第44話制服

 ベルロックは、グライウスに後を引き継いで講堂を出ていった。


 妙な緊張感が残る中、グライウスが事務的な話を始めるが、アイラは全く聞いていなかった。


 話が終わったら真っ先にイルゲンに会いに行こうと、そればかりを考えていたのだ。


 しばらくしてグライウスの話が終わると、教師達が退出し始めたのでアイラは急いでイルゲンのところまで行こうと立ち上がる。


「ねぇ、どこ行くの? まだ終わってないよ」


「え?」


「聞いてなかったのぉ? この後制服を配るからってしばらく待ってるように言ってたじゃん」


「嘘でしょ?!」


 そうこうしている内に、イルゲンも退室してしまい、アイラは名残惜しそうに出口を見つめる。


「もしかして、教師の誰かに用事でもあったの?」


 ルルのその言葉に、フレンダが鼻息を荒くして反応する。


「そうなんですか?! まさかの教師と生徒の禁断の恋!」


「そ、そんなんじゃないから! ただあの中に知り合いが居るってだけで」


「そんな恥ずかしがらなくてもいいじゃんかぁ。あ、もしかしてさっきの背の高いムキムキの人?」


「違います~。そんなおっさんじゃありません。てか、本当にただの知り合いってだけだから」


 アイラが向きになって否定すればするほど、逆に三人の好奇心を煽ることになる。


 そこへ、ウィエラの話していた通り制服が運び込まれ、それまで無秩序に騒がしかった講堂が再び静かになる。


「名前を呼ばれた者は前へ。制服を受け取ったら自室に戻って着替えるように」


 そこから順番に名前を呼ばれ、一人また一人と講堂を出ていく。


 アイラの番になり、制服を受け取りに前に出ると、カーキ色の制服三式と黒い靴、番号の書かれた四角いバッチを渡された。


「そのバッチは左胸に着けておくように」


 なんだか面白味のない色だなと思いながら、制服を手に自室に戻ると早速服を着替え始める。


 上下ともにカーキ色一色に染められており、パンツスタイルで可愛げの欠片もない。


 『103』と書かれたバッチを付けると、晴れて一生徒としての格好が完成する。


 アイラが着替え終わると、丁度ルルが帰ってきた。


「どう? 似合ってる?」


 そう言って、アイラはルルの前でクルっと一回転して制服を見せつける。


「なんか、ダサいね」


「だよねー。折角の制服なんだからもっと気分の上がるデザインにしてくれればいいのに」


「仕方ないよ。ここに遊びに来てる訳じゃないんだから」


 そう言いながら服を脱ごうとするルルだが、何か言いたげにアイラの方を見つめる。


「どうしたの?」


「あの、出来れば後ろを向いてて欲しいんだけど」


「いいじゃん減るもんじゃないんだし。それに、これから一年一緒に生活するならこれくらい慣れないと!」


「人に見られながら着替えることに慣れる必要なんてないでしょ! いいからあっち向いてて!」


 アイラは、別にルルの着替えが見たいわけではなかったが、そう言われるとなんだが負けた気がしてしぶしぶ後ろを向く。


「もういいよ」


 振り返ると、アイラと同じようにパッとしない格好をしたルルがいた。


「へー、『102』なんだ」


 ルルのバッチを見ながらアイラが呟く。


「この番号なんなんだろうね」


「番号で呼ばれるようになるんじゃない?」


「えー、それだと囚人みたいで嫌だなぁ」


 ひとしきり制服について文句を言い合うと、アイラがそわそわし始める。


「どうしたの?」


「いやぁちょっとね。そう言えば、部屋に戻って着替えるように言われたけど、待つようには言われてないよね」


「そうだったかなぁ」


「私、ちょっと出てくる!」


 ルルは、その目的が例の教師であるとすぐに見抜くと、野次馬根性が湧いてきた。


「なら私も着いていこうかな」


「いやちょっと散歩してくるだけだから、つまんないと思うよ」


 明らかに焦り始めるアイラに、ますますルルは興味が湧く。


「そう言って、例の誰かに会いに行くんでしょ? さ、行こう行こう!」


 ルルに押されるようにしてアイラは外に出ると、諦めて彼女を連れていくことにした。


 宿舎を歩いていると、当然ながら皆制服に着替えておりそれまで漂っていた浮わついた雰囲気も、どこか大人しくなったように見えた。


「でもさ、教師がどこにいるのか知ってるの?」


「そんなの知ってるわけないじゃん」


「じゃあどうするの?」


「そりゃ、しらみ潰しよ!」


 無駄に歩き回ることが判明して、ルルが露骨に嫌な顔をする。


「別に着いてこなくてもいいんだけど」


「いやいや、こんな面白そうなこと見逃せないでしょ。ねぇ、今から会いに行く人とはどんな関係なの?」


「どんなって、ほら私魔術が使えるでしょ? その先生」


「へー、てことは結構しわくちゃのおじいさんだったり?」


「違いますー。先生はもっと若いし、それに背も高くってスマートなんだから」


「ふーん」


 アイラの言葉の端々から、先生にたいする好意が見てとれてルルはにやけてしまう。


 二人は、講堂のあった建物ならば先生が居るのではないかと目星をつけて宿舎を出ていった。


 全ての生徒が居なくなった学校は、がらんとしており二人の足音だけが廊下に響く。


 しばらく歩いていると、小さな部屋から光が漏れているのが見え、二人はそっと窓から覗き込む。


 そこにはアイラのよく知った背中が見えた。


「先生だ!」


 そう言うやいなや、アイラは勢いよく扉を開けて部屋に入っていく。


 遅れてルルも部屋に入ると、強烈な薬品臭が鼻を突き思わずむせてしまった。


 だが、アイラは全く気にしていないようで、満面の笑みでイルゲンに話しかけている。


「驚いた。わざわざ来てくれたのかい」


「い、いやぁたまたま部屋の前を通りかかっただけで」


 本人はそんなことを言って平静を装っているつもりなのだろうが、デレデレとした表情を隠しきれないアイラの姿にルルは、薬品臭などどうでも良くなっていた。


「そちらのお嬢さんは?」


「ルームメイトのルルって言うの」


「初めまして、イルゲンです。私がこんなことを言うのは変かもしれないけど、アイラと仲良くしてあげてね」


 そう微笑みながら手を差しのべるイルゲンに、なるほど確かにアイラが夢中になるのも分かるくらいのイケメンではあると、ルルは納得しながら握手を交わした。


「アイラのことは任せてください」


「はは、頼もしいね」


「ここで何をしてたんですか?」


 アイラが机を覗き込むと、見慣れないガラス器具と何かの粉末が置いてあった。


 更には、既に完成しているのか、赤い粉末の詰まった小瓶が脇に並べられている。


 イルゲンは、その薬品を二人の目から遠ざけるように体で隠す。


「私もここの教師だからね、色々とやることがあるんだよ。すまないが、まだ仕事があってね。名残惜しいが話しはまた今度にしてくれるかな」


「えー! 折角の師弟の再会なんだからもうちょっといいじゃん~」


「アイラ。そういう訳にもいかないんだ。君もここの生徒になったんだから以前のようにはいかないことも分かってくれるね」


「それは、分かりますけど」


「ほらアイラ、イルゲン先生を困らせないの。行こ」


 いつまでも居座りそうなアイラを、ルルが無理矢理引っ張っていく。


「先生またね~!」


 イルゲンは、出ていく二人に手を振ると、机の引き出しから生徒名簿を取り出しあるページを開く。


「そうか、アイラのルームメイトはこの子か」


 そこにはルルの詳細な情報が記載されていた。


『魔術適性:有/魔術発現:未/薬品適用候補』


 イルゲンは、記載されたこの一文を読むと赤い粉末の入った小瓶を手に取る。


「まだ必要と決まった訳じゃないが......」


 そう言いながら小瓶を見つめるイルゲンの目には暗い影がかかっていた。

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