第9話 ジュリとエレナのお悩み相談所


 つま先立ちで背伸びをしながら壁にポスターを貼るエレナだが、少し斜めになってしまう。それでも本人は満足そうに手を腰に当てて、ポスターを見ている。

 そんな様子にくすりと笑いながら、女性が声をかけた。


「綺麗な文字ね。『ジュリとエレナのお悩み相談所』……あら、おちびちゃんが話を聞いてくれるの?」

「あたしも話を聞くけど、ジュリが店長、店主になるのかな。マリーさんも来ていいよ! あ、もちろん、あたしにならいつでも相談していいからね! お仕事じゃなく話を聞くからさ」


 エレナは振り返るとにかっと笑う。

 マリーと呼ばれた女性もまたくすりと微笑む。

 小さなときから知っているため、マリーはエレナを『おちびちゃん』と呼ぶ。

 ガウンを羽織ったマリーはこの街リディルで一番大きな酒場ロルマリタの歌姫だ。寝泊りはこの酒場の二階でしている。マリーは寝起きなのか短めの金色の髪はところどころ跳ねていた。

 

「じゃあ、あたしはこれで。ポスター、他にも貼らなきゃいけないから!」

「えぇ、気をつけてね」


 元気に駆けていくエレナの後姿に手を振ると、マリーは不思議なポスターをしげしげと見る。手書きのこのポスターをリリアは街の他の場所にも貼るつもりらしい。

 『ジュリとエレナのお悩み相談所 ~あなたのお守り作ります~』まだ拙いところもあるが、丁寧に書かれた文字と誠実さが伝わる文面にマリーの口元もほころぶ。

 

「あぁ、連絡先はジョーさんなのね。それならここに貼ったままでも大丈夫だわ」


 酒場の客は常連も多い。気のいい者が多いが、冒険者や商人も多く集まるこの街で全ての客が善人かなど判断できない。

 二人の安全のため、剥がすことも考えたマリーだが、ジョーの名前に安心したのかあくびを一つする。

 再び二階へと戻っていくマリ―、酒場には不似合いな可愛らしいポスターが壁に残された。


 一方、エレナはポスターが入ったカゴを背に、元気に街を駆けていく。

 酒場以外にも貼りたい場所はたくさんある。

 食堂、集会所、ギルドにも貼って良いとジョーは言う。どうやらジョーが許可を取ってくれたらしい。


「お悩み相談所、来てくれる人いるかな……!」


 弾むように駆けていくエレナ、背負ったカゴの中で巻かれたポスターが揺れる。

 これから始まっていく日々に、エレナもまた今までにない希望を抱いていた。



*****

 

 一仕事終え、ジュリの元へと帰ったエレナは椅子に座ると香りのよいスープを木のスプーンで掬う。

 ジュリがエレナが帰ってくれる時間に合わせて作ってくれたのだ。

 その優しさとスープの味わいに、自然とエレナの顔には笑みが浮かぶ。

 そんなエレナだが、ジュリとシリウスはリビングのローテーブルの上に乗せたポスターをまじまじと見つめていた。


『ジュリとエレナのお悩み相談所~あなたのお守り作ります!~』そう大きく書かれた以外にも、刺繍して欲しいものを持ってくることや刺繍の内容で値段が変わることなどが書かれている。

 価格の違いは実際には刺繍の値段に寄るものではない。付与の力がどこまで確実か未知数なところがあるからだ。

 そこで刺繍のお守りとお悩み相談とすることで、客から不満などが出ないように配慮しているのだ。

 ジョーの思い付きではあったが、どんな付与が必要かは本人の話を聞く必要がある。そういった点からもお悩み相談と付与は相性がいい。

 お守りが付与の力を知られないためのカモフラージュともなるのだ。


「付与の力を知らせなくても、誰かの願いを助ける手伝いになる……なんだか格好良いし、素敵だよね! ジュリにとっても人の考えや気持ちを知るいい機会になるし! ねぇ、ジュリ」


 もうスープをたいらげたエレナが嬉しそうにジュリを見るが、ジュリの方はそわそわと落ち着かない。

 ポスターを街中に貼り、いよいよ新たなことが始まるのだという緊張感からである。シリウスが心配そうにジュリを見る。

 そんなジュリに二杯目のスープを皿に盛ったエレナは、もぐもぐと口を動かしつつも話しかける。


「あ、このあと他にお仕事ない? やっぱ力仕事なんだよなー、あたしに向くの。運んでほしい荷物とかあったらすぐ言ってね! ここに置いて貰う以上、ちゃんとお給金分の働き、いや、それ以上したいんだ!」

「な、なんでそんなに落ち着いていられるんだ!」

「ん? 何の話?」

 

 きょとんとした表情でこちらを見るエレナだが、ジュリの心は今、緊張と不安の真っ只中にある。

 数日前にエレナはここに引っ越してきた。エレナと共に働くのなら、その方が利便性が良いことと、お互いの安全を考慮してだ。

 エレナはジュリに雇われる形になり、給与は魔女の残した資金から払われる。

 相談所を始める資金も、魔女が残したものを使い、今後は依頼料を中心にしていく予定だ。

 ここで暮らすため、給与は少しでいいと言うエレナの持って来た荷物が少ないことにもジュリは驚いた。今までは同じように働く女性達と暮らしてきたエレナ、そのため、初めての自分の部屋にもはしゃいでいた。

 一方、ジュリはエレナ達以外の人と初めてかかわること、仕事というもの自体が初めてのため、落ち着かぬ日々を過ごしているのだ。


「だって、今日は来ないよ。手紙かジョーじいちゃんが本人に会って仕事を受けるか決めるんだって。それをテッドが魔道具か、ここに来てあたし達に知らせる予定だもん」

「……あぁ、そうだったな。少々私が考え過ぎていたようだ」


 来るべき日の前に、あらためて考えればいいのだと自分の気持ちをジュリは落ち着かせる。

 不安になる自分の気を楽にしようと、エレナはこのように振舞ってくれているのだろう。そう思うとジュリは自分も食事を摂ろうとスープをよそい、エレナの前に座る。シリウスも安心したようにリビングのラグに丸くなった。

 

「うん、それでね、明日来るんだって。さっき、街で会ったテッドが言ってた!」

「そ、それを早く言え! そ、掃除か? よし、掃除からだな。エレナ、早く食事を済ませるんだ!」

「えー、せっかくだし味わおうよ。ジュリの料理、本当に美味しいんだもん!」

「ほ、本当か? わかった、味わいつつ素早く食べるんだ!」

「うん、わかった!」


 本当は三杯目のスープを食べたいところだが、エレナはぐっと我慢をする。

 一方、ジュリはエレナの言葉に嬉しそうに口元を緩める。

 料理は自分のためのものだった。生きていくのに必要だったのだ。

 しかし、今はその料理を「美味しい」と言い、共に食べることが出来る。

 五十年ぶりに始まったその日々は、ジュリに喜びを与えていた。

 少し体を起こし、二人のやり取りを見つめていたシリウスだが、ジュリの表情にゆらりとしっぽを揺らした。


 

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