第8話 ジュリの選択


「じゃあ、じゃあ、これからもあたしはジュリと一緒にいていいんだよね? 会えるんだよね!?」

「あ、あぁ、そうなるだろう」

「ジュリ―! 嬉しい!」

「わ、ちょっと待て、く、苦しい。苦しいだろう!」


 翌日、訪ねて来たジョー達にジュリが昨晩考え、決めた思いを伝えるとジュリが急に抱きついてくる。力の強いエレナにぎゅっと抱きしめられ、慌てるジュリだが、実際にはさほど苦しいわけではない。 

 驚きと戸惑い、気恥ずかしさが理由である。

 誰かに抱き締められることなど、五十年ぶりであったのだ。


「じゃあ、魔道具はこのままでいいんだな」

「あぁ、人が来てくれないようじゃ困るんだ」

「え、知らない人が来たらジュリさん困るんじゃないか?」


 テッドはジュリの言葉に首を傾げるが、それも当然のことだ。

 エレナとジョーは、ジュリの意志を確かめるように彼女を見つめる。

 そんな三人にジュリは少し目を伏せて考えた後、視線を彼らに向けた。その紫の瞳にははっきりとした意思が宿る。


「一晩、考えて決めたんだ。私には今、付与の力がある――それを誰かのために使いたいんだ。もちろん、誰かに利用させるつもりはない。だが、それを恐れて自分の力を眠らせる気もない」


 エレナと出会い、ジュリの意識は変わっていった。

 しかし、今後他の人々とかかわっていくという決断はすぐには出来ずにいた。

 そんなジュリの心を魔女の残した手紙が後押しした。

 このまま、森で一人でシリウスと生きていくことも可能だ。

 だが、めばえた付与の力を眠らせることも、エレナと二度と会わない選択も魔女の思いを知った今のジュリは選ばない。


「付与の力がどの程度のものなのかはまだ未知数だ。でも、私はもう決めた。どうかそれに協力してくれないか」

「素敵! あたしは絶対協力するからね!」


 ジュリの言葉に目を輝かせて賛同するエレナだが、ジョーは目を大きく見開く。

 ハーフエルフであるジュリに、付与の力があるなど初耳である。

 通常、ハーフエルフは魔力を持たない。それがエルフから忌まれ、同時に彼ら自身の身を守ることを困難にさせている。

 しかし、ジュリは自らに付与という特殊な力があると言う。

 ハーフエルフに魔力があることもだが、付与という希少な能力を持つことにもジョーとテッドは戸惑う。


「どういうことだ、一体……お前さんはハーフエルフだろう?」

「私にもわからない。弱っていたこの子に名を付けたとき、この子を思って刺した刺繍が光って、再びこうして元気になったんだ」

「うん! あたしも見てた! 凄かったんだよ、ジュリの力」


 深緑のスカーフを首元につけた白銀の狼シリウスがどこか誇らしげに胸を張る。

 そのスカーフには少々不慣れな刺繍が刺してあるが、それが付与の力と関係しているとジュリもエレナも言うのだ。

 顎に手を置き、真剣な表情でジュリとエレナをジョーは見つめる。

 その様子から、二人が嘘を言っているようには見えない。ハーフエルフに魔力がある――それも付与という特殊な能力という驚くべき事態にジョーは頭をフル回転させた。


「付与、いやそのまえに魔力があるってことだよな。ハーフエルフには……まて、狼に名を付けた――名付け、そうか、名付けか……!」


 ジュリとエレナを交互に見たあと、下を向いてぶつぶつとジョーはなにか呟いていたが、突然はっとした様子で顔を上げる。

 なにかわかったのかとジュリ達三人はジョーが発する言葉を待つ。


「よし、わかった! 俺も協力してやる。お前たちだけじゃ、不安でしょうがないからな。だが、いいか。付与の力を決して他の奴らに知らせるなよ。国や教会に捉まったら最後、一生利用されるからな!」


 協力すると言うジョーに喜んだエレナが抱きつく。わしゃわしゃとエレナの髪を撫でて豪快に笑うジョーとエレナはまるで祖父と孫のようだ。その隣で心配そうな表情を浮かべたテッドが言う。

 

「じゃあどうするんだ? バレずに付与の力を使うことなんて出来るのか?」


 テッドの不安は当然のものだ。

 森の中で暮らす一人で暮らすジュリ、狼や魔道具があっても身の危険がないと言い切れない。テッドもエレナも大人であるジョーに助けられながら暮らしてきた。

 そんなテッドは幼く見えるジュリを案じているのだ。


「そうだな……お守りなんてどうだ? ジュリ、お前さんは刺繍と付与がかかわっているんだろう? うん……お悩み相談所だな。悩みを相談してなにかに刺繍を刺してやればいい。そうすれば、付与だとは気付かれないだろ? な、名案だ!」

「うん、名案だね! ジュリが相談所を開いて、困ってる人に付与のお守りを作ってあげる――すっごく楽しそう!」

「悩み相談……!? そんなこと私に出来るだろうか……?」


 名案が浮かんだと盛り上がるジョーとエレナだが、今度はジュリが目を大きく見開く。

 今まで人とかかわりを持たずに生きてきた自分に、人の悩みや話にどう耳を傾けていいのかと不安に思うのは当然のことだ。

 しかし、そんなことはジョーも織り込み済みだったようで、にかっと笑うと抱き着いていたエレナの肩に手を置き、ジュリの方へと振り向かせた。

 

「ほら、それならこいつがいるだろう。エレナと一緒にやればいい。いいな、あくまで表面上は相談所だぞ? 子ども二人がやってる相談所だ。冷やかしも多いだろうから、連絡先は俺のところにすりゃいい。俺が吟味した相談だけ回せばそんなに危険なこともないだろうからな」

「うわ、なんか格好いいな! 俺も何かあったら手伝うな、エレナ」

「うん! ありがとう。ジョーじいちゃん、テッド」


 自分が良いと言う前にどんどん進んでいくことに、面食らうジュリだが、不思議とそれは不快ではない。

 むしろ自分の決意がすんなりと受け入れられたこと、協力してくれると言う皆の姿に強い安心感を抱く。

 隣にいるシリウスがジュリの手を舐める。

 視線をシリウスに向けたジュリはふっと微笑んだ。

 それはシリウスにも今までに見せたことがない、柔らかな微笑みだ。


 森の中に風が吹く。空を見上げれば、澄んで青く遠い。

 賑やかにこれからを話し合うエレナ達の姿に、魔女の手紙をジュリは思い出す。

 これから始まるであろう日々に少し緊張しつつ、新たなことが始まっていく高揚、そしてそれを共有してくれる人々がいる。

 

 四半世紀を生きてきたハーフエルフ、ジュリの新たな日々が、今始まろうとしていた。


 

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