第6話 魔道具の秘密

「で、修理を頼みたい魔道具っていうのは――あぁ、これだな」


 ジュリに案内された部屋には魔道具が溢れている。

 そのなかで一目で問題の魔道具がわかるほど、ジョーは魔道具師としての腕が良いのだろう。

 テッドとエレナはその数の多さにきょろきょろと部屋を見回しているが、ジョーは腰に付けた小さな巾着を外し、目的の魔道具の前に立つ。

 部屋の中には幾つかのモニターのようなものや、キラキラと輝く魔道具もあるが、ジョーは迷いなくそれの前に歩みを進めた。

 

「あぁ、多分それじゃないかと思うんだ。これだけ、何の魔道具なのかわからない。時計だと思っていたんだが違うみたいなんだ」

「大きな振り子時計に見えるけど違うの?」


 エレナの言う通り、木製の大きな振り子時計に見えるのだがジョーは首を振る。彼はこれがどんな魔道具かを知っているのだ。

 その魔道具に触れ、様子を確かめていたジョーは断言する。


「これか……ダメだな、もう」

「そんなに壊れているのか?」

 

 なんの魔道具かはわからないものの、どれも魔女から譲り受けた貴重なものである。ジュリが心配そうに尋ねるが、ジョーは再び首を振る。

 そして、彼が口にしたのはジュリにとって予想外の言葉だ。


「いや、違う。こうなる仕様なんだ」

「え、そもそも故障するように出来ているってこと?」

「じいちゃんでも直せないのか?」


 ジョーの腕を信頼しているのだろう。エレナもテッドも驚きの声を上げる。

 ジュリもまた、ジョーの発言に首を傾げる。

 魔女の魔道具は彼女の死後も故障などすることはなく、ジュリの生活を助けてくれていた。

 それがここに来て不具合を起こし、またそうなる仕様になっているというのはジュリには奇妙に思えたのだ。

 そんなジュリに複雑そうに微笑むとジョーは頷く。


「魔女がかけた呪い、いや願いみたいなもんだな」

 

 そう言って部屋を見回すジョーはどこか懐かしそうな、過去を思い出すかのような表情を浮かべる。

 しかし、ジョーの口にした言葉にジュリは驚きで目を見開いたままだ。

 彼の言葉が意味しているのは魔道具の不調には意味があるということ、それが魔女によってもたらされたものだということなのだから。


「じいちゃん、さっきから魔女ってなんの話だよ?」

「――昔、ここには魔女が住んでいたんだ。豊かな黒髪と黒曜石のような瞳を持った、ちょっと風変わりな魔女がな」


 その言いぶりから、やはりジョーは魔女を知っているのだとジュリは確信する。

 だが、テッドとエレナは困惑したようにジョーを見つめた。

 この国アルランでは魔女は昔、他国より訪れた魔法を使える存在だと言い伝えられてきた。聖女と相反する存在であり、お伽話や教会で宗教画として知ることはあっても、実在するとは思えない。

 そんな事情を魔女本人から聞いていたジュリは、エレナにも魔女の存在は口にせずにいた。


「――あなたは魔女のことを知っているのだな」

「まぁ、それなりにな」

 

 意味ありげなジョーの言葉に、ジュリは緊張感を持ちつつじっと彼を見つめるが、一方のジョーはどこか労わるような優しい眼差しをジュリに注ぐ。

 少々その視線にムッとしながらもジュリはジョーに尋ねる。


「それで、あなたが言う魔女の呪いだか願いとはなんなのだ」


 ジュリが知る魔女は厳しくも温かな人であった。彼女がジュリと名付け、生きていく知恵を授けてくれたからこそ今のジュリがいる。

 そんな彼女が魔道具に何を託したのかは当然気になる。

 真剣な眼差しに変わったジュリに、ジョーは少し口元を緩めながら話しだした。


「――この森は深くこの家まで辿り着ける者はいない。お前さんはそう思っていたんだろう。それは魔道具が見せている幻惑だ。実際はこの森はリディルの街からそこまで離れてはいないんだよ」

「! ……では魔道具の故障で、この森と街が近付いたわけではないのだな」


 驚きつつも、現状をすぐに理解するジュリにはやはり長く生きてきた経験があるのだとジョーは感じる。エレナとテッドは魔道具でそのような大きな幻惑を生みだせるのかと戸惑いの表情を浮かべている。

 二人の認識ではここは浅い森だと思っていたのだ。

 そのため、エレナも食料探しに気軽に足を踏み入れてしまった。

 

「あぁ、そうだ。ある程度のところまでしか、入れないように魔道具の力で惑わせているんだ。それでも奥に進もうとすれば、同じ道を何度も迷うことになる。知能が高い生き物には効くから、人もエルフも余程のことがなければこの家までは辿りつけない――まさか、エレナがこの森にいたとは」

「ご、ごめんなさい……」

「この森を浅いって言う人と深くて迷ったって言う人がいるのは魔道具のせいだったのか……エレナ、ここを迷いの森って言う人もいるんだからな!」


 首を竦めるエレナの姿にジュリはくすりと笑う。

 ジョーとテッドの言いぶりや眼差しからはエレナを案じる思いが伝わってきたからだ。

 異常が起きつつあるその森に二人はエレナの頼みで足を踏み入れた――エレナの言っていた通り、信頼できる人物なのだろう。

 しかし、彼の話を聞く程にジュリの中ではある疑問が浮かんでくる――魔女のこともこの魔道具のことも、ジョーは詳しすぎるのだ。


「――だがなぜ、あなたがそのようなことを知っているのだ?」


 ジュリの言葉に室内には緊張感が満ちる。口にはしなかったが、エレナもテッドも同じ疑問を抱いていたようだ。

 そんな空気に気付いているのか、ジョーはちらりとジュリを見ると肩を竦めた。


「そりゃ、この魔道具を作ったのが俺だからだな。あいつが……魔女と呼ばれた女性が依頼したものだ」


 思い切って口にしたジュリの疑問に、ジョーはシンプルな事実を返す。

 魔道具師であるジョーが依頼を受けて魔道具を作った――当然といえば当然の答えにジュリは息を呑む。

 ジョーは魔女の存在を知っていただけではなく、実際に面識があるのだ。

 目を大きく見開き、自身を見つめるジュリにジョーは口元を緩めると、彼にとっては懐かしく思い出深い話を打ち明けようと決意するのだった。



*****



 魔道具の部屋を後にし、四人と一匹は先程までいたリビングへと戻る。

 席に着いたジュリとテッドはジュリが入れた薬草茶をこくりと飲みながら、ジョーをじっと見つめる。

 どこかいつもとは違う雰囲気のジョーに、二人も緊張をしている様子だ。

 ジュリもまた静かにジョーの言葉を待つ。彼女にとって貴重な、自分以外に魔女を知る人物の話を聞けるのだ。


「――五十年だな」


 ジョーにそう言われたジュリの表情には疑問が浮かんでいたのだろう。くすりと笑ったジョーは、もう一度わかりやすく言い直す。


「五十年経っているんだ。俺があの魔道具を作ってからな。お前さんの感覚からすれば、短い歳月だ。しかし、人の世が変わるには十分な歳月なんだよ――おそらく、あいつはそこに希望を見出したんだろう」

「な……! 壊れるように魔女が依頼していたのか!?」


 あいつと呼ぶほどにジョーと魔女は親しい仲らしいことにもジュリは驚くが、なにより魔道具が壊れることも魔女の計算であったことに動揺を隠せない。

 魔道具が不調を起こさず、森が『迷いの森』であった方がジュリは今までと変わらず穏やかに暮らせるはずなのだ。

 だが、魔女はあえて五十年後に故障することを計算して、魔道具を依頼したらしい。ジュリが戸惑うのも当然ではあった。

 そんなジュリをジョーは見つめると、ゆっくりと話し出す。


「いや、少し違う。五十年周期で魔道具の機能が低下するだけだ。確かにそれは森に誰かが訪れるという視点では危険でもある。……まぁ、賭けだな」

「魔女がそんな危険を望んだというのか? 一体何のために……!」


 魔女が自身が危険になることを望んだのかと、思わず立ち上がってジョーに抗議するジュリの手にエレナの手が触れる。 

 ふと、隣を見ると案ずるようなエレナの瞳がジュリを見つめている。

 触れた手の温かさとエレナの眼差しに、ジュリははっとして再び席に着く。

 そんな様子を見ていた向かいに座ったジョーも、どこか労わるような眼差しをジュリに向けていた。


「何のためかと言うなら、間違いなくお前さんのためだな。さっきも言ったろ? 人の世が変わるには十分な歳月だと。お前さんの未来を思った魔女が、そういう魔道具を望んだんだ」

「私の未来を魔女が……?」


 今までのままでも不自由など何もない、そんなジュリの思いは表情に出ている。

 確かに彼女の生活は一人でも問題なく過ぎていくだろう。そうあるように魔女が彼女に様々なことを教えてきたのだから。

 ジュリの様子にふっとジョーが笑い、彼女はムッとした表情に変わる。


「おい、ジョーじいちゃん、笑っちゃ悪いだろ? 真剣な話の最中だぞ」

「そうだよ、ジュリにとって大事な話だもん」

「何言っているんだ。俺にとっても大事な話だぞ――五十年間、誰にも話すことはなかったあいつとの話だからな」


 そう言ったジョーの表情は遠い昔を思い出すかのようにしみじみとしたものになる。

 自分以外の者が見た魔女という存在、ジュリは居住まいを正すとジョーの話に真剣に耳を傾けるのだった。



 

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