第2話 知らない世界

 玲二の意識は深い暗闇の中に漂っていた。死んだという確信があった。背中を貫いた冷たい刃の感触、体から流れ出る血の温かさ、そしてゆっくりと閉ざされていく視界――あれは紛れもなく、自分が命を失う瞬間だった。


 だが、次の瞬間、玲二は自分が再び意識を取り戻していることに気づいた。驚きと共に目を開けると、そこには全く見覚えのない光景が広がっていた。


 青く澄んだ空が果てしなく広がり、足元には美しい緑の草原がどこまでも続いている。風は穏やかに吹き抜け、草が優しく揺れている。玲二はしばらくその光景を見つめた。現実感が全くなかった。


「ここは……どこだ?」


 玲二は呟くように言った。自分が死んだはずなのに、なぜ再び意識があるのか。それに、この場所は一体どこなのか。考えても答えは出ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 その時、不意に背後から柔らかな光が差し込んできた。玲二が振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。彼女はまるでこの世界の光そのものを纏ったかのように輝いていた。白く透き通るような肌、銀色に輝く長い髪、そしてその瞳は深淵のように神秘的だった。


 玲二はその美しさに圧倒され、一瞬言葉を失った。しかし彼女が口を開くと、その声は驚くほど穏やかで、安心感を与えるものだった。


「ようこそ、異世界へ――黒田玲二」


「異世界……?」


 玲二は彼女の言葉を反芻した。確かに、ここは見慣れた現実の世界ではない。だが、異世界という言葉があまりにも唐突で、理解するには時間がかかった。


「俺は……死んだはずだ。それに、お前は誰なんだ?」


 玲二の問いかけに、女性は微笑みを浮かべた。その笑みはどこか慈悲深く、そしてすべてを見通すかのようだった。


「私は、この世界を統べる存在……いわば、神と呼ばれるものね。あなたは確かに一度死んだ。でも、私はあなたに新たな機会を与えるためにここに呼びました」


 玲二は目を見開いた。自分が死んだという事実は受け入れざるを得なかったが、今、自分が神という存在に話しかけられているという状況が信じられなかった。


「新たな機会……?」


 玲二は思わずその言葉を繰り返した。神はゆっくりと頷き、玲二にさらに歩み寄った。


「そうです。あなたが命を落とした現実の世界とは別に、この異世界では新たな人生を生きることができます。あなたに選択肢を与えましょう――どんな力でも、どんな願いでも、ただ一つだけ叶えます。それがあなたの新たな人生の始まりとなるのです」


 玲二の心は激しく動揺した。信じていた仲間に裏切られ、絶望の淵で命を落としたというのに、今、神という存在が自分に新たな人生を与えると言っている。自分にそんなチャンスが与えられる理由などあるのだろうか。


「なんで……俺なんだ?」


 玲二は混乱しながらも、その問いをぶつけた。神はしばらく黙って玲二を見つめていたが、やがて優しく答えた。


「あなたには、まだ果たすべき役割があるからです。あなたの中には大きな可能性が眠っています。それをこの世界で開花させるべき時が来たのです」


 玲二はその言葉にさらに困惑した。自分に果たすべき役割などあったのだろうか? だが、その思考の中でふと、裏切られたあの日のことが頭を過った。三田村や他の仲間たちの顔が浮かび、その嘲笑と侮辱が再び玲二の胸をえぐる。


 彼らに裏切られ、命を奪われた――その無念が、再び玲二の心に炎を燃え上がらせた。


「……俺は……」


 玲二はぎゅっと拳を握りしめた。自分が新たなチャンスを与えられるというのなら、もう一度立ち上がり、今度こそ全てを覆してやる。それが自分の願いだと、玲二は確信した。


「俺は……最強の力が欲しい。二度と誰にも裏切られない、誰にも負けない力が」


 その言葉が玲二の口から出た瞬間、神は満足そうに頷いた。


「分かりました。あなたの望みを叶えましょう」


 神が手をかざすと、玲二の体を柔らかな光が包み込んだ。その光は次第に強くなり、玲二の全身を満たしていく。身体の中に力がみなぎり、これまで感じたことのないような圧倒的なエネルギーが湧き上がってくる。


「これが……俺の力……!」


 玲二は信じられないほどの力を感じていた。自分が今手にした力は、現実世界で持っていたどんな能力をも超えている。まるで無限の力を手にしたかのようだった。


「この力で……俺は……」


 玲二の瞳が力強く輝いた。その瞬間、彼の心の中に一つの決意が生まれた。


「もう誰にも負けない……誰にも裏切られない。そして……俺を裏切った連中に、必ず復讐してやる!」


 玲二の強い決意を感じ取った神は、再び微笑んだ。


「その意志、しかと受け取りました。あなたは今から、この異世界で新たな人生を歩むことになります。あなたが求めた力は確かに与えられました。それをどう使うかは、あなた次第です」


 神が静かに手を下ろすと、玲二の体を包んでいた光が次第に消えていった。しかし、彼の中に宿った力は確かに存在している。それを自分の意志で操ることができるという感覚が、玲二の中に確信として芽生えていた。


「この力で、俺は……」


 玲二は拳を握りしめ、力が体中に満ちているのを感じた。もう二度と、あの裏切りの痛みを味わうことはない。そして、俺を裏切った連中に必ず「ざまぁ」と言わせてやる――その思いが、玲二の心を支配していた。


 玲二はゆっくりと立ち上がり、目の前の広大な異世界の大地を見つめた。これが、彼の新たな人生の始まりだった。

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