ファンタジー短編集
鳥羽耐鳦
魔女見習いとコーヒー
王国の中心街から少し離れた郊外に、件のカフェは位置していた。それは何の変哲もない、清潔でオシャレなカフェ。朝に行けばモーニングのメニューを出してくれて、昼に行けば美味しいコーヒーの一時を楽しませてくれる。もちろん勉学のために場所を借りることだってできる。なぜなら郊外にあるから、席の待ち時間なんてものもない。
しかしここは不思議なカフェと呼ばれている。それは何故なのか。
答えは入れば分かるだろう。
まずドアベルが僕を歓迎してくれた。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」
物腰のやわらかそうな男性は言う。
店の中には僕の他にもう一人だけカウンター席に客人がいるようだ。
ぐるりと店内を一望した後、僕はその人とひと席空けた位置へ。
「ここは今日が初めてで間違いないですか?」
飲食店であまり耳にしない言葉で、戸惑いつつも答える。
「? えぇ、はい」
「それでしたらこの魔女のコーヒーがオススメです。いかがでしょう?」
「魔女の? 想像が着きませんね。どんな物なのですか?」
聞くと隣から物音がした。
「うわぁまた失敗だぁ!? あーもう、これ今日中に完成させないと卒業がぁ……」
「……」
「あちらの魔女見習いコピさんが開発した、魔法を駆使したコーヒーになります。一度口にすると、コーヒーに付与された魔法がお客様の舌に合う味に自動的に調節して下さるという一品です。どうでしょう?」
「それは気になりますね。是非一杯下さい」
「マスター私も!」
会話に入り込んできたのをきっかけに魔女コピと紹介された女性と目が合った。
「はじめまして、私が魔女のコピですっ。と言ってもまだ見習いの学生だけど……君の名前は?」
元気で疑わない人に感じる。
「初めまして。僕はルアク。つい先日この街に越してきたばかりなんだ」
「そうなんだねそれじゃあ新参者だ! ……いや、言葉が違うな……新入り? これも違う……こうもっと悪く聞こえない感じで、歓迎してる感じな言葉は……」
「言いたいことは伝わってるので、大丈夫ですよ」
「そうだ簡単にようこそで良いんだ! ようこそ私とマスターのカフェに!」
「私とマスターのカフェではなくマスターのカフェの方が正しいですね。コピさんは言うなればただの常連客なだけですから。こちら、魔女のコーヒーになります」
「あぁどうも」
「ちょっとそれ心外だよし、ん、が、い! 誰がコーヒー作りを楽させてあげてるんだか」
「誰が店で実験をしていいだなんて言ったんでしょうね」
「ぶーぶー! ――っあ、ごめんごめんルアク、煩かったね」
魔女は背が低くて童顔。マスターは背が高くて大人の余裕がある。
「親子を見てる気分で面白かったですよ」
「マスターがパパ!? ないわー……。ま、まぁそんなことはさておきさ。ほら飲んでみて! 私が作った魔法のコーヒー!」
「魔女のコーヒーです」
「あはは……ではいただきます」
一口啜ってみる。それは程よく苦く、程よく甘く、程よく暖かい、これといった特徴のないコーヒー。何を飲むのか迷った末に妥協で飲むには丁度いいだろう、安物感が拭えないコーヒー。
「それじゃちょっとまってね。ルアクの舌に合わせたコーヒーになるには分析して計算した後にようやく具現化してくる仕組みだから……という説明を挟むとそろそろ……?」
コーヒーがひとりでにくるくると混ざり始めた。何にも入れていないはずなのに色はまろやかに。見ているだけなのに香ばしい匂いが漂ってくる。動かしてもいないのに温かみを帯びてきた。
「これは、凄い……」
「はい、完成! 飲んでみて飲んでみて!」
堪らず僕は匂いを楽しむことも忘れて二口目を含んだ。
さっきよりも甘く暖かい物に。口の中で舌を浸すと鼻にまで安心感のある香りが一杯に広がる。飲み込むと今度は僅かに苦味が帰ってきてコーヒーを飲んでるんだという実感が全身に染み渡る。僕はあまりコーヒーには詳しくないし、毎日飲むわけではない。しかしこれは僕が今まで飲んできた中で一番の物であり、そして唯一無二だと悟った。
「どう? どう?」
「……うん、これはもう言葉が出ないよ。コピさんさすがだね」
「やあぁんもう照れちゃうなぁそんなこと言われたら! ルアクって結構女たらしだったりするね」
「本心ですから」
「うわーでたー無自覚タラシ! そんなことしてたら色んな人に刺されちゃうよ?」
「あはは……と、そういえばなにやら卒業がどうこうと言っていましたけど、そっちは大丈夫なんですか?」
「あぁ……」
コピの卓上には広々と分厚い魔導書が開かれてあり、魔法陣やら魔道具やらが乱雑に投げてあった。
「まぁ順調と言えば順調だし……出来てるかと言われれば……できてないけど……」
「それはまた……」
「でも見てて……私ならこれくらい……」
立てかけてあった杖を手にすると本を携え呪文の詠唱を始めた。
「――――私の感情を具現化せよ!」
よくよく見てみると魔法陣の真ん中には冷めきったコーヒーが。
杖をコーヒーに向けるとそれは僕の時と同じようにくるくると混ざり始めた。
「どうだどうだ……!? 今度こそ、この術式なら……! …………」
コーヒーを啜る。垣間見た彼女の真剣な表情はいかにも魔女だと思った。
「……ぅーんだめだ失敗。これじゃないのよこれじゃあ」
「どんな魔法を目指してるんですか?」
「お、ルアクは興味持ってくれた!? マスターはコーヒーにしか興味がなくて魔法の話になると話し相手にすらなってくれなくてさー。それでねそれでね、私が作ってる魔法は今ルアクが飲んでくれた魔法の改良版でね、ほら、コーヒーってさ。気分によって味を変えたくならない? 嬉しい時は甘いのとか、悲しい時は苦いのとか、なんだったらしょっぱいのとか! ……は流石に無いか。でももしかしたらそれが心の底で言葉に出来ずとも欲してる味なのかもしれないわけ! そこで私はこの深層心理が求めるであろう気分によって変わる最適な味さえも、魔法で一口飲めば再現してくれるコーヒーを作りたいの!」
「……な、なるほど」
気迫に飲み込まれそうだ……。
「で、改良なだけだから大体の構造自体はまぁそりゃあ出来てるの。けどどうしても感情に合ったコーヒーっていうのを作るとなると膨大な情報を処理する演算能力と、それを目に見えない世界のレベルで実践する超正確な調節能力が必要になる……それが以下に難しいことか! あーもうだめね自暴自棄になりそう。マスターなんかちょうだい!」
カウンターの奥で肩をすぼめながら厨房に入っていった。
「ねーなんかさーいいアイデアとかない? 場所的にこれ以上大きな魔法陣は作れないから基本スペックはこの机に収まるサイズ間で。だから演算能力と調節能力をいい感じにコンパクトに纏めて……けど品質は落としたくないし……」
僕は僕専用のコーヒーを飲みながら考える。
魔法は魔法陣に刻まれた術式に従って発動する。だからその術式をコンパクトにまとめればまとめるほど陣が小さくなっていく。陣が小さければ発動に必要な魔力が減っていく。けどその分、一文一文が重みを増してミスが許されなくなっていく。
「……いっその事陣をもっと大きくしたら?」
「と言うとー?」
コピはやけくそに突っ伏したまま耳を立てる。
「話を聞く限り感情を読み込んで味に対応させる技術はあるみたいだし、でかくして完成品を作っちゃえば? もしかしたらそれで新しい発見が得られるかもだし、なにより最近は魔力を保管できるバッテリーなるものもあるんだからそれを活用してみるとか」
「あーバッテリーねーこの前魔道具店で一つ買ったわー。ほらこれ。でもこれ高いのよ。一個買うのに十二万したわ。それでいて充填出来ないんだからこのポンコツ……」
「それじゃあやりたいこと見えてきたんじゃない?」
「えー?」
「バッテリーの充填方法を考えてみようよ。元はと言えばどうやってバッテリーに魔力を入れてるのって話なんだから」
「なるほどねぇ……。たしか吸収率の良いミス……なんとかって貴金属に魔力を保管しておいて、それを金属を長持ちさせるジェル状の酸化防止液に沈めてるんじゃなかったっけ」
「使う時には穴を開けて魔法陣にセットするんだよね」
「その通り。使い終わったら……その時にはジェルが足りなくなってるだろうから……ミス……あっ、ミスリルだ。ミスリルが酸化しちゃうもんねぇ。アレすぐ反応して色変わるのよ」
「それじゃあ酸化しないためには……穴を開けずに中の魔力が出せれば、あとは仕組みを逆転させて充填もできるんじゃない?」
「穴を開けずに……か。なるほど」
「お待たせしました、オムレツです」
話に夢中になっていたらマスターさんが戻ってきた。なんとも食欲をそそる美味しそうな色だろうか。
「それとルアクさんにも、コーヒーのお供を」
「えぇそんな、構わないのに……」
「サービスですよ。これも何かの縁ですから。実はコピは普段こんなに深い話を他人とすることがないんですよ。魔法使いの学校が出来たとは言え、まだまだ魔法に対する関心を持たない人の方が多いものですから」
少しいい所の菓子だろうか。綺麗な個包装にはいってる。それも中身は最近人気のミニ二色クッキーだ。違う味、違う色のクッキーを一枚にまとめあげた、複雑な味を楽しめるひと品。
「いいなーそれ、美味しいんだよね……」
「……よかったら」
「いいの!? やったー嬉しい! ルクス優しいから好きー!」
……あそこまで羨望の眼差し向けられると、誰でも渡してしまいそうだ。
「これひと袋に二枚入ってるからー、こうやって同じ色で隣合うようにしてー、贅沢感二倍! どや!」
「ははは……」
「それじゃあいただきまー……あ?」
「……ぅん? どうかした?」
コピはクッキーを見つめる。
「…………………………そうだよこれだよこれ! 思いついた!! ありがとうルアク大好きちゅっ!!!」
「っバ、え、な、なにどうした!?」
「マスター奥借りるね!」
言うとマスターさんの可否も聞かずに、魔道具を持ち込んで行った。
「止めましょうか?」
「いえ……コピはいつもああなのでもう慣れました。好きにさせておけばこれといった問題も起こさずに戻ってきてくれるはずです。……せめて許可をもらおうとはして欲しいものですが」
「あはは……ご苦労様ですマスター」
それからと言うものの、時折大きな物音がしたり、カナキリ音がしたりと不穏な気配もしたが……恐らくは大きな問題が怒ることも無く事は進んでいる様子だ。僕は結果が気になって、コーヒーを飲み干しても、他の客足が見えてきても、その場に居座った。
しばらくして……
「――出来た出来た出来た!!!!! ルアク、マスター、見て!!!」
持ち出されたそれはコーヒーの抽出器具と呼ぶにはあまりに冒涜的な、バッテリーが魔改造連結された魔道具だった。ついにコーヒーを作るのも、完璧に魔道具がこなしてしまう時代なのか……。
「さっきのクッキーのくだりでさ、思いついたの! バッテリーと魔道具の間で対応する魔法を取り付けて、それが正常に稼働した時だけ魔法陣を介して魔力を魔道具に供給する仕組みを! そして反対側には逆に魔力を吸収する魔法を組み込んであって、これを使えば誰でも簡単に魔力を充填できるの! つまり体内に残ってる使わない魔力をバッテリーに供給しておけば、必要な時だけ使える便利な魔道具になる! どや!」
「「おー」」
「あとは言われた通り感情を読み込む演算能力とかをとりあえず抽出器具サイズにでかくして直球な命令で動くようにしたの。これで一先ずの物が完成! さしあたってこの子は……コーヒーメーカー! の試作一号!」
「コーヒーメーカー……なるほど」
「使い方は簡単! 豆をここに入れるでしょ、コーヒー作るでしょ、それにこの魔法をバッテリーの魔力でかけるでしょ……さぁこれで完成! 飲んで!」
「あぁうん、分かった」
ギラギラと輝かせる瞳を前にして、緊張してしまう。そういえばこの魔女コピ、かなり愛らしい顔立ちだ。こうも真っ直ぐと見つめられてしまうと、意識してしまうな。
「まずは一口……うん、普通のコーヒーだね」
そうして魔法が反応しコーヒーが混ざると……
「………………うん、凄いや……驚いた。緊張してる時はより苦くなるんだね。それでいて僕好みの味だから……なんだろう、安心する味になってる」
「なに、緊張してたんだ? もしかしてー私の事、意識しちゃった?」
「……さぁね」
「うわールアクが照れた! 照れたよルアクが! これはもう脈アリなんじゃないかな!? ね!?」
「あーもういいから。もう開発は終わったんだし、僕はこれで失礼するよ」
「照れ隠しー! 可愛いー! ふーふー!」
「うるさいなぁ!?」
「ははは、怒られちゃった。……また、来てね。特に明後日は。課題の結果出るから」
「分かったよ。まったく。それじゃあマスター、代金はここに置いておきますね」
「はい。ありがとうございました。次のご来店を二人でお待ちしています」
再びドアベルは鳴る。
明後日、店に行くと満面の笑みを浮かべた魔女見習い改め、魔女のコピが居た。
コーヒーの魔女コピだ。
ファンタジー短編集 鳥羽耐鳦 @AnkakeTamagoDon
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