第48話杖を振っても声を出しても

 杖が配られて今日はおしまい、と言うわけでもなくすぐさま座学が始まる。


 ベルロックが熱弁を奮った講堂に集められ、杖を傍らに全員席に着く。


 一体どんな人物が教師なのだろうかと、グライウスの前列もあって講堂にいる生徒達の殆どが扉を注視して身構える。


 だが、扉を潜って入ってきたのは、ある意味期待外れとも言えそうな人物だった。


 彼女は、どこか自信無さげに教壇に立つと、怯えた小鹿のような目で生徒達を見る。


「あ、えーーっと、皆さんおはようございます~......」


 いびつな笑顔を向ける彼女に、教室が静まり返る。


 誰からも返事がなく、不安に駆られた彼女の目が左右に泳ぐ。


「だ、大丈夫、問題ない問題ない」


 彼女はそうやって自分に言い聞かせると、軽く深呼吸をし始める。


 この時点で、生徒達が彼女に抱いた考えは『本当にこの人が教師なのだろうか』という疑問であった。


 挙動不審な目線に落ち着きのない表情、それに加えて覇気の無い声がどうしようもなく彼女を頼りない存在に見せている。


 見た目は、二十か良くて二十代前半くらいの若さで生徒と年齢が数年程しか差が無いように見える。


「で、ではまず自己紹介からしますね。わ、私の名前はアギー・フレイダルです。宜しくね」


 アギーの精一杯の作り笑いに反応する生徒はいない。


 生徒達から向けられる突き刺さるような視線に、アギーは押し潰されそうになりながらも、なんとかぎこちなく話を続ける。


「あ、あはは。さて! これから一年を通して皆さんには魔術を習得して貰うのですが、先程杖が配られていると思います。魔術師と杖は切っても切れない関係にありますが、では何故、魔術師が杖を使うのか分かる人! は、居ますか......?」


 まるで小さな子供にでも語りかけるような口調のアギーに、アイラ達は苦笑いを浮かべる。


「居ませんかね? 一部の人は魔術の勉強をしてきてると聞いていたのですが、違いましたかね」


 その言葉が、プライドの高い者を刺激したのかそれまで黙りを決め込んでいた生徒達の中で、一人手を上げる者がいた。


「あ! じゃあそこの君、出来れば名前も言ってくれるとありがたいな」


「クライス・エルメノン。杖を介して魔術を使うことで、杖に魔力が集中して効率的に魔術を発動することが出来るため」


「そう、その通りです! 流石勉強してきただけありますね。クライス君ありがとう」


 アギーの取って付けたようなおだてる言葉に、クライスは気を良くしたのか、これ見よがしにアイラに舐めたような視線を向ける。


「いまクライス君が答えてくれたように、魔力を一点に集める目的もありますが、実はもっと根本的な理由があったりします。それが何か、分かる人!」


 クライスが答えてくれたため、調子が乗ってきたのかアギーの声に震えが無くなる。


 アイラが真っ直ぐに手を上げる。


「アイラ・ソライラスです。杖を使うもう一つの理由は、魔術による自傷を避けるためです」


 アギーの顔がパッと晴れる。


「その通り! 体から直接魔術を使うことは勿論可能ですが、魔力とはエネルギーの塊であり扱い方を間違えれば暴走した魔力によって体が傷つく可能性があります。しかし、魔術の発動点を体から離れたら杖の先端に定めることで、万が一魔力が暴走したとしても怪我をするリスクを抑えられるんです! アイラさん良く勉強してますね」


 アイラは、お返しと言わんばかりにクライスに向けて得意気な顔をしながら鼻で笑う。


 そんな二人のやり取りを、ルルとウィエラは呆れながら見ているのだった。


「この他にも、適性のある魔術によって杖を使い分けるなど色々な話がありますが、今回は皆さんが持っている杖と基本となる魔術の種類について勉強していきましょう」


 アギーが、背面の黒板に文字を書き始め、それを指差しながら話を続ける。


「魔術には大きく分けて二つの型があります。それは単撃型と複撃型です。単撃とは読んで文字の如く一つの杖から一つの魔術を発動することを言います。そして、複撃は一つの杖から複数の魔術を発動することを指します。そして、今皆さんが持っているその杖は単撃型に寄ったものになります」


 教壇の脇からアギーが生徒と同じ杖を手にとって、先端を指差す。


「この杖の発動点は、ここの球体になります。持ち手の部分を通って球体に魔力が集中するわけです。そうしてある程度の魔力が溜まったところで、それを一気に解放して魔術を発動します。では、実際に魔力を集めてみますね」


 片手で杖を持ち上げると、生徒達が見易いように先端を高く掲げる。


 瞬きする間に先端に光が灯ったかと思うと、その光が徐々に強くなっていく。


「ここ、球体が光ってるのが見えますか? これが魔力が溜まっている証拠です。そして、これを解放することにより魔術が発動します」


 球体に集まっていた光がゆっくりと動き、杖の先端から抜け出して魔力自体が球体を形成する。


「この、白い光が見えますか? これが基本的な魔術の形です。この力を様々な形に変えることで多種多様な魔術を産み出しているわけです」


 光の球体が段々と萎んでいき、ふっと蝋燭の火が消えるように無くなった。


「ですが、ここにいる殆どの方は魔術を使ったことがないでしょうから、まずは今私が見せたように光球を作り出すところから始めましょう! では、これから校庭に出て実際にやってみましょう」


 すると、生徒達が露骨に嫌そうな顔をし始めたため、アギーは何がいけなかったのか分からず慌てふためく。


「ど、どうしました皆さん?」


「校庭に出るってことは、グライウス先生が来るんでしょ」


 前の方に座っている生徒が理由を教える。


「それは、そのえっと、今の時間は私が担当ですから、私がメインに教えますよ!」


 それを聞いた生徒達は、この気の抜けた先生であればどう転んでも酷い目に会うことはないだろうと胸を撫で下ろす。


 しかし、現実はそんなに甘いものでは無かった。


「駄目ですね。全然光ってません」


「これでは戦うための魔術を使うことは出来ませんね」


「全く魔力の気配がありませんけど、頑張れば必ず結果はついてきますよ!」


「初歩の初歩ですから、こんなところで躓いていられませんよ!」


 アギーに悪気があるわけでは無いのだろうが、頼りなくても魔術師であることに変わりはなく、口調とは裏腹に容赦ない言葉が生徒を襲う。


「私に出来るんですから、皆さんにも出来るようになりますよ!」


 そう語るアギーの笑顔が、生徒達の胸を貫くのだった。

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