第49話 差

「ふん!」


 アイラが、杖に力を込め球体が光ったかと思うと、次の瞬間には杖の先に光の球が浮かび上がっていた。


「おおー」


 三人から歓声が上がる。


「どう? 案外簡単でしょ」


「アイラにとってはね~、私なんか見てよ」


 ウィエラが、アイラと同じく杖を握ると、球体が光を帯びはするもののそこから先に発展しない。


「今日初めて杖を持ったんだから仕方ないよ」


「まぁ、私なんかまだ出来てる方だとは思うけどね~」


 ウィエラとアイラの視線の先には、なんの変化も起こらない杖に悪戦苦闘する二人が居た。


「だめ、全然光ってくれない」


「右に同じです」


「アイラ、どうやってるのか教えてくれない~?」


「ふふん、いいでしょう!」


 自信満々にアイラは、杖を握ると三人から良く見えるように立ち位置を変える。


「まず、グッと杖を握って魔術を使うぞ! って強く考えます。そこからグワーー! って体の奥から来るものを腕を介して杖に伝えて、そこから腕と杖を一体化させたら、もう自由自在だよ!」


 そう言って光の球を作り出すと、自分に向けられるはずの称賛を確認するように三人を見た。


 だが、アイラの話を聞いていた三人は、まるで意味が分からないと言った様子で、ポカンと口を開いている。


「私、アイラが何を言ってるのか全く理解できないんだけど」


「やっぱり? 良かった~私だけ理解できてないのかと思ったよ~」


「熱意は伝わりますよね」


「あ、あれ?」


 三人の反応にアイラがあたふたとし始める。


「もう一回、今度は杖の球体を光らせるところまでやってくれない? そしたら分かるかもしれないから」


「しょ、しょうがないなぁ」


 アイラは、もう一度杖を握る。


「杖を構えたら、魔術を使うって強く念じて、そこから体の奥から沸き上がる? ものを腕に持っていって、そこから更に杖の先端まで流していくんだけど......」


 アイラが自信無さげにチラッと三人を見ると、やはり三人は同じ反応をしていた。


「なんでぇー?」


「それはこっちの台詞だよ! 最初っからもう全然分かんないよ、魔術を使うって強く念じるって何? 体の奥から来るものって何?」


「出来ればもっと具体的に言ってくれると助かるかなぁ」


「でも、熱意は伝わりますよね」


「うう、フレンダの絞り出したような誉める言葉が逆に辛い」


「ウィエラは光らせるところまで出来てるよね。どうやってるの?」


「別に大したことはしてないけど、強いて言えばアイラの言った通り体の奥にあるものを感じることかなぁ」


「またそれ?!」


 アイラの目がにわかに輝き始める。


「やっぱりそうだよね! 間違ってなかったぁ~!」


「いやぁ、アイラの説明が下手なのはそうだけど、自分がいざ説明する立場になると難しいもんだよ~」


「今下手って言った?!」


 僅かに取り戻していた元気も、その一言でアイラはまたガックリと肩を落とした。


「こんなんじゃ一生魔術なんて使えないよー!」


「始まったばかりなんですから、諦めるのはまだ早いですよ!」


 フレンダの意気込みに触発されて、ウィエラとルルもまた杖を握る。


「なかなかうまくいってないようですね」


 アギーがニコニコと笑いながら側まで来ていた。


 アギーは、アイラの番号と名簿を照らし合わせ始める。


「えーと、アイラさんは一緒にやらないんですか?」


「私は、ほら出来ますから」


 そう言ってアイラが光の球を作ると、アギーが熱心に名簿に何かを書き加える。


「すごいですね! これだけ出来ていれば次の段階にもすぐにいけますよ」


「えへへ本当ですか?」


 誉められて調子付いたアイラが、さっきまでのことを忘れたように鼻を高らかにする。


「そちらの三人は......、ウィエラさんとルルさんにフレンダさんですね」


「先生、この杖全然光らないんですけど」


「ルルさん、その言い方ですとまるで杖に欠陥があるように聞こえますわよ」


「だってそうとした思えないんだもん」


「ルルさん、杖を貸してもらえますか?」


 ルルがアギーに杖を渡すと、アギーは簡単に光の球を作り出した。


「壊れてはないみたいですね」


「そうみたいですね......」


 僅かな希望も目の前で消え去ったルルは、ため息をつきながらアギーから杖を受け取る。


「私は杖を光らせるところまで出来るんですけどぬぇ」


 ウィエラが球体を光らせると、アギーはまたしても名簿に何かを書き加える。


「素晴らしいですね! ですが、若干光が弱い気がしますので、魔力が杖意外のところに分散してしまっているのかもしれません。それが解決すれば発動まですぐですよ。ちょっと見てください」


 そう言うと、アギーが自分の杖を掲げる。


「魔力は常に体の中を循環していると考えられています。我々魔術師はそこに出口を作ることで魔力を体外へと放出しているわけですが、その出口がうまく定まっていないと身体中から魔力が抜け出てしまいます。そこで、杖を持つ手の平に穴が開いていると考えてみてください。魔術を使う上で意識というものは大きく関わってくる要素ですから、うまくいくかもしれません」


「先生! そもそも杖を光らせることすら出来ない場合はどうすれば良いんでしょうか」


「こればかりは慣れがものを言う世界ですから、まずは自分の中にある魔力を感じ取るところから始めてください。目や耳を塞ぐなどして周りの情報を遮断すると分かりやすいかもしれませんね」


 ルルは、改めて魔術を発動させようと杖を握って目を瞑る。


 しばらくして、目蓋を開けて杖の先端を見るが、期待に反して杖は全く光っていなかった。


「だめだぁー!」


「まだ時間はありますから、諦めずに続けてください。そもそも、出来ている生徒の方が少ないくらいですから、そう焦らずに一歩ずつ進めるのがいいですよ」


 それから時間一杯アギーの助言を元に練習を続ける三人だったが、結局その日は魔術を発動することは叶わなかった。


 夜、会議室にてアギーが名簿を片手に教師達を前に話をしていた。


「今お配りしたのが、本日の生徒達の進捗状況です」


 全員がその名簿を見ながら難しい顔をするなか、イルゲンは人一倍浮かない表情をしている。


「分かっていたことだが、中々に酷いな」


 ベルロックが指先で机を叩きながら、名簿を睨み付ける。


「魔術の発動が認められない生徒が105名。これは事前調査の結果とほぼ同等の数字になります」


「まあ、まだ初日ですからそう気を落とすこともないですよ」


 グライウスがベルロックを気遣ってそんなことを言うが、彼女の表情は晴れない。


「十日だ」


 ベルロックの言葉に、全員が名簿から顔を上げる。


「ま、それが妥当でしょうな」


 背の低い中年の男が頷くが、イルゲンはその言葉を飲み込めずにいた。


「十日はいささか性急すぎませんか。私としてはもう少し待ってみても」


「だめだそれ以上は待てない。我々には時間が無いんだ」


 とりつく島もないベルロックの様子に、イルゲンが顔を歪める。


「他に、意見のあるものは?」


 誰も何も言わない。


「宜しい。では、予定通り『良』記載の生徒についてはバールダリに任せる」


「承知しました」


 先程の背の低い男が答える。


「他の生徒についてはアギーとグライウスの二人で対応するように。いいか、どれだけ候補者を減らせるかはお前達二人にかかっているからな」


「お任せください」


「が、がんばります!」


 この日の会議は、イルゲンにとって最悪のものとなった。

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