ち着き始めたリリーはぽつりぽつりと話し出す。
一つ路地を入ると喧噪は聞こえるが、人の行き来はあまりない。
広めの路地は丁寧に掃除されていることから、普段からこの辺りに住む人々の抜け道となっているのだろう。
置かれた木の板に座るリリー、その隣にエレナが座り、向かいにジュリとテッドが立つ。
「このまえ、姉さんは恋人のフレッドさんにその話をされたの。彼はそのことを褒めていたけど、姉は複雑そうな表情だったわ。そうよね、気にしていることに触れられたんだもの」
悲し気に目を伏せるリリーにエレナもテッドも何も言えない。
フレッドは本心からアイリスの行いと心に感動し、称賛したのだろうが、そう言われたアイリスが素直に喜べたかはわからない。
彼が感じていた気まずさや微妙な距離感はたしかにあったのだろう。
しかし、一方でエレナは先程のアイリスの様子を思い出す。
アイリスは妹のリリーを案じていたようにエレナには見えたのだ。
「――それは本当のことか?」
「え? どういうこと?」
突然の言葉にリリーは顔を上げ、声の主を見つめる。
三人の子ども達の中で、一番幼く見える少女が紫の瞳でこちらをじっと見つめていた。神秘的なその瞳をリリーはただ見つめ返す。
「本人の気持ちを勝手に推測していても仕方ないだろう」
「だって……それから、姉さんとは気まずいのよ?」
「あなたの態度が原因かもしれないだろう?」
「…………だけど」
ジュリの言葉にリリーは目を逸らす。
たしかにジュリの言う通り、気まずさを感じているのはリリーも同じことだ。
姉が褒められるのはなによりも嬉しい。
リリーにとってアイリスは自慢の姉なのだ。
しかし、その姉が手袋をつける理由――それは自分自身に責任があるとリリーは考えている。
あの一件から、リリーはどう姉に接していいのかわからないのだ。
気付けば姉やフレッドを避けている自分がいる。
「直接本人に聞いてみたらどうだ?」
「ジュリ!?」
慌てるエレナだが、ジュリの言葉はまだ続く。
「ほら、当たって砕けろと言うだろう?」
「そんな言葉聞いたことないし、砕けたくはないわ」
「む、知らないのか?」
エレナとテッドを見るジュリだが、二人も首を振る。そんな言葉は二人とも初めて聞いた。
どうやら魔女独自の言葉だったらしいと悟るジュリだが、意見を変えることはない。姉であるアイリスを避けるリリーの姿を父母は知っている様子だった。
なにより、アイリス自身がそんな妹を気にかけていたようにジュリの目には映ったのだ。
「直接聞くのが一番早いだろうな。時間をかければ、元の関係に戻ることもあるだろうが、その間二人とも、いや周囲の人も心を痛めるのだから」
ジュリの言葉はもっともだ。
先程の姉アイリス、そして父母の姿からは気遣う様子が見えた。
妹であるリリーに負の感情を抱いているようにはどうしても見えない。
それならば、早いうちに解決できるのではと思えるのだ。
しかし、当事者となれば話は異なる。
リリーは再び涙を溢し、首を横に振った。
「嫌なのよ、我儘だってわかってる。私の責任だってずっと思ってきたわ。でも、姉さんにそれを言われたら私……どうしていいのかわからない。だって私、姉さんのことが好きだもの」
姉を慕うからこそ、その姉から拒絶の言葉を聞くのが怖い。
リリーは昔からずっと心のどこかで自分を責めてきたのだろう。
なんと言葉をかけてよいのかわからず、ジュリとテッドは沈黙する。
涙を溢すリリーの背中を、エレナは優しくさすることしか出来ないのだった。
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