第47話魔術を学ぼう
「よし! 今からお前達に杖の基本的な使い方を教えてやる。一度しか教えないからよく見て、よく聞くように」
生徒達が両手で持つのがやっとな杖を、グライウスは軽々と片手で持ち上げる。
「先程も言った通り、杖は片手で扱う。だが、非力なお前達に最初からそこまでのことは期待していない! 特別に慣れるまでは両手で使うことを許そう」
グライウスが、杖の先端が地面と平行になる位置より少し斜め上に構える。
「いいか、魔術を使う時はイメージが大事になる。半円の中央にある球体から魔術を放つことをイメージして、出来るだけ杖の先端を標的の方向に合わせるんだ。一流の魔術師は杖をどう構えようが標的に向かって魔術を使うことが出来るが、お前達ひよっこ共にそこまでは求めん。構えてみろ!」
生徒達が見よう見まねで構え始め、グライウスがチェックのために一人一人のを見て回る。
「もっとしっかり握れ!」
「構える角度が甘い!」
「そもそもの姿勢が悪すぎる! こんなのではまともに魔術など使えんぞ!」
「どこに向けてる! お前は地面と戦うつもりか?」
グライウスの容赦のない叱咤が飛んできて、皆びくびくとしながら言われた通りに構え直す。
「ふん、虫の糞から馬の糞程度にはまともになったな。だが、こんなものは基礎中の基礎! こんなもので戦争に勝てると思うなよ」
アイラは、というかここに居る殆どの生徒が虫と馬の糞を比べて優劣など付けられる訳が無いだろうと突っ込みたい気持ちを押さえていた。
「杖の基本的な説明については以上だ。今後座学や訓練の際には必ず持参するように! それと、何度も言うようだが杖を壊すんじゃないぞ」
生徒全体をグライウスが睨み付ける。
「では解散!」
グライウスが校庭から消えると、腕の筋肉に限界のきていた者達が次々に杖の先端を地面に突き刺したりして脱力する。
「こんな重い杖を片手で持てるようになれって、無茶苦茶だよ」
愚痴を溢すルルの腕が小刻みに震えている。
「私、自分の杖を使いたいんだけどダメかなぁ」
「あのゴリマッチョが許すと思う~?」
「無理ですね」
「ぜっったいこんな重い杖より使いやすいんだけどなぁ」
アイラががっくりと肩を落とす。
「そんなことを気にするよりも先に、まずまともに魔術が使えるかどうかを考えたらどうだ?」
四人の会話に割って入ってきた言葉にアイラが顔を上げると、あのクライスが見下すように四人を見ていた。
フレンダ以外の三人は、揃って顔をしかめる。
「な、なんだその顔は! 俺は貴族だぞ!」
「ごめん、疲れてるから相手してる余裕ないや」
「へ?」
てっきり喧嘩にのってくると思っていたクライスは、アイラ達の冷めた態度に面食らってしまった。
ただ、フレンダだけは水を得た魚のように爛々と目を輝かせている。
「やっぱり! やっぱりそうなんですか?!」
「なにがだよ」
「あんなに遠く離れたところからわざわざ聞き耳を立てて絡んでくるってことは、それほど愛しているんですよね! アイラさんを!」
「はぁぁぁぁ?!」
クライスのあまりの大声に、周りの生徒達が皆振り返る。
「なんでそうなるんだよ!」
「そうだよ! 変なこと言わないでよフレンダ!」
「だって、そうでもなければ説明がつきませんし、嫌いな相手なら普通は関わろうなんて思いませんもの。そう! これを愛以外の言葉で説明出来るでしょうか?! 愛情をストレートに表現出来ない彼は、どうしても自分を意識して欲しくてつい憎まれ口を叩いてしまう! 本当はこんなこと言いたくはないのに、ああ、どうか俺の愛に気付いて欲しい!」
「な、な」
恥ずかしげもなくそんな台詞を口にするフレンダに、代わりにクライスの顔が赤くなる。
熱弁するフレンダをよそに、ウィエラがアイラの肩に手を置くと首を横に振って諦めるように促す。
こうなったフレンダを止められる者はおらず、アイラ達三人は校庭から離れようと歩き始めた。
ただ、ルルは彼女を置いていくことに気が引けたのか立ち止まってフレンダに声をかける。
「フレンダ! 私達いくからね!」
「え! ちょっと待ってまだ話が」
そう言いながら、フレンダがクライスのことをチラリと見る。
「なんだよさっさと行ってくれよ......」
「あの、もし宜しければお友達の殿方をご紹介して頂けないかと」
クライスは、断りたかったがそれよりもフレンダに早く立ち去って欲しくてつい承諾してしまう。
「分かった分かったから! 今度にしてくれ」
「ありがとうございます! このご恩はアイラさんとの仲を取り持つことで返させた頂きますわ!」
「そんなことしなくていいから!」
フレンダは、大きく手を振りながら笑顔でアイラ達の後を追いかけていった。
あまりの出来事に憔悴したクライスに、忍びよる影が一つ。
「どうした、ナンパは失敗か?」
クライスが錆びたネジを回すように振り返ると、金髪を長く伸ばした男の生徒が立っていた。
「黙れギルビス! そんなんじゃない!」
「本当? 僕には女の子に言い寄ってフラれてるようにしか見えなかったけどね」
「あーもう! どいつもこいつも色恋沙汰に頭をやられやがって! いいか、俺はここに仲良しごっこをするために来た訳じゃないんだ! 分かったら下らないことを言うな!」
「冗談だよ冗談。そう怒ってばかりいると、いざってときに本当に嫌われちゃうよ」
「そんな時は一生来ないっての! 俺はもう行くからな!」
クライスは、グッと杖を持ち上げて肩にかけると、荒い鼻息を吐きながら宿舎に向かっていった。
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