第37話無謀な計画

 ベルロックは、イルゲンの顔をじっと見つめる。


「あの、なにか?」


「あ、いやすまない。もぐりの魔術師だって聞いていたものだから、どんなならず者が来るのかと身構えてたんだが」


「案外普通の顔で期待はずれでしたか?」


「評価は腕で決まる。顔は関係ない。ただそうだな、法を破るにしては柔和な顔をしている」


「人は見かけによらないと言いますから」


「そうだな。さて、着任早々悪いんだがまず見てもらいたいものがある」


 ベルロックは、先程まで読んでいた書類の束をイルゲンの前に置いた。


「これは?」


「本校の生徒のリストだ。ざっと中身を読んでみてくれ」


 イルゲンは、書類を手に取り一枚一枚中身を確認していく。


 ベルロックが、パイプを吹かしながらその様子を眺めていると、段々とイルゲンの表情が険しくなっていくのに気付き、灰皿にコンと音を立てて灰を落とす。


「そこまで読んでみて、どう思う」


「どうと言われましても、まだ全て確認した訳ではありませんから」


「今読んだところまででいいから、率直な感想を」


 イルゲンは、書類を置いて大きく鼻で息を吐くと、言葉を選ぶように口を開く。


「そう、ですね。なかなか、育て甲斐のある人材が揃っているんじゃないでしょうか」


「あっはっはっはっは!」


 大口を開けて笑うベルロックに、イルゲンはぎょっとして目を見開く。


「ものは言いようだな。正直に言ったらどうだ? こんな人材じゃ魔術師として使い物にならないってね」


「それはやってみないと分かりませんから」


「そうか? なら、一つ面白いことを教えてやろう。本校の全生徒138名の内、お前の言う育て甲斐のある人材が約8割を占めてる」


 それを聞いて、イルゲンの表情が一層険しくなる。


「顔は、正直なようだな。一年でこの全てを戦争で使える程の魔術師に育て上げるなど、私に言わせれ無茶な計画と言う他ない」


「しかし、国は何か根拠があって一年という期限を設けたのでは?」


「考えがあってのことなら、一年などと無謀な話が出るものか。しかし、現状を悲観していても我々が全生徒を使える魔術師として、一年後までに教育し終えなければならないというのは変わらん。そこで、君に一つ仕事を任せたい」


 ベルロックは、席を立つと自分の机の引き出しから一枚の紙を持って戻ってくる。


「この薬を用意してもらいたい」


 イルゲンは、書類を受け取り読みはじめる。


「これは?! こんなものを使うつもりなんですか!」


「そう興奮するな。なに、みなに使うつもりも、すぐに使うつもりもない」


「しかし、これを使えばどんな影響が出るか」


 目の前にパイプの先端が伸びてきて、イルゲンは思わず口をつぐむ。


「泣き言は聞かん。私だってこんなことはしたくないさ。だがな、我々には時間がないんだよ」


 ベルロックは、イルゲンに突き出したパイプを引っ込め灰皿に立て掛ける。


「お前の作った薬は効き目が良いそうじゃないか。期待しているぞ」



 アイラを乗せた馬車は、首都レブに到着していた。


 雄大な河川を取り囲むように作られた街並みは活気に満ち溢れ、遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。


 馬車から見える景色に、アイラはこれからの生活を想像して胸を躍らせていた。


 綺麗に舗装された道を進み、まだ見ぬ学校に想いを馳せる。


 街並みを見るに、さぞ校舎も素晴らしいものなのだろうとアイラは、今か今かと学校が見えるのをじっと待つ。


 しかし、時間が経つ毎に人気は減り、街並みも寂しくなっていく。


 アイラが嫌な予感を覚えると、舗装された道は消えて草木ばかりの景色へと変わっていた。


 すると、遠くに大きな建物が見え、それが徐々に大きくなる。


 もしや自分が一年過ごす場所があれなのではないかとアイラが不安に震えていると、馬車がその建物の門をくぐった。


 馬車は一度門で止まると、再び動きだし大きな広場へと向かっていく。


 広場には何台もの馬車が止まっており、アイラと似たような背格好の人達が一人また一人と建物へ向かっていくのが見える。


 馬車が止まり、アイラが衣服の入った鞄と杖を手に馬車を下りると、鎧を着た一人の男が話しかけてきた。


「生徒か?」


「は、はい」


「名前と年齢を」


「ア、アイラ・ソライラスです! 年齢は十五歳です!」


 男は、手に持っている名簿をめくり、アイラの名前を確認する。


「アイラ・ソライラス。あそこの建物が見えるな」


 男が指差す建物を見ると、それは先程から馬車を下りた者が入っていく建物だった。


「あそこが今日からお前の宿舎だ。部屋は三階の五十二号室だ。部屋に着いたら指示があるまで待機すること」


「わ、分かりました!」


 男は、淡々とした口調で話を終えると、次の馬車へと向かっていく。


 突然のことに、緊張でアイラの鼓動が早くなる。


 とりあえず言われた通り宿舎を目指すが、周りを見渡すと自分と同じように状況が飲み込めていないのか、おっかなびっくり足を進める人の姿が目に写った。


 だが、そんな中を悠々と歩く二人組に目が留まる。


 周りが田舎の出といったような燻った服を着ているのに対し、その二人は装飾を施した絢爛な服装をしており、貴族であることは一目で分かった。


「見ろよ、辛気臭い連中ばかりで嫌になるねぇ」


 一人の男がそんなことを口走った。


「これから同じ屋根の下で暮らすというのに、その様な言い方は止めないか」


 横の女がそう言って諫めるが、男は聞く耳を持たない。


「それが間違いなんだよ。そもそも、爵位ある家の人間と、そこら辺の雑多な連中が同じとこで暮らすってのが我慢ならねぇ」


「どう考えようとお前の勝手だが、王の決定を愚弄するようなことを口にするのは誉められたものではないぞ」


「愚弄? 愚弄だって? そういうことは俺じゃなくて、他の連中に言ってやれよ。なんの才能も資格もないあいつらが、本気で魔術師になれると思ってるなら、それこそ国王に対する愚弄ってものだろ」


 嫌な会話が聞こえ、アイラはさっさとこの場を立ち去ろうと宿舎に向かう足を早める。


 しかし、そんな考えとは裏腹に、アイラの持つ杖が貴族の男の目に留まった。


「見てみろ。あいつなんて一丁前に杖なんか持ちやがってよ。魔術もろくに使えない癖に、俺だったら恥ずかしくてあんなこと出来ないね」


 アイラは、自分のことを言われているのだと理解して、一瞬足を止めてしまう。


「おや? もしかして聞こえたかな」


 だが、アイラは相手にしまいと再び歩き出す。


「おい~、無視するなよ。文句があるなら聞くぜ?」


「止めないか」


 アイラの反応を楽しむように男は更に言葉を続ける。


「その杖はお父さんかお母さんに買って貰ったのかなぁ?」


 黙って足を進めるアイラ。


 それが面白くなかったのか、男の口調が強くなる。


「無視とは良い度胸じゃねえか! たく、魔術も使えない奴に杖を持たせるなんて、子が馬鹿なら親も馬鹿ときたもんだ」


 我慢の限界だった。


 アイラは、足を止めゆっくりと男の方を振り返る。

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